1「すべてを語る」
翌日・・・日曜日
自宅にて・・・
朝日に目を覚ます。
昨日は哀歌を最後に送り届けて・・・
それから・・・
あまり覚えてないな・・・
ゆっくりと体を起こし、自分の部屋を見渡す。
乱雑に脱ぎ棄てられた服、ずり落ちている布団を見てため息を漏らす。
「・・・酒とか飲んでないぞ・・・」
まったく覚えていない・・・
夕飯は食べたはずだ・・・
食べたよな?
俺は頭を掻き、部屋を出る。
体が少し重いような気がするが・・・気のせいだろう。
壁に手を付きながら階段を下りて、リビングのソファに勢いよく座る。
「静かだ・・・」
誰もいない空間、電気すらついてない薄暗い部屋の中で小さく呟いた。
久々の一人・・・
いつもなら結喜たちがいた・・・
時刻は7時前・・・
遊ぶにしては早すぎるし、休みならなおさらゆっくりと眠っている時間だ。
ため息を漏らし、ゆっくりと立ち上がる。
足音を鳴らしながら歩き、冷蔵庫の扉を開ける。
薄暗い部屋の中に冷蔵庫内の光が漏れ出すのを感じながら中を物色する。
「・・・ブラックコーヒ・・・?」
コーヒーが目に留まる。
もちろん好きではない。
どちらかと言えば嫌いな方だ、なんならこんな泥水のようなものを飲む連中の気が知れない・・・と思うくらいだ。
でもこの時はなぜかいいなと、少し思った。
「朝と言ったらコーヒーだよな」
そう言いながらブラックコーヒーを手に取り、棚から取り出したグラスに注ぐ。
そのグラスを持って、ソファに座った。
「・・・いい日だ。静かで、何も考えなくていい」
最近はずっと・・・ずっと考えていたような気がする。
感情を取り戻す・・・目の前の問題を解決する・・・
感情が分からないなりに、結喜達の事を気遣い、わかるふりをする。
事故に遭い、心のどこかが欠けた、それは確かだった。
刃の通らない完ぺきな鎧に、隙間ができた瞬間だった。
最初は気が付かなかった、ただ空腹がひどいような・・・いくら食べても満たされない感じがあったのだけは覚えている。
それから、結喜が退院して数日。
失ってしまった足を見て泣き、怒る結喜を毎日見ていた。
自分もつらかった、でも結喜の辛さには勝てないと、彼女の方がつらいと・・・自分の心からは目を背け、見ないふりをするようになった。
その行為は自身の鎧を腐らせ、腐り落ちた鎧には隙間ができる。
結喜の言葉は・・・自身の行動は鎧の隙間に突き刺さり、心をえぐる刃になった。
それからは自分すらも毎日騙さなくてはならなかった。
自分の気持ちを騙すのは簡単だった・・・
いや、簡単じゃなかったか・・・最初こそは難しかったが、気が付いたら難しくはなくなっていた。
でも、ここで生じた問題が一つ・・・
それが、『他人の気持ちを悟れなくなる』ことだった。
でも解決策は簡単だ・・・自分の感情を表に出せばいい・・・ただそれだけ。
それが恐ろしく難しいと気が付くのに時間はかからなかった。
想像できなければ感じることはない。
感じることができなければ想像するのは不可能に近い。
グラスを傾け、コーヒーを口に入れる。
「・・・思いのほか苦いな」
・・・てかぬるいな・・・
冷蔵庫から取り出し、グラスに注いだはずなのにもうぬるくなっている。
「なんでだ?」
そう言いながら壁に掛けてある時計に目を向けると、10時を超えていた。
「まじか・・・寝てたのか?考えすぎた?」
天井を見つめながらつぶやくとインターホンが鳴る。
誰かはわかっている。
結喜たちだろう。
グラスをテーブルに置き、モニターも見ないまま玄関に向かって重い扉を開ける。
白い光が差し込み、眩しさに目を細める。
「おはー!!」
最初に視界に飛び込んできたのは黒髪の少女、結喜だ。
相変わらず車椅子に座っていて、それを見るたびに泣いていた過去がフラッシュバックする。
「あぁ、おはよう」
俺はそれを見てため息交じりに言った。
「おはようございます。鳴海さん」
礼儀よく頭を下げて優しく笑ったのは金髪の少女、癒怒。
太陽の光で髪の一本一本が光り輝く。
やさしさに溢れた少女、それゆえ自身をつぶした少女でもある。
幻覚はいまだに克服できないでいるが、それでも他人のために動ける女の子。
「心さん、おはようございます」
そう言って小さく頭を下げたのは銀髪の少女、哀歌。
盲目の少女、世界が見えないからか、良くも悪くも強い少女・・・
他人の心に寄り添い、人を助けるが、人の反応を気にするあまり正直になれない女の子・・・
「やっほ、心君」
そう言って笑いながら手を挙げたのはイヤーマフをかけた青髪の少女、楽だ。
聴覚過敏の少女。
自身に害のある音を聞くとストレスが極限になってしまう。
それはいろいろな症状を引き起こす。
誰かの音を聴きたいと思いつつも、そのためには嫌な音も聞かなくてはならない。
そんな中でもこの子は音を聞き、人との関係を築いた。
「早いな」
俺の声に楽が一歩前に出る。
それに視線が吸い寄せられ、俺は楽を見る。
「どうした?」
その質問に楽はニヤリと笑う。
そして腕を組み、口を開いた。
「遊園地に行こう!!」
楽が元気に放ったその言葉に呆然とする。
楽のテンションに驚いたのもあるが、彼女は聴覚過敏・・・
なぜ・・・
俺は何も言えず立ち尽くす。
そんな俺に楽は笑って宣言した。
「私がラストピースだ!!」
その言葉で1日が始まった。