5「見つめる」
俺は腕を組み、癒怒を見る。
「で、何をする?」
「なるべく早くということでしたら、映画を見る、後は共有する。この手法が一番早いと思います」
俺の言葉に癒怒はそう話す。
「共有・・・」
「はい、共有から錯覚に持ち込めれば感情を取りもどす道しるべにはなるかと・・・」
そう癒怒は話す。
「哀しみの共有・・・かなり難しくないか?怒りと同じで待ちの態勢が増える」
「はい、ですが哀しみという感情は怒りと比べるとはるかに多い。それこそ、なかなか怒らない人間はよく聞きますが、泣かない人間はあまり聞きません」
その言葉に俺は納得してしまう。
確かにそうだ。
結喜もよく泣いていたし、癒怒も泣いていた。
泣き顔を見たことがないのは哀歌と楽くらいだろう。
それに、哀歌の弱い部分を見たことがない気がする・・・
そんなことを考えていると、時刻は17時を回ろうとしていた。
「今日は帰ろう。全員送ってく」
そう話すと彼女たちは頷いた。
「ま、結喜はご近所だから最初でいいな。他は、あまり距離は変わらないか」
そう言いながら俺は結喜の腕をつかむ。
「よし、ゆっくり歩け、車椅子出すから」
そう言って、結喜を支えながら玄関に向かう。
フラフラとしながら俺についてくる様子は少し怖いものもある。
玄関にたどり着き、義足に靴を履かせ、結喜の軽い体を抱きかかえ、立つ。
「急に抱きかかえないでよ!!」
結喜はそう話す。
その言葉に楽が口を開いた。
「文句言うなよ!!なら私と代わってよ!!」
そう話す楽の言葉に結喜は首を振った。
「揺れると落ちるぞ!!」
争いながら体を揺らす結喜をしっかりと抑え、バランスをとる。
そうして、少し乱暴に車椅子に座らせる。
「勢い!!」
「暴れるからだろ。誘拐される少女みたいな暴れ方だったぞ」
俺がそう話すと、結喜は眉を歪めて俺を睨む。
「誘拐された方がいいって思ってるんだ!?」
「どうしてそうなる」
話しながら結喜の義足を足をのせる板に乗せ、ロックをかける。
「癒怒か楽、どっちか車椅子押してやってくれ。哀歌は俺が引く」
そう言いながら哀歌のそばに歩いていく。
「私が押すよ」
と楽。
「哀歌、大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます」
哀歌はそう言いながら靴を履いて立ち上がろうとした。
グラッと揺れる体をささえる。
こちらも軽いな・・・
「気をつけろよ」
俺はそう言った。
「すいません・・・」
その言葉に、想像以上に哀歌は落ち込んでしまう。
しまった・・・
俺が病院に送られた原因も哀歌の転倒を防ごうとした結果だ。
この子はあのことに責任を感じているんだ・・・
もう終わったことだと、俺は気にもしていなかったが、哀歌はまだ気にしていたのか・・・
「ゆっくり行こう」
俺はそう言って半ば強引に哀歌の手を掴む。
「次は何があっても離さなくていいからな」
哀歌にしか聞こえない声でそう話す。
彼女は少し頬を赤らめながら頷いた。
それからは特に何もなかった。
恐ろしいくらいな。
結喜、癒怒、楽を送り、後は哀歌だけ。
ただの帰路でも、盲目の場合は話が変わる。
小さな段差にも気を配り、すべての事に敏感にならなくちゃいけない。
スムーズには進めないし、気が付けばあたりは暗くなっていた。
「帰るの遅くなっちゃいましたね」
哀歌がそう話す。
「別に問題ない・・・人数もいたからな」
暗い道に足音が二つ・・・
ふと、俺は口を開いた。
「病院の件、まだ気にしてるのか?」
その声に哀歌の力が少し強くなる。
「気にしますよ・・・後遺症はなかったですけど、当たり所が悪ければ死んでいたかもしれません」
哀歌はそう話した。
「でも、誰も悪くないって話をしたはずだ」
「それでも、理解はできても納得はできないんですよ」
その言葉に俺は黙る。
そんなに考えているとは思っていなかった。
「ならどうしたらいい?」
俺の言葉に哀歌は首をかしげる。
「わかりません。好きな人を傷つけてしまったことがあまりにも響きました」
その言葉に俺は何も返せなかった。
「罰則はなく、誰にも何も言われない。迷惑をかけてばかりです」
「まて、なんでそうなる」
哀歌の言葉にそう話すが、彼女は俺の言葉を遮るように話し始めた。
「悔しいです・・・何も求められてない自分が・・・哀しいんです・・・誰かの大切なものさえも奪って壊してしまうことが」
「まだ壊れてないだろ」
「でもギリギリだったかもしれないんです」
そんなことあるもんか。
仕方のないことだって世界には溢れてる・・・
他責思考のやつはいるがここまで自分が悪いと追い込んでしまう人間も・・・
「なんでもかんでも自分のせいにしなくていいんじゃないか?」
俺の言葉に哀歌はこちr内顔を向ける。
「・・・でも」
「イジメの話と一緒でさ、何も哀歌自身に原因があることってほぼないんだよ。だから、そんなに責めなくても・・・」
「どうしてそんなに優しいんですか・・・?死ぬかもしれなかったんですよ?」
哀歌は心配そうに、そして少しおびえているような声で言った。
「大人の余裕って奴かな・・・」
「・・・まだ16歳ですよね?」
・・・なんでツッコむんだよ!!
そんなキャラじゃなかったじゃん!!
「とりあえず。過ぎたことだから・・・それでも悲しいなら泣いたらいい・・・そばにいてやる。哀歌が泣きじゃくってるのを見れば俺の感情も帰ってくるかもしれないしな」
「なんで利用するの前提なんですか!!」
そう話す哀歌は少し嬉しそうだった。
「何かあったら頼れ、誰も嫌がったりしなから」
「わかりました」
そんな話をしていると哀歌の家についていた。
「ついたな」
そう言って哀歌を玄関まで送り届ける。
「大丈夫か?」
俺の言葉に哀歌は振り向いた。
何に対していったのか、俺にもわからない、でも哀歌は何かを感じ取っていた。
「はいこれから毎日甘えて、たくさん目の前で泣くんで、覚悟してくださいね」
俺はその言葉に首をかしげる。
そんな話したっけ?
「じゃぁまた!!」
そう言って玄関が閉まる。
もしかして、かなりまずいことに火をつけたのか??
俺はそう思いながら玄関を見つめる。
だが、同時に事故直後の結喜の背中がよぎった。
失われてしまった足を見て毎日泣いている結喜の背中を・・・
「あぁ・・・あれはきつかったな・・・」
そう漏らした独り言は、誰にも聞かれず掠れていった。