4「求めるもの」
昼を過ぎたころ、俺は空を見上げている。
「心君!ちゃんと取ってね!!」
そう叫んだのは楽だ。
楽の投げたボールは太陽に被り、逆光で見えなくなったボールを探そうと目を細める。
「どこ行ったんだ?」
そう呟いた直後、ボールが見えると同時に顔面に激痛が走った。
砂を巻き上げながら地面に倒れる。
「心君大丈夫!?」
そう言って空を見上げる俺の視界に楽の顔がのぞく。
・・・なんでこんなことしてるんだっけ・・・?
遡ること約1時間。
ファミレス内の会話から始まる。
「感情を戻すってどうやるつもりだ?」
そう話した俺の顔を全員が見つめる。
「どうって・・・」
結喜がそう呟きながら考える。
ファミレスにいるのに、俺たちがいる空間は驚くほど静まり返っていた。
「遊んでみるとか?」
「はぁ?」
楽の言葉に俺は眉を歪めながらそう話す。
「例えば?」
「えーっと・・・キャッチボール?」
俺の言葉に楽はそう提案した。
キャッチボール。なんで高校生になってまで・・・
「キャッチボールをやって楽しいのか?」
「楽しいかどうかはやってみなきゃわからないじゃん」
楽は満面の笑みを見せながらそう話した。
そして今この状況である。
「大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、心配するな」
そう話しながら俺は倒れた身体を起こす。
頭を振って地面を見つめる。
鼻の奥に何か温かさを感じて、俺は鼻に手を添える。
直後、赤い雫が手のひらに落ちた。
「え、心君!?」
慌てた様子で俺の顔を見る楽。
俺は鼻を抑えてヒラヒラと手を振った。
「大丈夫、ただの鼻血だ」
完全に穴をふさいでいるはずなのに隙間があるのか鼻血があふれ出る。
「なかなか止まらないもんだな」
鼻血って簡単に出るくせして簡単に止まらないよな・・・
そんなことを考えながら楽の顔を見る。
「なんつー顔してんだよ」
「だって・・・」
落ち込み、今にも泣きだしてしまいそうな顔をした楽に俺はそう話す。
「出血なんか生きてれば何度でも起こるだろ。数百、数千回のうちの1回だ、気にするな」
そう話しながら俺は立ち上がる。
「ちょっと洗ってくるわ」
そう言いながら俺は公園に設置されている水道に向かう。
水を出して鼻をすすぐ、水が赤くなり排水される。
「あの、心君」
「なんだ?」
俺は鼻をすすぎながら背後から聞こえる楽の声に返事をする。
「ごめん・・・」
「大丈夫だって言ってるだろ。太陽が被ったのはたまたまだ、もとはといえばぼんやりしていた俺にも非はあるしな」
そう言いながらやっと止まってきた血を流す。
「・・・止まった」
水を止めて服の首元の生地で濡れた鼻を拭く。
「別に鼻血が出たからって死ぬわけじゃない。気にするな」
そう言って俺は楽の横を通り過ぎる。
「あ・・・」
楽は振り返り、小さくつぶやいた。
俺はその声に振り返り、泣きそうな顔をしている楽を見つめた。
「・・・」
静寂が流れる。
その空間が気まずくなり、俺はため息を漏らしながら楽に近いて手を挙げる。
目を瞑る楽の頭に手を置き、手を動かす。
「何度も言ってる。鼻血くらいよくあることだ、さっきも言ったが、俺にも非はある」
そう話すと、楽は小さく頷く。
「別に謝る必要もない。でも、ありがとな」
俺がそう話すと、楽は少し顔を赤らめて頷いた。
「続き、するんだろ?」
「うん!」
俺はそう話すしながら歩き、ボールを受け取る。
「行くぞー!!」
そういって手に持ったボールを投げた。
結果・・・。
感情は戻らなった。
「なんでだろ?」
結喜がそう呟く。
彼女たちは首をかしげて考えるが、俺には少しわかっていた。
俺はため息を漏らしながら口を開いた。
「シンプルに、面白くないんじゃないのか?」
「えー・・・」
俺の言葉に結喜がそういった。
「なんでよ」
「いや、野球とかサッカーならともかく、キャッチボールを高校生が楽しめると思うか?」
俺の言葉に静寂が訪れる。
「まぁ・・・確かに?」
結喜がそう呟いた。
「うわぁーーーーん!!!」
その言葉が地味に刺さったのか、楽が叫び泣いたふりをする。
「おおぉ・・・楽、そんなユーモアあふれることできるのか・・・」
「私は感情があるからね」
お?
もしかして喧嘩売られてる?
素直に褒めたつもりなんだけどなぁ。
「でもこうなると次を考えないと・・・」
「感情ってそんなに必要か?」
「必要よ、今後のためにも」
俺の言葉に結喜が眉間に皺を寄せながら言う。
「お互いに苦労するでしょ?」
「今までもこうだったし、今更何か変わってもなぁ」
俺は腕を組みながら考える。
「まぁいいや・・・やるだけやるって言ったしな・・・」
「いいんだ・・・次は何する?」
俺の言葉に結喜が問う。
「思い浮かばん」
「ゲームとかは?」
「ゲーム・・・楽しくてしてるわけじゃないからな・・・」
その言葉に結喜は目を見開く。
「なら何のためにやってるの?」
「・・・暇つぶしかな」
「えーなんでよー」
腕を動かして車椅子のひじ掛けをだんだんと叩く結喜を見つめる。
「なら・・・探してみませんか?」
そう話したのは哀歌だ。
「私は目が見えないので、ゲームがどんなものかわかりません・・・。でもきっと、楽しいことなら探せるくらい溢れてると思うんです・・・やってみませんか?」
その言葉に俺と結喜は顔を見合わせる。
「・・・まぁ・・」
「やってみるって話したしな。探すか、楽しいと思えること」
哀歌がただ呟いた提案に乗り、俺たちは探すことにした。
感情を、たのしさを取り戻すために。