2「生み出すもの」
俺の後をついてくる結喜が話す。
「来てたならなんでクラスに来てないの?」
そう話す結喜に振り返り、俺は顔を見る。
正直、今の俺は心中穏やかじゃない。
何せ、今まで気にしていたこと、そしてそれを今どうにかしようとしていることを簡単にも破られたからだ。
誰にも言わず、誰にも悟られずに終わる。
これを予想し、望んでいた。
「まだ来たばかりだ。まだ・・・何もしてない」
そう話すと結喜は徐々に右手を上げ、俺の持つ何かを指さした。
「でも、焼きそば持ってるじゃん」
その言葉に俺は視線を落とす。
地神がおごってくれた焼きそば。
気が付かないうちに時間が経っていたのか、温かかった焼きそばは冷え切っていた。
「あぁ・・・えと・・・」
俺はそう話しながら地神が消えた廊下の先を見つめる。
「ここ兄ぃ?何見てるの?」
「いや、何でもないよ・・・まぁ、あれだ。結喜のクラスを忘れたんだ」
「はぁ? 感情ないのに、知能もないの!?」
結喜は眉を歪めながらそう話す。
なんてひどい奴だ。
俺じゃなかったら殴られてるぞ。
「そうかもな、だから案内してくれ」
「・・・なんかいいなよ」
俺の言葉にそう返した結喜。
「なんか言ったか?」
その言葉を聞こえないふりをして歩き出す。
こればかりは、このきもちは悟られる訳にはいかない。
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「あ、心君!」
結喜の後を追い、クラスに入ると楽が名前を呼びながら近づいてくる。
「・・・これは何の出店だ?」
「なんだろう? まぁ・・・喫茶店みたいな。安心して、提供してるものは業務スーパーで買ったものだから」
楽は悪びれもなくそう話す。
だが気になったのはそこだけじゃなかった。
取り合えず俺は席に着く。
「ご注文は何にしますか?」
そう話しながら目の前に現れたのは癒怒だ。
「何がある?」
「カフェラテと、ブラックコーヒーですかね」
「それ以外は?」
俺の言葉に癒怒は笑いながら肩をすくめる。
「じゃあ・・・ブラックで」
「はい!」
にっこりと営業スマイルを見せて癒怒は暖簾のかかってる裏に消えていく。
「あんなスペースあったか?」
俺はそう呟いていた。
「段ボールを組み立てて、突っ張り棒で暖簾を垂らす。 そうしてバックヤードを再現してるみたい」
俺のつぶやきに返したのは結喜だ。
「説明どうも、サボりか?」
「まさか、ブラックを飲む客がどんな顔をしているのか観察」
「つまり、サボりか・・・」
その言葉に結喜はニヤニヤとする。
「なんだよ」
「いや?別にサボりでもいいでしょ」
「最初から俺はだめって言ってないけどな」
そう話すと結喜は頬を膨らませながら俺を見る。
そんなことをしていると、視界に一つのティーカップが現れる。
「お待たせ」
「ありがとう」
テーブル・・・ではなく机に置かれたのはコーヒーの入ったティーカップだ。
「楽がウェイトレスなのか?」
「シフト制だけどね」
そう話す楽の顔は少し険しい。
「どうした?」
「人が増えると・・・ね」
楽はそう言いながら自身が身に着けているイヤーマフを指さした。
「なるほどな・・・あんまり無理するなよ」
俺はそう言いながらコーヒーをすする。
そこで俺は違和感に気が付いた。
「ん?」
「どうしたの?」
俺の声に反応したのは楽だ。
お盆を抱きしめたまま前かがみになり、上目遣いでこちらの様子を確認する。
制服の首元から見える鎖骨。
前かがみになっているからか、お盆で押し付けているからか、押しつぶされた胸が強調される。
俺はそこからすぐに目をそらして口を開く。
「・・・いや。 コーヒーってなんか・・・・カップの口付けるとこ分厚くないか?こんな薄かったっけ?」
その言葉に楽は姿勢を起こし、少し考えた後に俺を見つめる。
「大丈夫だよ。学校のコーヒーを飲む人間が真にコーヒー好きな人なわけないじゃん。どうせ味なんてわからないでしょ」
そう小さく言い放った。
怒られるぞ・・・
「・・・そうか・・・」
内心ではひやひやとしていたが、ニシシと笑うらくをみつめてもう一口啜る。
天気のいい午前。
コーヒーの香りが舞う教室。
笑いあう結喜と楽。
まぁ・・・こういうのも「悪くないか」
「ん?なんか言ったここ兄ぃ?」
「いいや何も」
俺はそう話して窓の外を見つめた。