2「見てるもの」
俺は結喜の部屋の前の壁に寄りかかりながら彼女を待つ。
「お待たせ」
そんな声を聴いて俺は顔を上げた。
「待ってない」
そう言いながら結喜の顔を見る。
化粧をしっかりとして、唇は桃色に光る。
白いワンピースに、赤く光る髪飾りをしていた。
「えらく着飾ってるな」
「まぁねぇ~」
先ほどまでの結喜はどこに行ったのかわからなくなるほど元気な様子を見せた。
「行くか」
そう言って結喜は俺の手を握る。
顔を赤らめた結喜を見つめ少し笑う。
「なんだ?今更照れてんのか?」
そう話すと結喜は顔をそらす。
結喜の手を引き、ゆっくりと階段を降りる。
「手すり掴んで、ゆっくりな・・・」
「わかってるよ」
そう話しながら一歩、一歩とゆっくり降りる。
玄関についたら靴を履かせ、車椅子を用意する。
「履けたな」
そう言って玄関の扉を開けて車椅子を展開する。
「よし、俺につかまれ」
「え?抱っこしてくれないの?」
「アホか。中学生の体重を考えろ」
結喜の要望にそう答えると彼女はムスッとした顔をして俺の腕を思いきり掴む。
「なんだ」
「別に」
そう言って俺の腕にがっしりと掴まる。
「歩きにくいぞ」
「つかまれって言ったじゃん」
俺の言葉に結喜はそう話す。
確かにそうは言ったが、そんなにくっつかなくてもいいだろう。
まぁこれ以上は何も言うまい。
「まぁいいや」
そう言って結喜を支えながら歩き、彼女を車椅子に乗せた。
「最初どこ行く?」
俺がそう話すと、結喜は俺の顔を見上げる。
「先に電話かな?」
そう言われた。
なるほど確かに。
結喜は俺の部屋に無断で入るし、俺は連絡もせずに結喜の家のインターホンを鳴らす。
だからあまり気にすることがなかった。
よく考えてみれば確かにそうだ。
遊べるかどうか、まずそこからなのだ。
俺は自身の思考力のなさにため息を漏らしながらスマホをポケットから取り出す。
トークのアプリを開くと、全員の名前が映し出された。
「なんというか・・・」
「ここ兄ぃ、何変な顔してんの?」
結喜にそう言われ俺は慌てて表情を戻す。
そんなに変な顔していただろうか?
スマホを見ながら自身の友達の少なさに驚いたのを見られたか。
そんなことはどうでもいいと、そう自分に言い聞かせながら上部に表示される哀歌の名前をタッチする。
発信して、プルルルルと音が耳に入る。
「はい?どちら様ですか?」
哀歌の声が聞こえた。
「もしもし、俺だ。心だ。」
「あ、お兄さん!おはようございます!」
俺の声に反応するように、哀歌の声が元気よく響く。
「あぁ、おはよう」
俺はそう返した。
今は普通に出たが、哀歌は普段どう電話をしているのだろう。
着信音しか聞こえず、誰からの連絡かわからない。
詐欺の電話や、非通知からの怪しい電話はどう回避するのだろうか。
俺はそう考えながら口を開く。
「電話、出られるんだな」
「はい、両親に言って、知り合いの着信音だけは変えてもらっているんです」
「なるほど」
そういうことか。
着信音を変えれば誰からの連絡か一発でわかる。
常に確認してから電話に出る俺たちにはない発想だな。
「ボタンとかは?着信が来ても出るの難しいんじゃないのか?」
俺がそう話すと、電話の向こうから少し悩むような声が響く。
「感覚ですかねぇ。 目が見えないのは最初からですし、もう慣れてしまいました」
明るい声で、まるで何も気にしていないかのように哀歌はそう話した。
「すごいな」
「そうですか?そんなことないと思いますけど」
「いやすごいよ」
俺ははっきりとそう話す。
電話の奥から少し考えるような声が聞こえた。
直後に元気な声が響く。
「ありがとうございます!ですかね?」
哀歌はそういった。
その声に俺は少し笑い、本題に入る。
「で、電話をした理由なんだけど」
「はい、何時からなら遊べるか、そもそも遊べるのか。ですよね?」
俺が何かを話す前に哀歌はそう話した。
「よくわかったな」
「昨日帰る前に言っていたじゃないですか」
哀歌は笑いながらそう話す。
「よく覚えてたな。ちなみに俺は忘れてた」
「まぁそんなこともありますよ」
俺の言葉に哀歌はそう返す。
なんか年下に慰められるのって虚しいな。
無力感というかなんというか・・・・
まぁいいか。
「で、どうなの?」
「そうですねぇ、私は今からでも大丈夫ですよ」
そう返事が来た。
「了解。ならこれから迎えに行くわ」
「わかりました、待ってますね」
そういって電話が切れる。
「誰?」
電話を切った後に結喜に聞かれる。
「哀歌だよ」
「哀ちゃんかぁ。なんだって?」
「来れるってさ」
そう話すと結喜は満面の笑みを見せて前を向いた。
「とりあえず、哀歌を迎えに行こうか。結喜、自分のスマホで楽に電話できる?」
そう話すと、結喜は小さなカバンから自分のスマホを取り出した。
「任せて」
「あぁ頼む」
そう言って車椅子のロックを外して歩きだす。
歩き出したとほぼ同時に結喜がスマホを耳にあてる。
「あ、もしもし楽?」
そう話しだす。
「そうそう、私ー」
なんだその話し方は。
オレオレ詐欺の派生か?ワタシワタシ詐欺か? ずいぶん進化したな。
「これから遊べる?」
そのあとに結喜は何度か頷いている。
「え?ここ兄ぃ? いるよ?」
そう言って結喜は俺の顔を見る。
俺は首を傾げ結喜に目を向ける。
結喜は眉を上げて、何かを言いたそうにしていた。
「あ、来る?了解、哀ちゃんの家知ってる?」
そのあとにまた再度頷き、電話を切った。
「はぁ・・・」
結喜が大きなため息を漏らす。
「どうした?」
「いやぁ」
そう言いながら結喜はニヤニヤと笑う。
「なんだよ」
「ここ兄ぃは気に入られてるねぇ」
結喜は確かにそう話した。
「何言ってるんだ?」
俺はわからずに首をかしげる。
直後に結喜は話し始めた。
「遊べるか聞いたら、心君はいるのか~って何回も聞かれたよ。好かれてるね」
「そういうのじゃないだろ。頼りになるものがないタイミングでたまたま見つけた拠り所だ。それの錯覚だ」
「吊り橋効果的な奴?」
「・・・それとはなんか少し違う気がするけどな。まぁ似たようなもんだろ」
そう話すと、結喜は小さく何度も頷きながら、前を向く。
「ふーん。ここ兄ぃはそう言う見方かぁ」
「なんだ、何か言いたそうだな」
「別にぃ」
そんな話をしていると哀歌の家の前まで来ていた。
「ついたな」
「案外早かったね」
そう話す結喜を横目に車椅子のロックかけてインターホンを押す。
「はい?」
インターホンを押すとすぐに女性の声が響く。
「すいません、鳴海と申します。哀歌さんと約束があってお伺いしました。哀歌さんは御在宅でしょうか?」
「哀歌に用事?」
見知らぬ男に悩んでいるのか、うーんと聞こえる。
「あ、お母さん誰か来た?」
「鳴海って人、知ってる?」
小さく聞こえたのは哀歌と会話をする女性、母親の声だった。
「あ、来たの!?」
「なになに、なんでそんな嬉しそうな顔してるの?」
「えーそんな顔してないよー」
その会話を聞きつつ結喜の顔を見つめる。
俺と目が合った結喜はゆっくりと顔を振った。
何が起きてる?
哀歌の母親はもっと厳しい人間かと思ったが・・・
常に敬語で、落ち着いているからか、勝手にそんなイメージを持っていた。
意外と賑やかなんだな。
「あ、もしかして心くんかな?」
突然そう話しかけられて俺は焦りながら答える。
「は、はい!」
あまりにも急な質問だったために声が裏返ってしまう。
「あぁ!!哀歌がいつも話してる優しくてかっこいいお兄さんねー」
「ちょっとお母さん!」
それから何も聞こえなくなる。
インターホンが切れたかな?
「人生最大のモテ期でも来た?」
結喜がニヤニヤしながら俺に話す。
「・・・そんなんじゃないって言ってるだろ?」
結喜の顔を見ながらそう話していると、視界の端にイヤーマフをつけた青髪の少女が映る。
「お、楽」
「お、迷子にならなかったのかぁ」
俺の言葉に続けるように結喜が話した。
その言葉に楽は結喜をにらんだ。
「その言い方だと私が迷子になればよかったみたいに聞こえるんだけど?結喜ちゃん?」
「え?そんなことないよ?」
本当にそう思っていなかったのか、結喜の顔に焦りの色が見える。
コイツは本当に・・・
俺以外とあまり話さないためか人に対しての言葉が時に誤解されるような言い方になってしまうことがある。
俺はため息を漏らしながら楽を見つめて口を開く。
「楽。結喜のはそんなつもりで言ったんじゃないぞ。知ってるだろ?コイツはツンデレだ」
「え!?なにそ・・・」
俺の言葉に何か言おうとした結喜の言葉を遮り、続ける。
「実際は楽のことが好きなはずだ。嫌いな奴をわざわざ電話で呼び出すか?俺ならしない」
そう話すと楽は結喜をじっと見つめる。
「まぁ、心君がそういうならそういうことにしてあげる」
「え、なにそれ!?」
そう言って結喜が俺を睨む。
なんだよ、助けたんだからそんな目で俺を見るな。
「楽、ここ兄ぃの事好きすぎでしょ・・・」
結喜がそう呟くと、楽は顔を赤くして俺を見る。
「・・・なんだ」
「い・・・いや!! ちょっと結喜ちゃん!!」
次第に声が小さくなる楽を見つめ、ため息を漏らす。
「勘弁してくれ・・・」
俺は小さく、誰にも聞こえない声でそう呟いた。
そんな話をしていると、玄関の扉が開く。
俺は音につられて振り返ると白杖を持った銀髪の少女が目に映った。
「おはよう、哀歌」
「おはよう!哀ちゃん!」
「おは、哀歌ちゃん」
その姿を見て、ほぼ同時に挨拶をする。
すこしおどろいたように体を跳ねさせ、哀歌は笑う。
「おはようございます!!」
哀歌はそう元気に返事をした。
「さて合流したし、次は癒怒か・・・」
俺はそう言いながらスマホを取り出す。
「えっと・・・癒怒、癒怒・・・」
小さくそう呟きながらスマホの画面を操作していると、閉まったはずの玄関が開く音がする。
「ん?」
俺は玄関の方を見る。
視界に映ったのは腰まではあるであろう長さの銀髪の女性だった。
「どれどれ・・・」
女性はそう話しながら俺を見つめる。
「なるほどねぇ、哀歌の好きな人かぁ」
「ちょ・・・お母さん!なんで出てきたの!?」
「えー!お母さんもお兄さんとお話ししたーい!!」
と騒いでいる。
はじめの印象は落ち着いた印象だったが、そんなこともないらしい。
「おはようございます」
「おはよう~ インターホンの時も思ったけどしっかりしてるわねぇ・・・ 哀歌を任せても大丈夫そうだね~」
フワフワとした話し方・・・
インターホンの時では分からなかった抑揚が聞き取れた。
「はい。みんなもいるんで、大丈夫です」
そう答えると哀歌の母親は深く青い瞳を動かして哀歌と俺を交互に見つめる。
直後にニヤニヤとしながら口を開いた。
「これはまだまだねぇ。哀歌、頑張りなさいよぉ~」
「う、うるさいよ!」
母親の言葉に哀歌が強く返すと、母親は笑いながら家の中に入っていった。
静寂が流れる。
「す、すいません・・・」
気まずそうに哀歌が話す。
「いや、面白い人だな」
哀歌の謝罪にそう返して俺は再度スマホを触り、今度は癒怒に電話をかける。
「はい、おはようございます。鳴海さん」
「あぁおはよう」
電話に出た瞬間に挨拶をする癒怒、それに俺は返す。
「今から遊べるか? 結喜と哀歌と楽もいるぞ。どこか行こう」
俺がそう話すと少しの静寂の後に返事が来る。
「わかりました。すぐに準備します」
「了解。マンションの下ついたらまた連絡するわ」
「わかりました」
淡々とした会話の後に電話を切る。
「なんだって?」
「来るってさ」
結喜の言葉にそう返して、俺たちは歩き出した。
ゆっくりと歩きながら楽が口を開く。
「心君、どこ行くか決まってるの?」
楽がそう話す。
その言葉に俺は首を振り、少し考えた。
「誰も昼飯食ってないだろ? 癒怒が合流して、飯でも食いながら考えるか」
その言葉に全員が頷く。
たわいもない会話を繰り広げながら歩いていると、すぐにマンションの下に着く。
俺はスマホを取り出し、癒怒に電話をかけた。
「はい」
「下に着いたぞ」
「すぐ行きます」
そう言って癒怒は電話を切る。
数分後に息を切らし、肩で呼吸をする癒怒が目の前に現れた。
「・・・急いできた?」
「いえ、そんなことはありませんとも」
「そう・・・」
俺の言葉をしっかり否定する癒怒。
急いでないならなんでそんなに荒いんだ。
「癒怒ってばなんかおしゃれしすぎじゃない?」
そう言ったのは結喜だった。
「そんなことありませんよ。女性ならこのくらいでないと」
「えーそんなに? まるで好きな人とデー・・・・ト・・・・」
何かを言おうとした結喜を癒怒がにらむ。
なんだ、険悪ムードか?
「い、いやぁ・・・お金持ちの考えることはわからないなぁ」
「あ!そうでしたねぇ、私は人の目が多いところにたまに出ますから」
「あはは・・・」
「ははははは」
と、わざとらしい笑い方をしながら話す二人。
なにがあったのだろう。
「とりあえず行こうぜ」
俺はため息交じりにそう言って歩き出す。
さて、何しようかな。
こんにちわ鬼子です!
この小説は楽しんでいただけているでしょうか?
評価やブクマも最近増えてきて歓喜の毎日です。
今後ともよろしくお願いいたします。
それと・・・
前回、前々回と引き続き誤字がありました・・・
確認不足で申し訳ないです。
誤字報告をしてくださった方、本当にありがとうございます!
私自身、誤字報告がどんな機能か理解しておらず、前々回のが初報告でした。
申し訳ない・・・と反省の気持ちと同時に「しっかり見てくれてる人もいるんだな」と嬉しさもありました!・・が、やはり読みやすいことは大事だと思いますので、誤字脱字には注意して今後も頑張りたいと思います。
改めまして、この小説を読んでくださってる皆様、本当にありがとうございます。
あなたの評価、コメントなど一つ一つが創作の糧になりますので、今後ともよろしくお願いいたします。