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6「感じるには大変なこともある」

 俺は腕を組みながら考える。


「で、初めはどうするよ?」


 俺の言葉に哀歌と楽は首を振る。

 その言葉に答えたのは癒怒だった。


「自転車と同じ、何度も歩いて練習してみましょう」


「だよな・・・」


 俺はそう話しながら結喜近づく。

 

「とりあえず、邪魔にならないところに車椅子を移動しよう」


 そう言いながら俺は車椅子のロックを外し、公園の端に歩く。


「このあたりなら大丈夫だろ。結喜、ロック」


「あいあい」


 車椅子にロックをかけて、結喜の前に周る。


「じゃあ、支えて歩行練習か」


 そう言って結喜の腕をつかむ。


「あ・・・」


 結喜が声を漏らした。


「どうした?」


「べ、別に・・・」


 少し顔を赤らめているように見える結喜だが、化粧のせいだろう。


「あ、足置きどかすの忘れたわ」


「何してんの?」


 俺のミスを馬鹿にするように結喜がニヤニヤと話す。

 

「悪いな、気が抜けてたんだよ」


 素直に謝ると、結喜は優しい表情で笑った。


「いいよ、許す」


 俺は足置きを上げるために下げていた視点を上げると、結喜はニコニコとしていた。


「なんだよ」


「・・・好きだよ、ここ兄ぃ」


 俺はその言葉に驚きながらゆっくり立ち上がる。


「そうか、俺も好きだぞー」


 そう言いながら結喜の手をつかむ。


「あ、信じてないなぁ?」


「さぁ?どうだろうな」


 俺はしっかりと手をつかんだことを確認して深呼吸をする。

 転んだらまずい・・・確実に無傷じゃすまない。

 軽くて骨折・・・悪ければトラウマで歩行をしたいなんて気持ちは消え失せるかもしれない。

 失敗できない。


「ここ兄ぃ、大丈夫だから」


「わかってる」


 俺の不安を感じ取ったのか、結喜は手を握り返し笑いかける。


「よし、ゆっくり立とう」


 その言葉に結喜は頷き、手に力を入れる。


「なんかドキドキするね」


 結喜はそう話す。

 そのドキドキは何のドキドキか。

 俺は失敗してはいけないと心臓が高鳴る。

 少し頬を赤く染める結喜は・・・この状況をどう思っているのか。


「少し歩いてみよう」


「OK・・・」


「ゆっくりでいい、いつも通りに・・・」


 家の中ではいつもやっている。

 彼女は一人で歩いている。

 それはもちろん壁に寄りかかり、机に手を付き、体を支えながら歩いている。

 俺はその光景を何度も見ているはずなのに、なれているはずなのに、焦りと震えが止まらない。


「ここ兄ぃ・・・」


 結喜はつぶやいた。

 触れ合える距離、こんな距離で声が小さく聞こえるはずがない。

 なのに、ひどく小さく聞こえる。


「心君!!」


「鳴海さん!!」


 その時、癒怒と楽の声が耳を刺す。

 小走りで俺たちに駆け寄る。


「一回休憩を・・・変わります」


 そう言った癒怒は俺から結喜を受け取ろうとする。

 だが、その腕は時間が停止したように止まった。


「・・・癒怒」


 俺はその光景を見つめそう言った。

 癒怒は迷っている。


「癒怒ちゃん?」


 楽が首をかしげながら、癒怒の名前を呼ぶ。

 癒怒に反応はない。

 彼女は・・・癒怒は今何かが見えている。

 黒く汚い何かが・・・それはおそらく両親と俺以外には話していない。


「楽・・・癒怒を頼む・・・俺は大丈夫だ」


 そう言って俺は結喜の手をつかむ。


「ここ兄ぃ・・・?」


「絶対に離さない」


 結喜の目をまっすぐ見てそう話す。

 その言葉に結喜は目を見開く。

 驚いているような、喜んでいるような・・・

 感情が分からない俺にはそれがどちらかは判断ができない。


「うん・・・!離さないで」


「よし、歩いてみろ、俺が合わせる」


 その言葉に結喜はゆっくりと歩き始める。


「ゆっくり、ゆっくり、」


 そう言いながら結喜の手を引き、歩く。

 結喜の歩幅に合わせ、一歩一歩と歩みを進める。


「いい感じか?」


 俺がそう話すと、結喜はゆっくりと頷く。

 彼女も緊張しているのか、地面を見たままだ。

 だが初日だ。

 手が離せるわけもない。

 

「少し休憩するか?」


 結喜にそう話すとゆっくりと頷く。


「よし、なら休憩だ。 少し休もう」


 そう言って近くのベンチに目を向ける。

 癒怒と楽が座り、少し離れたところに哀歌が座っていた。


 結喜の手を引いて、ゆっくりと歩く。

 ベンチに座らせ、自分も座る。


「どうだ?」


「すぐには変わらない」


「まぁそうだよな」


 そう言って近くの自販機を見つめる。


「何か買って来るぞ」


 俺はそう言ってベンチから立ち上がる。

 彼女らは向き合い、少し考えた。


「いらないならいいけど」


 そう話す俺の言葉に全員が首を振る。


「いる」


 そうは言うが、全員が考えていた。

 冬は近いはずなのだが、常軌を逸した暑さに汗が垂れる。


「先に行ってるから決まったらスマホで連絡してくれ、誰か一緒に来るか?」


 そういうと、一人だけ立ち上がる。

 

「楽・・・お前はいい奴だな」


「心君と一緒ならどこまでも」


「それは地獄でもか?」


 冗談で言った言葉に楽はにっこりと笑う。

 流石に怒ったかな。

 そう思ったが、帰ってきた返事は意外なものだった。


「喜んで」


 そう言って楽は俺の手をつかむ。


「意外だな」


「私は尽くすタイプだから」


 何の話だろう尽くすタイプなのと、地獄までついてくるのはまた話が変わりそうだが。

 そう思ったが、何も言わなかった。

 何も言わない方がいいと思ったからだ。


「じゃ、行くか」


 俺はそう呟いて歩き出す。

 楽はピッタリと後ろに着いた。


 そして自販機前。

 楽はどこかソワソワしている。


「どうかしたのか?」


 俺の問いに楽は少しびくりと体を震わせる。


「なんで?」


「そんな感じがしたからな」


 俺は楽を見つめてそう話す。


「感情はないけど、変なところで鋭いね」


「それは誉めてるのか?」


 俺がそう返すと、楽は笑った。


「うまくいくと思う?」


「なにがだ」


「この練習」


 そう言いながら楽は結喜達が座るベンチに目を向ける。


「知らん、でもやってみなくちゃわからないだろう?」


「それもそうだね」


 そう話しながら頼まれた飲料を買う。


「うまくいくことを願っている」


「だね」


「癒怒の言う通り、練習をしなくちゃだめだ」


 その言葉に楽は頷く。


「なら頑張らなくちゃだね・・・」


「だな」


 そう言って飲料を持って結喜達がいるベンチに戻った・・・

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