5「終着点」
俺たちは公園から場所を移し、ゲームセンターにいた。
「ここならたくさんゲームがあるし、1つくらいは面白いものあるでしょ」
楽は耳をふさぎながらそう話す。
「うるさいんだろ?なんでゲーセンなんて選んだんだ?」
俺はため息交じりに楽に問いかける。
「うるさいけど、賑やかなのは嫌いじゃないから。なれるの待って」
そう言いながらも眉間に皺を寄せる楽を見つめる。
俺は一度結喜に視線を送った。
「多分大丈夫じゃない?本当に嫌だったら何かしら発作が起きてるでしょ」
「・・・そうか」
そう、楽と初めて会った日、近くを通った子供の声で楽は過呼吸になっている。
それが現在発生していないのなら、きっと大丈夫なのだろう。
黄色く、楽しそうな雰囲気が溢れる場所の真ん中で俺は楽を見つめる。
待つしかないか・・・
自身に言い聞かせるように心の中で何度も唱え、周りを見渡した。
「で、何しようか?」
そう話したのは結喜だ。
車椅子に乗ったまま背筋を伸ばし、少しでも高く、少しでも遠くにあるものを見ようとする。
「危ないですよ、犬神さん」
癒怒はそう話して結喜の肩を押さえて倒れないように支える。
「よし・・・なれた」
楽がそう言いながら俺の瞳を見つめる。
先ほどのようなどこか苦しそうな表情ではなく、すっきりとした顔をしている。
「で、何するよ?」
俺がそう話すと、楽は一か所をただ見つめる。
俺はその視線を追うように合わせた
「まじ?」
俺の言葉に楽は力強く頷いた。
俺の瞳・・・いや、楽が見つめている先にはゾンビゲーム。
おおよそ女性が選ぶには血の表現がひどく、刺激が強いゲームを選択した。
「女の子なのに・・・」
俺はため息交じりにそう呟く。
その言葉に、楽は眉を歪めて口を開いた。
「心君、その発言は少し危ないんじゃない?女だからとか、男だからとか、あんまり関係ないと思うなぁ」
その言葉に俺は少し申し訳なさを感じながら頭をかいた。
「まぁそうだな・・・」
「ま、少数派なのは否定しないけどね」
そう言いながら楽は銃のコントローラーを持つ。
「でも、戦争にはいきたくないかなぁ」
楽はそう話した
「急だな」
「よくいるんだよね。ゲームをするならゲームを作る会社で働いたらいいんじゃない?みたいな意見。それは違うだろって・・・戦争ゲームが好きで、戦争始めるなら世界はもっと戦争してるわってね」
その話を聞きながら俺は楽のとなりに立ち、コントローラーを握る。
いくらかの100円玉を投入してスタートのボタンを押す。
臨場感を味わえるような銃の重み、何度も研究され最高を突き詰めたグラフィック、リアルを追求した効果音、銃口に取り付けられているであろうセンサーの遅延のない照準・・・
「この手のゲームは久々にしたがすごいな・・・」
銃声が爆音で鳴り響く中、俺はそう呟いた。
ロード画面で暗転、ムービー。
暗くなった画面には俺と楽の姿が反射して映し出されていた。
俺たちの背後には結喜、癒怒、哀歌も映っている。
見ているだけなのに、楽しそうな顔をしているのは安心した。
ムービーが終わり、大型のゾンビ・・・モンスターという方が適切だろうか。
それが迫ってくる、俺たちはすぐに銃の形をしたコントローラーを構え、トリガーを引いた。
「もう少し・・・」
相手の体力のゲージはもうない、すぐに倒せるところまで来ていた。
そして数秒・・・大型のモンスターがうなり声をあげながら倒れる。
第一ステージクリア、リザルト画面が映し出されてランク付けがされる。
評価はB、楽はA+だった。
「楽はうまいな」
「まぁね、私は一人できて二丁でやってるから」
楽は得意げに腰に手を当ててそう話す。
なるほど・・・
だから過呼吸にならず、なれるのも早かったのか・・・
何度も来て、きっとなれたのだろう。
リザルト画面に目を戻し、暗転した画面に映る結喜を見つめる。
哀歌と楽しそうに話す結喜の姿が映っていた。
俺は振り返る。
それに気が付いたのか、結喜は俺を見た。
「楽しめてるか?」
「まぁまぁね~ 今は哀ちゃんにどんな感じだったか説明してたとこ」
俺の質問に結喜はそう答えながら親指を立てた。
そしてステージが変化し、俺たちはあっさりと負けた・・・
「案外難しいな・・・」
俺はそう話しながら握っていた銃を置く。
かかっていた重みがなくなり、いつもは感じないほどの、異常ともいえる軽さに俺は手を握る。
「ここ兄ぃ、どうだった?」
結喜がそう話す。
「まぁ、楽しかったと思うよ」
俺がそう話すと、結喜と楽が頷いた。
「いいじゃんいいじゃん」
どこか満足げな結喜も見て笑みがこぼれる。
「こんな感じで続けていれば感情が戻るのか?」
「それはわからない。でも、今よりかはマシになるんじゃない?」
そう言った結喜の顔は真剣だった。
「でもお前らにも負担がすごいだろ」
「そうかもね。 でも覚悟がないなら最初から言わない」
結喜がそう話すと、全員が頷く。
「ここから始まるの、無くした人生やり直すの、みんなで」
結喜は車椅子のひじ掛けを強く握りながらそう話す。
「そうか・・・」
俺は何もうまく話せずにそう呟いた。
「私が・・・ちがう・・・私たちが・・・」
力強く話す結喜の隣に楽がゆっくりと歩いていく。
そして彼女たちは並んだ。
横に一列。
まるでファッションショーを見ているような気分だ。
だが彼女たちは笑顔なんて微塵もない顔を俺に向ける。
「終着点は感情を完全に取り戻すこと。多分・・・ううん・・・絶対きつい。 でも・・・終われば絶対に人生楽しめるから・・・だから任せて」
いつもはお茶らけていて生意気な結喜だが、この時だけは誰より大人で、誰よりも熱意があり、真剣だった。
「わかった」
「「「「なら」」」
俺の言葉に彼女たちは同時に呟く。
「私が喜びを」
結喜は俺をまっすぐ見て。
「私は怒りを」
癒怒は優しいまなざしで。
「私は哀しみを」
哀歌はしっかりとした声で。
「私は楽しさを」
楽は力強く。
「教えるから」
「教えてあげます」
「教えますね」
「教えてあげる!」
彼女たちはそう言った。
その声は、どんなに騒がしい空間でも、しっかりと、深く、力強く、聞き取れた。