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3「確かめる」

 俺と癒怒(ゆの)はベンチから立ち上がって結喜(ゆき)に近づく。


「ちょっといいか?」


 俺の言葉に結喜は俺を見た。


「何?」


 そう話しながらこちらに視線を向ける結喜の額には汗が滲んでいた。


「汗かきすぎじゃないか?」


 俺の言葉に結喜は眉を上げながら反応をした。


「歩けるようになったって言っても完璧じゃないからね。 慣れない歩き方をするから、変な筋肉を使うし、かなり精神を消耗するんだよ」


 そう早口に話した。

 こんなに饒舌だっただろうか?


 俺は眉を歪めながら顔色をうかがう。

 その様子に結喜は首を傾げた。


「で、何?なんかあるから呼んだんじゃないの?」


 そう話す結喜に俺は頷く。


「そうだ、怒りのエキスパートに・・・」


「なんて言った?」


 俺がすべてを話す前に結喜は眉を歪めた。

 

「怒るのが早いよ」


「まだ怒ってないんだけど?で、何?なんて言ったの?」


 結喜の目は俺を睨んでいた。

 怒ってないと話すが、眉間に皺は寄っているし、声がいつもより低い・・・これはしっかり怒っている。


「なんでもない。癒怒の事で少し話したい」


「・・・まぁいいけど」


 そう話すと結喜はベンチの方へと歩き出す。


哀歌(あいか)(らく)もいいか?」


 俺がそう話すと哀歌と楽は静かに頷いた。

 ベンチに座った結喜は俺の顔を見つめる。

 早く話せと、そう言いたそうな瞳だ。


「お前らは怒りって何だと思う?」


 その俺の質問に3人は顔を合わせる。

 哀歌に関しては合わせるというかそっちに顔を向けているだけにすぎないのだが・・・


「急だね」


 そう話す結喜。

 俺はその言葉を聞いて癒怒に視線を向けた。


「・・・なるほどね」


 結喜は目を閉じながらそう話す。

 何かが分かったのだろうか。


「私にとっての怒りは・・・」


 そう話しながら瞼を開き、俺をと癒怒を交互に見る。


「心を守る盾かな」


 そう話した。


「なるほど、具体的に聞いてもいいか?」


 俺がそう聞き返すと結喜は頷く。


「私はこんな足だからで、落ち込んで、ふさぎ込んで何も見えなくなってた」


 その言葉に静寂が流れる。

 だがそんなことは気にせず結喜は話を続けた。


「何が良くなかったのか、責任は誰にあるのか、こんなことならいっそ・・・なんて考えたりもした。でも、そのたびに誰だか知らない奴のせいでこんな状況になってるのが腹立たしくなってきた。 もちろん、毎日のように家に来るここ兄ぃにもイライラしてた」


「そんな風に思ってたのか・・・」


 俺はそう話しながらもその状況を知っている。

 部屋に様子を見に行くたびに何やら罵声を・・・ここ兄ぃには関係ないとか、この気持ちは誰も分からないとか。泣くというか、世界そのものに攻撃しているような荒々しい声だったのを覚えている。


「そうでもしなくちゃ限界だったかも」


 そう話す結喜の顔は真剣で、適当に話しているようには見えなかった。


「ま、そんなもんかな」


 そうして軽く言って見せる。

 結喜がこうして笑っているのは怒りのおかげだったのだろうか?

 軽く言えるくらいまで回復したのだろうか?


「哀歌は?」


 俺がそう話すと哀歌は俺の方に顔を見せる。


「私は・・・」


 そう話しながら哀歌は難しそうな顔をする。

 少し考えるそぶりをした後、深呼吸をして話し始めた。


「私は怒る機会がないので何とも言えないのですが・・・怒りとは自身の存在を肯定するためにあると思います」


「・・・意外だな・・・」


 哀歌の言葉に俺は驚き、目を見開く。

 思いもしなかったからだ。

 目の見えない哀歌は、他人の怒りを見ることなんてない、罵詈雑言を聞くことがあっても怒った人間の表情を見たことはないはずだ。


 だからそんな言葉が浮かんでくるとは想像しなかった。

 俺がそんなことを考えているとも知らずに哀歌は話を続ける。


「誰かが怒ったときは、必ず貶められた時だと思います。 裏切りられたとき、悪いうわさなど、自身の評価、評判が下がったときに現れるものだと思います」


「それは当たり前じゃないのか?」


「当り前ですが、すべての理由が自身の方針、道しるべを否定されたことだと思うんですよね」


 その言葉に俺は頷く。

 少し感心してしまう。

 見えていないのに、いや、見えていないからこそ状況をより細かく判断しようと音を聞き、分析するんだ。


「だから?」


「怒りは自身の信じていたもの、自身が目指していたものが閉ざされた瞬間に湧き上がって爆発するものだと、私は思います」


 そう話した後に俺は頷いて楽を見る。

 楽は俺の瞳をのぞき込むようにしっかりと見つめている。


「楽はどう思う?怒りについて」


 俺がそう話すと、楽は間髪入れず話し出す。


「私は自分と、誰かを守るための盾かな」


 そう笑いながら話す。


「というと?」


「哀歌ちゃんと大体は一緒だよ、でも、そこに友達も入るだけ」


「なるほどな・・・大体・・・違うところはあるか?」


 そう話すと楽は少し考えた。

 そのあとすぐに話し出す。


「違うというか、難しいんだよね」


「難しい?」


「自分のために怒るのは境界線が分かりやすいんだよね。でも、誰かのために怒るってタイミングを間違えれば守りたい人間を傷つけてしまうかもしれないから・・・他人のために怒るって言葉ほど簡単じゃないんだよ」


 そう話す楽の言葉は納得がいった。

 すとんと心の中に入ってきた、という方が正しいのかもしれない。


「そうか・・・結構難しいんだな」


「そうだね、でも心君はその高難度を無意識のうちに回避し続けてる。これはかなりすごいことだと思うよ」


 と、楽は何やら嬉しそうに話した。

 そうだったのか、誰かを助けるときは必死で、後先考えてないからな、気が付かなかった。


「・・・だってよ。癒怒」


「・・・なるほど、貴重な意見ありがとうございます」


 そう話す癒怒に楽は首をかしげる。


「えっと・・・どういたしまして?」


 突然始まった会話なためか、楽は何に対して礼を言われたのかわからない様子だった。

 でも収穫はあったはずだ。少なくとも共通点は見つけた。


 怒りという感情の出し方は人それぞれで、何のために出すのかも人によって変わる。

 でも、何かを守るためという共通点は、考え方を揺るがす大きな刃になったはずだ。

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