2「出す方法」
約1週間後の午後・・・
俺は公園のベンチに癒怒と座り、結喜と哀歌、そして楽が楽しそうに遊ぶのを眺めていた。
「本当に大丈夫なんですか?」
そう話す癒怒、隣に座る彼女から向けられる視線は心配が混ざっているとわかりやすい表情をしていた。
「大丈夫だ。傷は完全に塞がってはいないから安静にだけどな」
俺はそう話しながら遊んでる結喜達を見る。
「気になりますか?」
俺の視線に気が付いたのか、癒怒が問いかけてきた。
「まぁな。結喜はまだ歩きなれてない。最初とは見違えるほど動けるようになってるけどな」
俺はそう呟いてため息を漏らす。
中学生だからか、吸収が早いのは助かった点だった。
「でも任せてますよね」
癒怒はにっこりと笑いながらそう話す。
「・・・楽は聴覚過敏だ。最初はどうなるかと思ったがあいつは意外と面倒見がいいし、音に敏感だからか細かい変化にも気が付く。楽の勘は侮れない」
俺はそう話した。
「それは鳳山さんもでしょう?」
俺の言葉に間髪入れずに癒怒はそう呟く。
俺は驚いて癒怒を見ると、彼女は口元に手を当ててクスクスと上品に笑って見せた。
「気が付いていたのか」
「えぇ、まぁ」
俺の言葉に癒怒は結喜達を見つめる。
「何かを失ったものは何かに秀でている」
癒怒はつぶやく。
「誰の言葉だ?」
「誰の言葉でもありません」
そう言って癒怒は俺の顔を見つめる。
「鳳山さんも兎静さんも人とつながるのに大切なものを削られています。その分、観察する能力が、自身でアクションを起こして読み取る能力が人より強化されているような気がします」
癒怒はそう話す。
実際、楽は誰よりも早く俺の感情について違和感を覚えた。
哀歌は目が見えないのに俺の考えていることを推察しあてた。
人より苦労している劣っているといっても過言ではないのに、心理を読み解く能力に関しては他人の何倍も秀でている。
「不思議ですよね。何も見えてないはずなのに、すべてが見えているような感じ」
癒怒は俺が考えていることを当てるように話す。
この子自身、自分の持つ能力には気が付いていないようだ。
「そうだな・・・ところで」
俺は病室でのことを思い出す。
「癒怒は怒れたんだな」
「怒れないと思っていました?」
そう言って笑う癒怒を見つめ、俺は頷く。
「いじめにあう人間は大抵怒るのが苦手だ。しっかりと言えないからやつらは土足で踏み込んでくるし、誰にも言われないからエスカレートする」
そう話すと癒怒は寂しそうな表情をする。
「それは単に私が弱いからではないんですか?」
「ンなわけあるか。少なくとも、誰かのために怒れる癒怒を弱いと俺は思わない」
その言葉に癒怒は少し笑う。
「でも、あんなふうに怒るのは初めて見た。結構迫力あったしな、それがあるならいじめはなくなったんじゃないのか?」
俺は疑問をぶつける。
これは単に気になった疑問だった。
だがこの言葉に癒怒の表情は悲しいような難しい顔をしていた。
「怒りってのは出すものではなく出るものだと思うんです」
癒怒はそう呟く。
俺は意味が分からずに首を傾げた。
「当り前じゃないのか?」
俺はそう話す。
喧嘩の際、おそらく怒っている。怒っているから喧嘩をしている。
別に当たり前の事だろう。
怒りたくて怒っている人間なんかいない。
だが、その言葉に癒怒は首を振って俺を見つめる。
「私たちの言う怒りはおそらく、純粋な憤りじゃないんです」
そう話す癒怒は結喜達を見つめる。
「いろんなものが混ざって絡まって、必要のない感情まで引っ張り出してしまう。それで後悔するんです。引っ張り出された感情はよくないものばかりで、誰に対しても武器になる感情です」
「なら癒怒の話す怒りって何なんだ?」
俺は癒怒が言った言葉の意味が気になり疑問をぶつける。
怒りってのは基本は汚い感情のはずだ、他人を蹴落とし、罵り、力ずくで屈服させる。
理論や倫理なんてその場所には存在しない、透明な刃の刺し合い。そこに、それに用いられる武器『怒り』が彼女にはどんな風に見えているのかが気になった。
「そうですね、誰かを守るための怒りでしょうか?」
「喧嘩に用いられる怒りとはどう違いがある?」
癒怒の言葉に俺は返す。
この言葉を聞いた癒怒は俺の顔を見つめて首を小さく振った。
「わかりません。でも少なくとも・・・守りたいと思って誰かを救うための怒りなら」
「誰かが傷つくとしても?」
俺の言葉に彼女はしっかりと頷く。
「知らない数千より、親友の1人を選びますよ」
俺はその言葉に黙る。
俺も似たような思考だから・・・少しばかり理解ができる。
別に文句はない・・・だが、何かが胸に引っ掛かっている。
俺は小さな世界を守るためならなんだってする。そのたった一人が大事だからそのために戦う。
でも、この違和感は何だろう。
「その怒りは正しいのか?」
「視点の問題です」
俺の問いに癒怒は俺をしっかりと見つめてそう答えた。
「視点?」
「はい、ヒーローは好きですか?」
「ヒーローか?あの世界を救う人間たちの事か?」
俺の問いに癒怒は頷く。
「人を殺せば犯罪です。でも、悪者を殺せば英雄です」
その言葉に俺は何も言えなかった。
「この考え方は飛躍しています。自身の行いを正当化するための言い訳に過ぎないことも分かっています。でも、誰かを守るためには力が必要です。その力を借りるために・・・」
「怒るわけか」
俺は少し納得していた。
生きるためには目標が大事で、何かをするためには動機が必要なんだ。
当たり前の事。
この子は自身の弱さを『怒り』を利用することで隠してる。
だが、わかっているんだ。それは使い方で人も殺せる武器になることを・・・だからこそ彼女なりに使うタイミングを決めた。設定した。
『誰かを助けるための怒りの行使』
「なるほどな」
「・・・わかるんですか?」
癒怒は少し驚いたような表情をする。
「理解はできてない・・・でも言いたいことはわかった」
そう話しながら俺は立ち上がる。
「確認しに行こう」
「確認?誰にですか?」
俺の言葉に癒怒は首をかしげる。
「怒りのエキスパート」
俺はそう話しながらある人物に指をさす。
癒怒は俺が指す方向に視線を向ける。
「結喜だよ」
そして俺は静かにそう呟いた。