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5「得た先」

 ベンチに座ったままの結喜を見つめる。


「怒りにも種類があって、誰かを守るために行使する場合がほとんどってことだな」


 俺が話したことに全員が頷く。


「でも、使い方を間違えると大変なことになる」


 そのことにも全員が頷いた。


「でも、守りたいものがあるなら怒ることも必要だよ」


 会話をしていると、背後からそんな声がした。

 俺は聞き覚えのある声に眉を歪めながら結喜達の顔を見る。

 結喜達も眉を歪めて、女の子がしていいような顔ではなくなっていた。


 その顔を見て俺は少しの不安を抱えながらゆっくりと振り向く。

 そうして視界に入ってきたのは見覚えのある顔だった。

 赤い髪に長身、最後に見たのは文化祭の時だ。


天見(あまみ)・・・?」


「や、鳴海」


 にっこりと笑いながら右手を上げる。


「・・・なんでこんなところにいるんだ」


 俺がそう話すと、彼は気まずそうに頬をかきながら話した。


「妹と買い物だ。今はその帰り」


「仲がいいんだな」


「はは、普通だよ」


 そう話す天見の後ろには中学生くらいの少女が腕を組んで立っていた。


「あれが妹か?」


 俺がそう話すと天見は振り返り、妹と思わしき人物に向かって叫ぶ。


「先に帰ってて!!」


 そう叫ぶと特に返事をするでもなく、少女は歩き出した。


「・・・仲がいい・・・?」


「言ったろ?」


 そう話す天見の表情は苦笑いで、なんとも気まずい雰囲気になる。

 

「・・・まぁいいや。天見、お前は帰らなくていいのか?」


 そう話すと天見は俺たちの顔を見る。


「いや、知っている背中が見えたから何してるのかな気になってね」


 そう話しながら少し笑った。


「で、こっそり聞いてたわけか」


「こっそり?人聞きが悪いな、聞こえてきたんだよ」


 そう話す天見は笑っている。

 だが違和感のある笑顔・・・取って張り付けたような、偽物の笑顔だ。


「で、怒りについての話をしているのか?」


 天見はそう質問をするが、返ってきたのは沈黙


「誰も俺を求めてはいなかったみたいだな・・・」


 そう話す天見は笑っている。

 俺はそれが気に入らなかった。

 場を壊さないためか、周りに完全に合わせている天見の態度は気に入らなかった。


「・・・それやめろよ」


 俺の言葉に天見は少し驚きつつもすぐに涼しい顔になる。

 まったくイケメンだな・・・女だったら惚れてたかもしれない。


「何の話だい?」


「とってつけたような笑顔、周りに合わせる態度の事だよ」


 天見にそう話すと、彼の表情は一瞬でなくなる。


「合わせる?協調といってほしいね、俺はそうした方がいいと思って自分の意志で行動を起こしてるんだ」


 そう話す天見を睨む。


「逃げだろ?そうすれば口出ししなくて済むし、意見を求められても他人に責任を押し付けることができるしな」


「・・・なんなんだ」


 俺の言葉に天見の顔は歪む。


「自由がほしいだっけか?周りを利用して、その結果人から抜け出せなくなったお前が話すことじゃないな。今でも仲良しごっこをしている。家庭の事情かと最初は思ったがお前の問題じゃないかよ」


 そう話すと天見の顔はさらに険しくなる。


「そう簡単にいかないんだよ・・・周りを変えられない・・・」


「そうだな周りは変えられない・・・でも自分は変えられる」


 その言葉に天見は首をかしげながら俺を見た。


「・・・じゃあ鳴海は何かしているのか? 以前と何か変わったようには見えないが」


「そうだな・・・何も変わってねぇよ。何かを手に入れたわけじゃないからな」


 そう話すと天見は眉を歪めた。


「どういうことだ?」


 そう話した天見の質問に答えたのは結喜だった。

 ため息交じりに話した結喜の言葉に天見は目を見開く。


「ここ兄ぃは感情がないの」


「・・・感情が?」


 結喜の言葉に天見は息をのむ。

 

「正確には感情の起伏がない、感じにくいだけどな」


 俺は結喜の言葉にすかさず訂正を入れる。


「・・・そうだね」


 その声は少し寂しそうで、どこか申し訳ないという気持ちがふくまれているような感じがした。

 俺の感情がなくなった理由は結喜の事故を見たときのショックが大きい、誰のせいでもないと、結喜に言い聞かせているが納得は得られなかった。

 俺が結喜を心配して一緒にいるように、結喜も申し訳なさを感じているから離れられないのかもしれない。


「・・・それは大丈夫なのか?」


 天見は心配そうに俺に問う。


「それは本心か?」


「流石に友達が苦しんでるところをあざ笑うほど性格は終わってない」


「友達になった覚えはないけどな」


 俺の言葉に天見は困った顔をする。

 どうやら本心だったらしい。


「・・・今は大丈夫だ。感情の起伏がないから自分の意志で何かをすることは難しいが、人の真似はできる」


 そう話すと天見は眉をクイッと上げながら安堵の息を漏らした。


「生活は大変じゃないのか?」


「そんなにだな。人に共感ができないだけだ・・・それも真似でどうとでもなる」


 そう話すと天見は小さく頷いた。


「・・・真似をするってことは感情を取り戻したいのか?」


「・・・わからん」


 天見の言葉に俺はそう呟く。

 その言葉は重く、自分自身の体にまとわりついたように空気が変わった。

 直後に結喜が口を開く。


「取り戻すために今はいろいろ頑張ってる」


 結喜は難しい顔をしながらそう話す。


「そうなのか?」


 天見は俺の顔を見ながらそう聞いて来た。


「・・・まぁ一応な。生活するうえで大変なことはないが、不便は感じる。感情が無いのはストレスを感じなくて楽だが・・・誰にも寄り添えないし、人の気持ちを考えられないからな。過去の経験なんて役に立たない」


 俺がそう話すと、天見は俺と結喜達を交互に見る。


「何か得たのか?」


「喜びはほんの少しだけ感じるようになったかな。本当に少しな」


「それで次は?」


 天見はさぞ興味があるのだろうか・・・

 質問を繰り返し、何かを導こうとしているような気もする。


「次は怒りだな」


「そうか・・・」


 そう呟いた天見は俺の顔を見て首を傾げた。


「どうした?」


「・・・感情を取り戻したら鳴海はどうなる?」


 天見はそう話す。

 その言葉に俺も首をかしげて天見の顔を見た。


「・・・どういうことだ?」


「鳴海が感情を取り戻したら、正常か?今の鳴海はどうなる?」


「・・・変わらないだろ。一緒の人物だ」


 天見の何気ない言葉に心臓が激しく脈を打つ。


「記憶はあるんだろ?」


「・・・まぁな。維持は厳しくなってるが、無くなるわけじゃないからな」


「感情が完全に戻ったら。積み重ねてきた分の思い出が襲うとかは?」


 天見はそう話す。

 飛躍した考えだが、天見は真剣な表情をしていた。


「・・・やってみないとわからん。それにそんなことは起こらない。アニメじゃないしな、俺は悲劇のヒロインじゃない」


「なら続けるのか・・・?」


 天見は悔しそうな顔をして俺を睨む。


「あぁ・・・俺は自分を変えて、俺と接する人間が少しでも楽だと思えるようにしたい」


「それは、俺とは違うのか?」


 天見は眉を歪める。


「さぁな・・・でも少なくとも立ち止まってる人間と、進もうとする人間は違うはずだ」


 そう話すと、天見はため息を漏らす。

 直後に小さく笑った。


「・・・・この短時間で鳴海がどんな人間かわかった気がするよ。 これは勝てそうにない」


「勝ち負けを気にしている時点で天見の負けだ」

 

「自分の最大の敵は自分か・・・・」


 天見はそう話す。

 腰に手を当て、空を仰いでいた。


「違う。もっとすごい」


 その言葉に天見は視線を下げて俺をまっすぐ見る。

 

「もっと?すごい?」


「そう。自分の敵は自分なんて言わない。『世界の敵が俺だ』」


「世界の敵?逆だろ?」


 俺の言葉に天見は鼻で笑いながら答える。


「あってるよ。『小さな世界』を変えるのは自分しかいない。だから、世界の敵は俺だ」


「小さな世界?」


 そう話すと天見は首を傾げた。


「自分の周りの世界だよ。政治とか大きなものは変えられない・・・でも自分の周りの限られた世界なら変えられるかもしれないだろ? 天見も頑張れ」


 そう話すと天見は少し笑って頷いた。


「・・・見習ってみるよ」


「そうしろ」


「・・・あーじゃぁ俺は帰るよ」


 天見はそう言いながら公園の出口を指さす。


「おう。また学校でな」


 俺の言葉に天見は少し驚いた表情をする。


「意外だな・・・そんなこと言えるのか」


「言えるさ。真似はできるからな」


「そうだったね」


 天見は少し笑ってそう答えた。


「じゃ、行くよ」


「おう」


 そうして天見は歩き出す。

 小さくなる背中を眺めながら俺はため息を漏らす。


 なんか疲れたな。

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