3「認識してはいけない」
肌寒いのに、動いたからか・・・久しぶりの遊園地で興奮したのか体が熱い。
楽しい・・・と最後に思ったのはいつだろうか。
完全じゃない、100%の感情じゃない。
全部は返ってきてはいない。
でも、感じることができるなら、成長もできるはずなのだ。
「ありがとうな」
俺はそう話す。
その言葉に楽がにやりと笑った。
「言ったでしょ?私がラストピースだって」
そう言って手でピースサインを作って見せた。
「もう少し遊んでいくか?」
俺の言葉に全員が頷く。
「なら楽しむか・・・結喜、何に乗りたい?」
その言葉に結喜は俺の後ろを指さした。
それに誘われるように振り返り、乗り物を視界にとらえる。
「観覧車?」
それはゆっくり回る観覧車だった。
「まぁ、遊園地と言えばの定番だよな」
そう言いながら俺は癒怒と楽に視線を送る。
それに気が付いた彼女らはゆっくりと頷いた。
何も言わなくても俺が考えていることが伝わっている。
本当に彼女たちには驚かされるばかりだ。
「なら行くか」
その言葉に全員が返事をして観覧車を目指す。
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観覧車 ゴンドラ内部
「今の観覧車って車椅子に乗ったままでも行けるのな」
俺の言葉に癒怒が外を見ながらため息を漏らす。
直後、手を振るキャストに優しく笑ってから話し始めた。
「やっと。世界が私たちに追いついて来たんですよ。障がいにはまだ冷たい目があります。前世の行い、悪いことをしたから、両親のせい、何かの呪い・・・なった側はなりたくってなったわけじゃないのに、状況を知らない彼らは言いたい放題です。遅いんですよ、全部が・・・検討も・・・判断も・・・実行も・・・」
そう話す癒怒の瞳には少しの怒りの感情が見えた。
「まぁ、私と兎静さんは障がいではないですが」
そう話す癒怒の顔はさっきとは変わって寂しそうだった。
そう。
障がいを決めるのは自認じゃない。
市区町村に申請が通った場合のみ支給される3つ・・・身体障害者手帳・・・療育手帳・・・精神障害保健福祉手帳がないと認められない。
おそらく・・・癒怒と楽の場合、精神障害保健福祉手帳になるのだろうか。
結喜と哀歌は身体障がいに該当する。
今の言い方だと・・・彼女たちは申請が通っていない。
精神関係は他人からは理解されにくい・・・それが関係するのかもしれないな。
「これから変わるといいな」
俺の言葉に癒怒は頷く。
「そうですね・・・傷ついたのは確かなんです。なのに何もなしじゃ悲しいです。私たちは・・・傷つけられるために生まれたわけじゃありませんから」
その言葉に静寂が流れる。
「なら楽しもう、苦しんだ分幸せになっても誰も咎めたりしない。もし文句を言うやつがいるなら神だって俺が殴ってやる」
その言葉に癒怒は笑いだす。
「神殺しは大罪ですよ?」
「俺は何もしない神より、こうして助けてくれるお前らの方が大事だ」
その言葉に全員が優しく笑った。
「私はそう言うところが好きだよ、ここ兄ぃ」
結喜は少し顔を赤らめながらそう話す。
顔が赤い・・・夕日の赤さだろうか・・・
「結喜さんに同感です」
そう話したのは癒怒だ。
「はじめはかなり強く突き放したつもりなのに、結局首を突っ込んできて・・・解決までするとは思いませんでしたよ」
「確かに、最初はツンデレで、猫って感じだったもんな」
「あ、そんなにかわいく見えてました?」
俺の言葉にそう返す癒怒に俺は少し驚く。
そんな俺の反応を見て癒怒は楽しそうに笑った。
一瞬の静寂が流れ、哀歌が話し始めた。
「何も見えない真っ暗な世界に、唯一の光として現れた存在・・・私にとっては自由の象徴で、天使のような人です」
「自由なら鳥だろ?天使は多分残業で泣いてる」
哀歌の言葉に俺はそう話す。
その直後、楽が話し始めた。
「でも、ほんとに。感情がないなんて嘘なんじゃないかと思うくらい察しが良くて、頭もいい。人の事を放っておけなくて、どこまでも心配してついてくる。心君はそんな人だし、だから私は寂しくなかった」
「兎は一人だと寂みしくて死ぬっていうらしいしな」
「それ迷信だし、私は兎じゃないから」
そう言いながら頬を膨らます楽を見て俺は少し笑う。
「それに、兎は静かなところを好む」
「私は違いますー」
そういう楽は少し嬉しそうに笑っていた。
観覧車は頂点に近づき、夕日がきれいに映る。
「いい景色だ」
「そうだね・・・」
俺の言葉に、全員が賛同するが哀歌だけは見えない・・・
「哀歌にも見せたかった」
「皆さんの反応だけで情景が浮かびますよ」
俺の言葉に哀歌は優しく笑ってそう答えた。
それからは綺麗な夕日を見ながら下まで過ごす。
少し暖かいせいか、揺れているせいか、眠気が押し寄せてきたのは黙っておこう。
「もういい時間だし帰るか」
俺はスマホを取り出してそう話す。
時刻は17時頃。
ここから帰るとして、いい時間になりそうだ。
俺の言葉に全員が頷き帰路につく。
「いやぁ、楽しかったね!!」
「そうですね、また機会があれば来ましょう。チケットは任せてください」
結喜の言葉に癒怒がそう返す。
「あまり甘えるなよ?」
俺がそう話すと結喜は頬を膨らませて睨んできた。
「利用するものは使う・・・それが私のやり方だから!!」
「その言葉はあまり利用予定の人間の前では言わないけどな」
結喜の言葉に俺はそう答える。
後ろでは癒怒が笑っていた。
「信号だから止まるぞ」
遊園地を出て最初の交差点。
信号は赤・・・気分は高揚し、感情が戻ったことで未来が楽しみだ。
そしてどこか・・・懐かしい感じが・・・
瞬間、小さな子が交差点に飛び出る。
遊園地終わりの高揚感が隠しきれていない様子。
車のクラクションが鳴り響き、信号機の赤がより鮮明に映る。
心臓が高く脈打ち、頭がグラリとゆれた。
苦しい・・・
直後、事故の記憶が鮮明によみがえる。
叫び声、衝突の音、忘れていたわけじゃない。
思い出さないようにしていた、きっと感情が受け止めきれないから。
心臓が限界まで脈を打つ。
それなのに酸素が運ばれない、苦しい・・・
「ここ兄ぃ!?どうしたの!?」
車椅子の少女が叫ぶ。
「鳴海さん!? 兎静さん救急車呼んでください!!」
金髪の少女がそう叫んだ。
救急?俺はそんなにやばいのか?
何とか立っていた足が崩れ落ち、地面に寝転がる。
「心さん!?どうしたんですか!?何かあったんですか!?」
銀髪の少女が状況を確かめようと俺の体を触る。
小さな震えも感じられる。
いや・・・震えているのは俺の方か?
「心君!!救急車呼んだから頑張って!!」
青髪の少女はそう大きく叫んだ。
それ以上は何もわからない。
酸素不足で脳がやられたのか?
話している声は聞こえるが、何を言っているのかもわからない。
徐々に声が小さくなり、視界も狭まる。
そうして 俺は意識を手放した。