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2「錯覚する」

 結喜(ゆき)の体を支える。

 

「気を付けて立てよ」


「そんなに心配しなくても大丈夫だって」


 そう言いながら車椅子から降りる結喜の体に手を添えて、何かあった瞬間にすぐに動けるように準備をする。


哀歌(あいか)の方は大丈夫か?」


「・・・大丈・・・・夫」


 俺の言葉にそう答えたのは、(らく)だった。

 楽は哀歌が転ばないように下を見ながら哀歌の手を引く。


「よっし降りたな。結喜、先にリビング言ってソファに座っとけ」


 結喜にそう話して、ゆっくりと手を放す。


「楽、代わるよ。癒怒(ゆの)も結喜について行って先に座ってて」


 俺はそう話しながら、楽から哀歌を受け取り、ゆっくりと歩く。

 徐々に歩きながらリビングまで行き、哀歌を座らせてから動き出す。


「癒怒も座ったらどうだ?」


 リビングに行った際、全員が座ってると思ったが、癒怒だけは違っていた。

 俺が放った言葉に癒怒はソファと俺を交互に何度も見る。

 それは癒怒の持つ幻覚のせいだろう。

 癒怒が似ている幻覚は触れたものに移る幻覚らしい、ソファに座れば幻覚が移り、汚してしまうと思っているのだ。

 彼女、癒怒自身、幻覚を厳格だと認識しているが、気持ちまでは「はい、そうですか」とあっさり切り替えられるもんじゃない。


 だから戸惑っている。


「癒怒、大丈夫だ」


「ですが」


 慰めの言葉をかけても意味はないらしい。

 俺は誰にも聞こえないようにため息を漏らす。

 何か策はないものか・・・

 そんな時、あることを思い出す。


「癒怒、俺たちに移らないのはわかるが、俺たちが着ている衣類はどうだ?」


 そう話すと、癒怒は思い出すように考え始める。


「・・・大丈夫?」


 癒怒はそう呟いた。


「なら大丈夫だ。 もし何かに移っても結喜余暇が浄化してくれる。だから座っとけ」


 そう話すと、恐る恐る癒怒は腰を下ろしていく。

 まるで針の上に座ろうとでもいうような動きだ。

 腰を痛めたご老人もこんな感じだったような気がする。


「それに見てみろ。結喜なんて自分の家みたいにしてやがる。お前はもう少し遠慮しろよ」


 そう話すと、癒怒の顔に少しの笑みが現れる。

 そうして、ソファに座った。


「大丈夫そうか?」


 俺のその言葉に癒怒は頷く。

 その光景を見て一安心。

 息を吐きキッチンの棚に手を伸ばす。


「なんか食うだろ?菓子とか・・・」


 俺はそう言いながら棚を開けて漁る。

 そんな時、背中に温かさを感じた。


「・・・ん?なんだ」


 俺は漁るのを一度やめ、背後を確認した。


「なんかお手伝いしようか?心君」


 背中に触れた温かさの正体は楽だった。

 俺は離れたところに見える結喜達を見つめる。

 彼女たちは楽しそうに談笑していた。


「・・・どうした? あ、話についていけなくて逃げてきたのか?」


「失礼な、それは心君でしょう?」


 俺の言葉にそう返す楽。

 そのセリフも十分失礼だと思いますよ、楽さんや。

 心の中でそう思ったが、口には出さないことにした。


「で、違うならなんなんだ? 座ってる方が楽だろ」


 俺の言葉に楽は肩をすくめた。


「言ったじゃん」


「・・・本当に手伝いに来たのか」


 そう話すと楽は頷いた。


「なんていい子なんだ。結喜なら絶対にやってくれないぞ」


 そう言ったら聞こえていたのか、結喜がこちらを睨む。


「なんか言った!?」


「何も言ってないぞ」


 結喜の言葉に俺はすかさず嘘をつく。

 楽は横で静かに腹を抱えていた。


「笑いすぎだ」


「あー面白い」


 俺の言葉に楽は笑いすぎでにじみ出てきた涙を拭う。

 面白いか、それはよかった。


「でもありがたいな。積極的に手伝ってくれるのは助かる」


「それはよかった」


 俺の言葉に、まるで俺の言い方を真似するように話す。

 

「いい奥さんになりそうだ」


 そう話しながら俺は棚を漁る。

 背伸びをしているせいか、少し体制がきつい。

 だが俺の言葉にいつまでも返事はなかった。


 気になって楽を見ると、音を遮断するイヤーマフで顔を隠していた。


「どした?大丈夫か?」


「今はこっち見ないで」


 心配したらそんな言葉が返ってきた。


「・・・えぇ」


 俺はあまりの理不尽ぶり言葉が勝手に漏れ出す。


「・・・まぁいいか」


 俺はそう話しながら棚に視線を戻し、ガサゴソと漁る。


「何かないか・・・?クソ、よく見えん」


 俺はそう呟きながら、手にあたった何かを片端から取り出していく。


「クッキー・・・えっと・・・これもクッキーで・・・っこれポテチか?いつ買ったやつだ?」


 記憶にないお菓子を手にとっては賞味期限を確認する。


「・・・まだ食える」


 そんなことをしていると、服の裾を引っ張られる。

 俺は菓子を持ったまま俺の服を掴む楽を見つめる。

 楽の顔は少し赤くなっていて、まっすぐ目を見てきていた。


「・・・どした?顔赤いぞ、熱でもあるのか?」


 俺がそう話すと楽が首を振り、少しうつむく。


「・・・・してくれないの?」


「・・・・なんて?」


 よく聞こえなかった言葉に俺は聞き返す。

 その言葉に楽は顔を上げて俺の目をしっかりと見つめる。


「心君は・・・・」


 何かを話そうとしている楽を待つ。

 おそらく簡単に話せるような言葉じゃないのだろう、らくのタイミングで話すまで待つつもりだったが、そのタイミングは案外早く訪れた。


「私と結婚するの嫌?」


 楽が放った言葉に俺は目を見開く。

 嘘を言っているようには見えない・・・

 だが・・・


「どうだろうな、そんな未来もあるかもしれないな。未来のことはわからない、楽の気持ちが変わることだってあるかもしれない、だから、俺の感情が戻って楽が結婚できる年齢になったらもう一度話してくれ」


 そう言うと、楽はそこか悔しそうにうなずいた。


「とりあえず、このお菓子持って行って」


「・・・わかった」


 そう言って楽はトボトボと結喜達のところに戻る。

 後ろ姿は落ち込んでいるのか、肩を落としている。

 その姿は完全に、雨の日に飼い主のエゴで散歩に無理やり連れだされた犬だった。


 俺は少しのため息を漏らし、グラスを取り出し結喜達の前にあるテーブルに置く。


「テレビつけてー」


 そう話す結喜に俺はリモコンを渡す。


「どれ見る?」


「わからん」


 俺はこういうことには疎い。

 首を振ってそう話す。


「おすすめのものがあります。家では一人の事が多かったですから、一時期見漁っていました」


 そう言いながら癒怒がリモコンを受け取り、操作する。


「王道の恋愛なんですが、すごく感情の描写がうまく、作りこまれているので楽しめるかなと」


「ならそれだな」


 そう話して、映画が流れる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 2時間後


「すっごい良い!!」


 結喜は少し涙を流しながら話す。


「ですよね・・・」


 癒怒はもれなく大号泣だった。

 

「言語化もうまく、画面が見えない私でも感動しました!!」


 哀歌も意外に涙を流していた。

 目が見えないからと言って諦めず、ほかの事に焦点を合わし人生を楽しんでいるところは見習うものがあると思う。


 楽は何も言わずにエンドロールを見つめていた。


「楽」


 俺は名前を呼ぶ。

 呼ばれた彼女はすぐにこちらに視線を向けた。


「面白かったか?」


 俺は笑いながら、楽にそう話した。


「うん!!」


 楽は満面の笑みでそう話した。


「で、感情の方はどうですか?」


 癒怒は俺をしっかりと見ながらそう話す。


「やっぱり、共感と哀しみは全くの別物だ。作品としては面白いし、感動もする。でもやっぱりどこか他人事で、うまく想像はできない。 たとえ哀しみを感じたとしても俺の感情じゃなく、ただの感想で、錯覚だ」


 俺がそう話すと、癒怒首をかしげる。


「錯覚?それでいいんじゃないですか?」


「・・・どういうことだ」


「誰かを思う気持ちや、共感は自身をだます錯覚だと。錯覚でも感じるなら、それを土台にして構築できる可能性は十分にあると思うんです」


 癒怒の言葉に俺は驚き、行ってる意味を理解する。


「そうか・・・!」


 そうか・・・錯覚。

 錯覚や共感は感情がないとできないことだ。

 錯覚しているなら、少なくともまだ感情が残っている表れになる。

 すべてを理解することは難しく、たとえわからないとしても、それは哀しみとは別種の感情でも、『似ている感情』の時点で俺たちは目標に近づいたことになる。


 似ている感情を持っているなら、それに似た感情を見つけるのはそこまで大変じゃないはずだ。

 これなら、すべての感情を取り戻せるかもしれない。


「これからはどうする?」


 俺はそう話して癒怒を見る。


「手法の選り好みはせずに何でもやってみましょう。 喜怒哀楽以外にも何かを取り戻せればヒントになるかもしれません」


 癒怒のその言葉に俺は頷いた。

 次は、何をしようか。

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