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1「持つ者へ」

 11月上旬。


結喜(ゆき)ちゃんこっち!」


 そう叫びながら跳ねる(らく)を見つめる。


兎静(とじょう)さん。犬神(いぬがみ)さんはまだ義足で歩くのに慣れていないんですから、あまりせかしてはだめですよ」


 癒怒(ゆの)は優しい声でそう話した。

 せかして転んでしまっては危ない、普通に考えればもっときつく言ってもいいとは思うのだが、癒怒にはそれができない。

 いや・・・制御するのが人よりうまいというべきか。


「ごめんごめん!」


 そう話す楽はどこか嬉しそうだった。

 あれは反省していない。


「もう・・・」


 横でため息を漏らす癒怒を横目に腕にしがみついている哀歌(あいか)に視線を落とす。


「大丈夫か? もう少しスピード緩めるか?」


 そう話すと、哀歌は小さく首を振る。


「大丈夫です。しっかりとついていきます」


 そう言いながら白杖を使い自身の進む道を叩きながら歩く。

 結喜は義足で歩けるようになって車椅子と比べると早くなった気がする。

 いや、車椅子を押している俺の腕には哀歌がいたから遅くなってしまったのかもしれないな・・・

 まぁ本人には絶対に言わないけど。


「そんなにはしゃいで、学校で寝んなよ?」


 俺はそう言って彼女たちの後をゆっくりと追う。


 そう、今は登校の時間だ。

 俺はいつも結喜達を学校に送ってから高校に行く。

 もちろん時間的には遅刻なのだが、そこは教師たちのご厚意で許してもらっている。

 主に地神(ちがみ)、担任教師のご厚意なのだが・・・


 哀歌の掴まる腕が少し圧迫される。

 何かあったのかと、俺は少し視線を向けた。


「どうした?」


「少し遅くなりました。お気遣いありがとうございます」


 声は変わらずに話すが、少し眉間に皺が寄っている。

 おそらく、迷惑をかけてしまったと、そう感じているのだろう。


「いいや、転んだりしたら危ないしな」


 そう話すと俺の腕をつかむ手が強くなる。

 少し痛みを感じるくらいだ。


鳳山(とりやま)さん。鳴海(なるみ)さんが痛いかもしれませんよ?」


 俺は何も言わなかったが、癒怒が哀歌にそう話す。


「す、すいません!!」


 その言葉に哀歌は何かにはじかれるように腕を離す。

 直後に何かに引っ掛かったのかバランスを崩す哀歌に俺はとっさに反応した。


「危ない・・・!」


「鳳山さん!」


 俺の声と癒怒の声が混ざる。

 手を伸ばし手を掴もうとするが、その手は空を切る。


 ーーだめだ届かない!!


 ただ必死に。

 頭を守らなきゃ・・・

 倒さないように・・・!


「クソッ!」


 俺はそう言いながら哀歌の制服の胸ぐらをつかむ。

 もちろんその程度で人間一人の体重を支えられるほど体を鍛えてはいない。

 だから一緒に倒れるのは必然だった。


 哀歌の頭に手を回し抱え込む。

 そのまま地面に体が打ち付けられる。


「心君!?」


「ここ兄ぃ!!」


 こちらの騒動に気が付いて結喜と楽がこちらに駆けつける。


「哀歌、大丈夫か?」


 俺の腕の中で震えている哀歌に声をかけると彼女は小さく頷いた。


「そうか・・・よかった」


 合流した結喜と楽が姿勢を低くしてのぞき込む。


「哀歌ちゃん大丈夫?」


「哀ちゃんは大丈夫なの?」


 その言葉に俺はゆっくりと頷く。

 

「立てるか?」


 俺は哀歌に声をかけながら立ち上がろうとすると、癒怒が背中を抑える。


「どうした?」


 癒怒が手を当てているのか、背中に少しぬくもりを感じる。

 だが、なぜ彼女が俺の背中に手を当てているのかがわからない。


「鳴海さん・・・頭から血が・・・」


「は?」


 俺はその言葉で初めて出血していることを知った。


「痛まないんですか?」


「全然・・・」


「アドレナリンが出てるんですね」


 癒怒は落ち着いた様子で分析する。


「救急車を呼びます。安静に」


 癒怒の言葉に俺は小さく頷いて地面に腰を下ろす。

 

「ここ兄ぃ・・・」


「大丈夫だ」


 心配そうな顔を俺に向ける結喜にそう話す。

 瞬間・・・カチャッと何かが落ちる音がしてその正体に俺は視線を吸われる。


「サングラス?」


 それは哀歌が日常的に装着しているサングラスだ。

 直後、透明な水滴が地面に落ちてはじける。


「哀歌?」


 俺はその正体をよく知っている。

 腐るほど見て、吐き気がするほど身近にあるものだ。


「なんで泣いてる?」


「私のせいで心さんが・・・!」


 そう話しながら涙の浮かべる。

 目に貯まった涙は、色素の薄い青い瞳を反射して水色に光る。


「違う、たまたまだ」


 俺はそう話すが、哀歌は首を振った。

 

「もう少しで救急車が到着します。大丈夫ですか?」


「あぁ問題ない・・・ちょっと切っただけだろ大げさだ・・・だから・・・」


 直後、視界がグラリと揺れまるでモニターの液晶が不具合を起こしたように端が黒く染まる。


「・・・なんだこれ」


 そのまま意識を手放した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・知らない天井だ」


「目を覚ましたんですね?」


 そう言って病室のベッドの横に女性が話をかけてくる。


「・・・地神(ちがみ)先生」


「学校に電話がありましたよ。生徒が頭打って運ばれたって。妹さんが通う学校から」


「・・・俺に妹はいません」


「そうでした」


 そう話す地神は優しい声と顔で言った。


「何があったんですか?」


 その言葉に俺は口を閉じる。

 言うのは簡単だ、だが・・・それを言ってしまえば彼女の、哀歌のせいにしてしまう。

 そんな気がした。


「まぁ言いたくないのなら仕方ないですね、あらかた予想はついてます。それに、大体聞いているので」


「じゃあなんで聞いたんですか」


「信用度の調査的な奴です」


 そう話しながら地神は笑う。


「では、生徒に異常がないことも分かりましたし、先生は学校に行きます」


「・・・ありがとうございます」


 俺の言葉を聞いて地神は小さく手を振りながら病室を出てく。

 タンッと音を立てて閉まった扉。

 直後にノックの音が転がる。


「はい」


 そう返事をするとゆっくりと扉が開く。

 最初に見えたのは銀髪・・・哀歌かと思ったが背は高く綺麗な顔立ちをしていた。


「・・・哀歌の・・・」


「お邪魔します」


 そう話しながら哀歌の母親は俺の横にある椅子に腰を掛ける。


「大丈夫?」


「ぼちぼちです」


「そっか・・・お医者さんは異常ないってさ」


 そこで彼女が結果を聞いたことを知る。


「なぜ知っているんですか?」


「結喜ちゃんに頼まれてね」


 それってありなのか?

 いや特例か・・・俺に親はいない・・・

 考え事をしていると銀髪のあたまがゆっくりと低くなっていく。


「ごめんなさい」


「何がですか?」


「哀歌を守るために体を張った結果こんなことになっちゃった」


 そう話す哀歌の母親の顔は苦笑いで見れたものじゃなかった。


「ご両親にも謝罪をしなきゃ」


 そう言いながら彼女は俺の顔を見つめる。

 それに首を振って話し始める。


「来ないですよ。彼らは仕事優先です。他の事なんて気にしない」


 その言葉に彼女は驚いた顔をする。


「そんなこと・・・」


「そんなことない?そう言いたいのかもしれませんがそんな世界だってあるんです。一番そばにいてほしいときにいなかった人間が今更来ても意味ありません」


 俺はそう話す。

 誰も信じない。

 いつか話した小さな世界。

 そこには俺が信じる物が溢れていて俺はそれを守るために何でもする。

 俺が認める小さな世界に詰まっているものは全部信じていいと、よく知っている。


「そっか・・・」


 そう話し、気まずくなったのか彼女はペチペチと自身の太ももを叩いていた。


「哀歌を守ってくれてありがとうね」


「当然です。むしろ怪我がなくてよかった」


 そう話すと彼女はにっこりと笑う。


「任せても大丈夫そう?」


「現段階では問題なしです」


 そう話すと哀歌の母親は満面の笑みを見せた。


「じゃあ、おばさんもう行くね?何かあったら言ってね」


 そう言って病室から出ていく。

 直後に再度ノック。

 俺はため息を漏らしながら扉を見つめる。


「どうぞ」


 ゆっくりと開いた扉からは見慣れた顔ぶれが姿を現す。


「ここ兄ぃ大丈夫?」


「あぁ大丈夫」


 結喜が目を細めて「こいつは何言ってるんだ」といいたそうな顔をする。


「本当に大丈夫だから、その顔やめろ」


「あぁそう、ならいいや」


 妙にあっさりとしたその言葉にほかの人間が驚いた顔をする。


「世間一般では・・・頭部に包帯を巻いた人間を大丈夫とは言いませんよ」


 癒怒が少し笑いながらそう話す。


「あぁ包帯が巻いてあるのか、気がつかなかった。どうりで圧迫感があるわけだ」


 俺は眉を上げながら軽いジョークを挟んでみる。

 その言葉に癒怒は少し笑う。


「・・・心さん」


 細く小さい声・・・なのに病院全体に響いたんじゃないかと感じるくらいにはっきりと聞こえた。

 

「なんだ?」


「怒らないんですか?」


 哀歌はそう言った。

 癒怒も哀歌もそれを聞く。

 怒られたいのか?


「怒らない」


「・・・どうして?」


「怒っても起きたことは変えられない」


 その言葉に哀歌は唇をかむ。

 罪悪感だろうか。


「それに謝ったろ」


 その言葉に哀歌頷く。

 だがそれじゃ許さない人間が一人。


「でも死んでたかも」


 そう言ったのは結喜だ。


「でも死んでない」


 俺の言葉に結喜は俺を睨む。

 言いたいことは少しだけわかる。

 結喜は癒怒も哀歌も楽も大切にしている。

 だが彼女は無意識のうちに怒りを覚えている。


 ずっとそばにいた。

 何年もそばにいた何かが壊されるところだったから。


 だが、今の環境を壊すわけにもいかない。

 だから結喜ははっきりとは言えない。

 間接的に起きそうな事象を並べて責める方法になっている。

 むしろ陰湿な気がするが・・・仕方がない。


「もういいんじゃない?」


 静寂に切り込んだのは楽だ。


「何?」


 結喜が楽を睨む。


「心君だって謝罪を受け取って許してる」


「でも私は」


「結喜ちゃんは心君じゃない」


 はっきりと、楽が話す。

 音が嫌いで、発作を起こすような女の子がここまで戦えるとは思っていなかった。

 俺は何も知らなかった。


「許すかどうかは当事者が決めること、この場合は心君」


 その言葉に結喜は牙をむく。


「アンタね・・・」


「何?」


 喧嘩をしそうな二人に声をかける少女・・・


「私が悪いんです!!」


 哀歌が少し大きな声でそう話す。

 

「私がもっと気を付けて・・・・私がもっとしっかりしていれば・・・」


 そう話しながら泣き出す。

 違う。

 気を付けて、しっかりして・・・・それには前提があるんだ哀歌。


 『普通』という前提が・・・

 盲目の哀歌にはそれすらも難しいかもしれない。

 だから俺は許した・・・仕方のないことだから・・・


「違うよ哀歌ちゃん」


 そう話すのは楽。

 哀歌の背中をさすりながら話を進める。


「心君が怪我をしてしまったのはもしかしたら哀歌ちゃんに原因があるのかもしれない。でも、結喜ちゃんが怒る原因は哀歌ちゃんにはないんだよ」


 正解のような不正解のような答え。


「うるさい!!!」


 そう話しながら怒鳴ったのは意外な人物だった。


「・・・癒怒?」


 癒怒は全員を睨む。


「鳴海さんが怪我をしたのは鳳山さんのせいです!!犬神さんが怒ってるのは犬神さん自身のせいです、自分の心に整理がつかないからって鳳山さんに怒りをぶつけるのは間違ってます!!兎静さんあなたは・・・・・・何もない!」


「えぇ・・・」


 癒怒の言葉に渋い顔をしながら肩を落とす楽を見つめる。

 直後、癒怒は頭を下げた。


「鳳山さんが手を離した原因は私です。ごめんなさい」


 その言葉で俺は思い出す。

 確かに癒怒が何かを言った後に哀歌が手を離したのをしっかりと思い出す。

 でもそれを知ったところで答えも結果も変わらない。


「いいよ。 結喜もそれでいいだろ?」


 俺はそう話しながら結喜に視線を送る。

 すぐにそっぽを向かれてしまう。


「なんでもいいけど仲良くしろよ」


「・・・うるさい」


「仲良くできないなら俺は家出・・・旅に出る」


 こっちの方が言い回し的にかっこいいだろ。

 その言葉に結喜は驚いた顔をする。


「嫌だ」


「なら・・・わかるな?」


 そう話すと結喜は頷いた。


「ほれ、この話は終わりだ帰れ。いつまで病院にいるつもりだお前ら」


「もう少し・・・」


 そう話す彼女たちに俺はため息を漏らし、ベッドから立ち上がる。


「ここ兄ぃ・・・!」


「はいはいうるさい。出てけ出てけ傷に響くから帰れ。あ、気をつけて帰れよ」


 そう言いながら彼女たちを病室からはじき出す。

 直後、楽しそうな話声が遠ざかっていくのが聞こえた。


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