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非モテの俺がメスガキの世話をするようになった話  作者: 鬼子
第五章 『俺と私達の』
22/118

1 「思い事」

 枕横に置いたスマホから目覚ましが鳴る。

 

 もぞもぞと動きながらスマホを手に取る。

 サイドボタンを押して電源を入れると時刻は9時を過ぎていた。


「やべ・・・遅刻!」


 俺はベッドから跳ねるように起き、スマホを投げて一歩踏み出す。

 昨日寝るのが遅かったからか?

 寝坊なんて久しぶりだ。


「やばいやばい・・・」


 そんなことを考えていると体温が足から奪われていくような感覚とともにゆっくりと冷静さを取り戻す。

 遅刻は決定。急いで行っても遅く行っても結果は変わらない。


「・・・ゆっくりでいいや」


 そう呟きながらベッドに腰を下ろす。

 

「あ、学校に電話はしとくか・・・」


 そう思ったのには理由がある。

 俺のクラスの担任、地神(ちがみ)は心配性なのだ。

 結喜の事故があって、落ち込んでいた時にかなり気を使わせてしまった。


 ほかの教師は関係ないと、まぁ実際関係はないのだが、踏み込み、支えになってくれたのは地神だけだった。


 俺は放り投げたスマホを探し、見つけて電源を入れる。

 時刻は相変わらず9時を過ぎている。


「幻覚とかではないもんなぁ・・・」


 そう呟くと、とある表示が目に入った。

 時間の上に小さく書かれている表示。

 そこには日曜日と書いてあった。


「・・・日曜日・・・あぁ」


 そうか。

 昨日は結喜(ゆき)の土曜参観で学校に行ったのか。

 そこで癒怒(ゆの)と出会い、ともに問題に向き合った。


 疲れたからか、学校に行ったからか・・・曜日感覚が狂ったのか。

 あれ・・・でも昨日の通話で明日も学校だって言ったら返事していたよな・・・

 結喜達が勘違い?疲れていた・・・違う。 適当に答えたか、なんとなく返事をしてしまったのだろう。


 俺は遅刻をするかもしれない緊張で上がった心拍を落ち着けるように深呼吸をしてベッドから立ち上がる。

 勘違いで焦ったことに若干の恥ずかしさを感じながらため息を漏らして歩き出した。


 部屋を出て階段を降りる。

 リビングは薄暗く、誰もいない。

 両親はまだ寝ているのか・・・


「食うもんあるかな」


 誰もいない空間。

 カーテンを突き抜けて太陽の光だけで少し明るくなってるリビングに入り、冷蔵庫を開ける。


「・・・何もない。・・・炭酸水なんてあったか?」


 冷蔵庫の中に横倒しになっている炭酸水を見つけて首をかしげる。

 おそらく母親が買ってきたのだろう。


 炭酸水を取り出し、近くの棚からグラスを取り、テーブルに持っていく。

 テレビの電源を入れてニュースを見ながらグラスに炭酸水を注ぐ。


 ソファに腰を下ろし、グラスを傾けた。


「・・・おいしくないな」


 炭酸水の独特な香りは俺の舌には合わないらしい。

 あくびをしながらニュースを見ていると急増している自殺についての話をしていた。

 薄暗いリビングでそのニュースを聞きながら炭酸水を飲む。


「命がもったいない・・・なんて言える状況じゃないよな・・・」


 俺はいつの間にか思考の海に入る。

 周りの音が徐々に小さくなり、視界がぼやける。

 最高の集中状態。ゾーンとでもいうのだろうか。


 自殺はついこの間まで身近にあった。


 足をなくした結喜は毎日泣きじゃくり、その背中を見ていることしかできなかった。

 感情が壊れる前なら、何か気の利いた言葉をかけてあげられただろうか。


 たった数か月で彼女は立ち直った。

 足のない生活に慣れたのだろうか。

 俺だったらそんなに早く立ち直れる自信がない。

 自分の足で世界を見て、景色を見て、息を切らしながら生きたかったはずだ。

 もう・・・もうそれは叶わない。


 恋愛も・・・今の状態を受け入れるほど心に余裕がある人間はいないかもしれない。


「クソ・・・」


 俺は小さくつぶやいて思考の海から這い上がる。


 再度テレビに視線を戻し時間を確認すると10時を過ぎている。

 直後にスマホが震え、何かしらの通知を知らせた。


「・・・結喜か?」


 俺はスマホをテーブルから取り、電源を入れる。

 画面を見ると案の定結喜からのメッセージだった。


(起きてる?)


 そう送られてきたメッセージを見て、俺は少し心が安らぐ感じがした。


(起きてるぞ。てか今日日曜日だろ、なんで昨日言わなかった?)


(そっちの方が面白いじゃん)


 俺の言葉にそう返事が来た。


(起きたのさっきで、かなり焦ったぞ)


(なら作戦は成功だね)


 結喜はそう返信をした。

 スマホの前でニヤニヤとしている顔が目に浮かぶ。


(今から遊べる?)


 結喜から突然そんなメッセージが来た。

 俺は少し考えたが、昨日の話を思い出す。


「確か今日遊ぶって言ってたか。まだ行先とか決めてないけど・・・まぁ他が来てからでもいいか」


 俺はそう呟いてからスマホの文字盤を触る。


(いいぞ、迎えに行くから少し待ってろ)


(わかった!)


 俺の言葉に結喜はそう返事した。


 炭酸水を一気に飲み干し、支度をする。

 数分後に家を出た。


 俺は結喜の家の前に行き、インターホンを押す。

 ピンポーンと音が鳴り、少しの静寂が訪れた。


 なぜ、仲のいい人間の家のインターホンでさえ、少し緊張するのだろう。

 この現象に名前とかあったりしない?帰ったら調べてみようかな・・・

 いや、無いか。無いな。

 調べるのは時間の無駄か・・・


 そんなことをボーっとしながら考えていると、ゆっくりと玄関の扉が開く。


「あら心くん、いらっしゃい」


 そう言って出迎えてくれたのは結喜の母親だった。

 

「おばさん、おはようございます」


「おはよう~」


 なぜか結喜の母親はニコニコと満面の笑みを浮かべる。


「さ、入って入って!」


 元気よく中に招かれ、リビングまで通された。


「結喜呼んでくるわね~」


 俺をソファに座らせて、結喜の母親は2階に上がっていく。

 生活感の溢れる空間。

 

 テレビの音だけなる空間になぜかソワソワとしてしまう。

 他人の家だからだろうか?


 トットっと階段を下る音がする。

 俺は結喜が来たのかと思い階段のある方に目を移すとヒョコッと顔をのぞかせたのは結喜の母親だった。

 

「ごめんねぇ。心くん」


「いえ、それより結喜は?」


 俺は首をかしげてそう問う。


 直後に結喜の母親の顔が曇る。

 何かあったんだろうか?


「あの・・・」


 俺が話す前に結喜の母親が話し始め、俺の声を遮った。


「結喜の事、お願いね。 私ちょっと行かなきゃいけない場所があるから、行っちゃうね」


「いや・・・あの・・・!」


 何かを話す隙もなく玄関の扉が閉まる音が無慈悲に鳴る。


 俺はため息を漏らし、歩き出す。

 階段に続く廊下に出て、上に伸びる階段を睨む。


「仕方ない・・・」


 俺は階段をゆっくり上り、結喜の名前が書いてあるプレートが吊られた部屋の前に来る。

 深呼吸をして感情を落ち着かせる。


 よく考えるべきだった。


 彼女は今まで遊びに誘うような言葉は言わなかったはずだ。

 こちらのことなど考えずにインターホンを鳴らし、俺を無理やり外に出す子だ。

 今回みたいにメッセージで事前に何かを言うことなんてなかった。


 ふと、何かヒントはないかとスマホのメッセージを確認する。

 表示されたトーク画面には、心臓を締め付けるような、焦りを助長するような1文が綴られている。


(結喜がメッセージの送信を取り消しました)


 その一文だけで鼓動が早くなる。

 息が苦しくなり、呼吸をするのも難しいかもしれない。


 でも・・・

 俺は目を瞑り、再度深呼吸をする。


 落ち着いたところでゆっくりと目を開く。

 

 そして俺は結喜の部屋の扉をノックする。

 静かな空間に、重い空気が流れる廊下に乾いたノックの音が響く。


「結喜・・・大丈夫か?」


 俺の第一声はそれだった。

 大丈夫なはずない、わかっているはずなのに、その言葉しか出せない自身の語彙を恨む。


 中から返事はなかった。


「入るぞ」


 俺はゆっくりと扉のノブに手をかけて、捻り、押す。

 木製の軽い扉。どこにでもある一般的な扉のはずだ。

 だがこの瞬間の扉は、金属製の扉のように重く感じた。


 扉を開けて一歩踏み出す。

 一番初めに視界にとらえたのは、ベッドの上でこんもりと膨れ上がっている布団だった。


「結喜・・・」


 俺は小さくつぶやきながら一歩踏み出すと左足の小指に激痛が走る。


「あっ・・・!いったぁ・・・」


 あまりの痛みに俺はしゃがみ込み、ぶつけた小指を両手で抑える。

 視界の端には木製の脚・・・

 俺は不思議に思いながらも視線を上げるとそこには机があった。


「机?」


 俺は首をかしげる。

 数か月前。結喜の部屋に入ったときは扉の近くに物体なんてなかった。

 なんで・・・


 ゆっくりと立ち上がりながら部屋の中を見渡す。

 

「模様替えしたのか?」


 俺は布団に包まっている結喜に話す。

 返事はなく、その態度に俺はため息を漏らす。


 俺は結喜の部屋を再度見渡してあることに気が付く。

 

「繋がってる・・・?」


 そう。

 連続するように机から棚、壁、ベッドとつながっているのだ。

 まるで、道を作るように・・・


 そうか、義足だから・・・

 義足でも歩けるが、しっかりと、ちゃんと歩けるわけではない。

 

 いくら馴染んでも、義足になって数か月しか経っていない彼女はなおの事うまく歩けない。

 だから机に、棚に、壁に寄りかかりながら歩くのだ。


 俺はゆっくりと歩き出し、ベッドのそばに行く。

 机の椅子を引きずり、ベッドの横につけて椅子に座る。


「結喜、話したくないのか?」


 俺はこんもりと膨らんでる布団に話しかける。

 返事はないが、もぞもぞと動く。

 

 返事がないだけで俺の声には耳を傾け、聞く気はあるらしい。


「何かあったか?」


 俺はそう話す。

 だが、相変わらず返事はない。


「俺が何かしたか?」


 何かした記憶はないが、無意識のうちに彼女が嫌がることを言ってしまったのかもしれない。

 返事はなく、静寂が流れる。


 だめか・・・

 何も返事がないし、話したくないのかも。


 その時、やっと結喜が話し始めた。


「・・・・・る」


「なんて?」


「迷惑ばかりかけてる・・・」


 結喜はそう話した。

 いまさら何を・・・

 

 何を言っているのだろう。


「なんでそう思う?」


「ほかの子と話すときは私の時より楽しそう」


 こんもりと膨れ上がった布団からこもった声でそう聞こえた。


 ほかの子・・・とは、癒怒や哀歌、楽の事だろう。

 俺自身は平等に接しているつもりだったが、結喜はそう思っていなかったらしい。


「そんなことないぞ」


「私はそう感じたもん」


 俺の発言に結喜はそう話す。


「面倒なんて思ってないし、迷惑でもない、長い時間一緒にいるんだからそれくらいわかるだろ?」


 そう話すと布団から黒い髪が見える。


「大丈夫か?」

 

「うるさい・・・」


「心配してやってんだからもう少し素直になれよ」


 結喜の言葉にそう話すと、彼女は俺から目をそらした。


「知らない」


「あのなぁ・・・まぁいいや」


 そう言いながら俺は椅子から立つ。

 踵を返し俺は歩き出した。


「待ってよ」


「なんだ・・・」


 結喜の声にため息を漏らしながら振り返る。

 視界に映ったのは両手をひろげている結喜がいた。


「・・・なんかの儀式か?」


「ぎゅーして」


 結喜のその言葉に俺は首をかしげる。

 ・・・おかしくなったか?


「子供じゃないんだぞ」


「中学生は子供でしょ」


 結喜の言葉に俺はうなずく。

 そうでした。


「高校生が中学生と抱き合ってたら事案だろ。倫理が・・・」


「私から頼んでるし、誰も見てない」


 ムスッとしながらも彼女は手を広げたままだ。


「・・・はぁ」


 俺はゆっくりと近づき、結喜を抱きしめる。

 柔らかい体の感触が俺を包み、甘い香りが鼻をくすぐる。


「へへ-」


 なんとも満足そうな声だ。


「変な声出すなよ」


「嬉しいからいいの~」


 そう話す結喜を抱きしめたまま少し笑う。

 そうか・・・

 寂しかったんだな。

 

 普段の結喜ならこんなにデレデレと笑わない。

 限界がきて、感情に蓋ができなくなった。

 きっと、甘えたかったのだろう。


「よしこんな感じでいいだろ。早く準備しろ」


「はいはい、着替えるから出てって」


 結喜はそう言って俺を追い出した。

 俺は閉まった扉に背中を付き、床に座り込む。


「・・・よかった」


 俺は静かにそう呟いた。

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