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非モテの俺がメスガキの世話をするようになった話  作者: 鬼子
第四章 『この世界に』
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5「あったもの」

 癒怒(ゆの)の家から帰り、自室のベッドに寝転がる。

 時刻は20時頃。


 俺が帰宅してから少なくとも2時間は経っていた。


「まだ報告はなしか・・・」


 そう呟きながらスマホをつける。

 通知の欄には一通もなく、あれからの進展は誰も知らない。


「・・・今日は動かないな」


 そういってスマホを枕の横に置く。

 直後、スマホが震えた。


 俺は急いでスマホを取り、通知の正体を確認する。

 ついた画面に映し出されたのは結喜の名前だった。


「・・・結喜?」


 俺はすぐにトーク画面を開いて内容を確認する。


(猫凪さんと何か話したの?)


 結喜からのメッセージにはそう書いてあった。


(いや、特に何も言ってないぞ)


 俺がそう返すとすぐに既読の二文字が付き、すぐに返信がある。


(内容とかは教えてくれないよね?)


(いくら結喜の頼みでも無理だな、癒怒にだって知られたくないことがあるはずだ。どうしても知りたいなら自分で聞いてみろ)


 俺がそう返信すると、既読がついてから数分返事がなかった。

 少ししてから通知が静かな部屋に鳴り響く。


(りょーかい)


(うぃ)


 そうして結喜とのトークが終わる。


 それで通知は鳴りやみ、俺はため息を漏らしながらスマホを枕横に軽く投げる。


 天井を見つめて今日のことを思い出す。

 癒怒はなぜ助けを求められなかったのか、その理由はあまりにも簡単なものだった。

 だが、簡単というのは場合によってはよくない。

 簡単とは、誰もができる、成しえる、たどり着けるという意味だ。

 逆説的にそれは、一番近く身近にある何かということになる・・・


「言葉にするのは簡単だ・・・なのに誰かに話すのは難しい・・・」


 これには方法がない。

 独り言は誰にも届かないから独り言なのだ。

 誰かに言ってしまえば楽だが、言ったからと解決するわけではない。

 下手をすれば犠牲者が増える可能性がある。


 迷惑をかけられない、暗い雰囲気にしたくない。

 他人を気遣えば気遣うほど落ちていく病。

 優しい人間ほど生きずらい。

 周りのことを考えずに、他人の心に土足で踏み込める人間ほど生きやすい世界だ。


 きっと彼女は、いや、確実にやさしい人間なんだ・・・

 だから苦しんでる。


「どうにか・・・どうにかできないだろうか・・・」


 小さくつぶやく。

 直後、スマホが震え、通知が来る。


「ん?」


 俺はスマホを手に取り電源を入れる。

 画面にはグループトークの通知が表示される。


 俺はそれに触れ、トークの画面を開く。


 表示された直近のメッセージは癒怒からのものだった。


(終わりました)


 たったその一言。

 すぐに既読が二件付く。

 おそらく、結喜と楽のものだろう。


(おかえり、待ってたよ!)


(おかえり)


 おかえり・・・

 結喜と楽はそう返信した。


 直後グループ通話が開始される。


 時間を見れば21時を過ぎていた。

 俺は近くにあるリモコンで部屋の電気を消して通話に参加する。


「お疲れ」


 参加してすぐに俺はそう言った。

 癒怒はきっと何を言ったらいいかわからないだろうからな。


 直後にポンと音が鳴り、結喜と楽が参加する。


「おかえり癒怒ちゃん」


 最初に口を開いたのは意外にも楽だった。

 楽は事情を知らない。

 だが、おそらく彼女なりに心配をしていたのだろう。


「・・・えっと」


 ああ・・・そうか。

 返事を悩む癒怒の声を聴いて思い出す。


 個々のまともな自己紹介はしていなかったのだ。


「楽、自己紹介」


 俺がそう話すと、楽は電話口の向こうでわざとらしく咳払いをして話し始める。


兎静 楽(とじょう らく)。癒怒ちゃんと同じクラスだよ」

 

 楽がそう話すと、癒怒から驚いたような声が聞こえる。

 多分、知らなかったのだ。


「まぁ無理もない」


 俺はため息交じりにそう呟いた。

 

 きっと癒怒は周りを気にしている余裕などなかったからだ。

 結喜(ゆき)癒怒(ゆの)哀歌(あいか)(らく)は全員同じく中学1年生だ。

 入学してからあまり期間は経っていないし、結喜は事故に遭って初めの方は入院から始まる学校生活だ。

 癒怒はイジメに遭い、自分を守ることに必死だっただろう。

 哀歌は転校してきたばかりなうえ盲目だ。

 楽は音を、外界を遮断していた。


 互いのことどころかクラスメイトもほぼ覚えていないに決まっている。


「次私ー」


 そう言って俺の思考を遮ったのは結喜の声だった


犬神 結喜(いぬがみ ゆき)、これからよろしく~」


「はい、よろしくお願いいたします」


 結喜の自己紹介に礼儀正しく癒怒は返事をした。


 直後、ポンと音が鳴り哀歌が通話に参加してきた。


「お兄さんこんばんはぁ」


 そう話す哀歌の声はフワフワとしていた。


「哀ちゃんもう眠い感じ?」


 その声を聴いて結喜がそう話した。

 それに哀歌は静かに笑いながら答える。


「もう眠いですねぇ」


 フワフワとした哀歌の声に全員がクスクスと笑う。


「なら、自己紹介だけして終わるか。癒怒がいるから頼むわ」


 俺がそういうと哀歌は少しオドオドとする。


「あれ、結喜さんや楽さんはもうしたんですか?」


 哀歌がそう話す。


「もうしたわ」


「もうした」


 結喜と楽の声を聴いてさらにオドオドとする。


「落ち着け哀歌。 自己紹介をするだけだ」


 俺は少し笑いながらそう話すと、哀歌は深呼吸を始めた。


鳳山 哀歌(とりやま あいか)です。よろしくお願いします」


 優しい声でそう話す哀歌の声はもう限界を迎えていた。


「はい、ありがとう。哀歌、もう寝な」


 俺がそう話すと哀歌は短く返事をしてグループ通話から退出する。


「どうする?」


 直後に口を開いたのは結喜だった


「どうした、じゃないよ。もう寝るんだよ。明日も学校だろ」


 俺がそう話すと全員がはーいと気の抜けた返事をして続々とグループ通話を抜ける。

 最後に残った俺も抜ける。


「よし・・・寝るか」


 そう言ってスマホを手放そうとした瞬間に通知が鳴る。


 画面を確認すると癒怒からのメッセージだった。


(少しだけ話せますか?)


(明日も学校あるし、少しだけならな)


(ありがとうございます)


 そう話した後に通話がかかってきた。

 俺は少し考えた後に通話ボタンを押してスマホを耳にあてた。


「もしもし・・・」


 少しだけ不安そうな癒怒の声が響く。


「大丈夫か?」


 俺がそう話すと彼女は驚いた声を出す。


「はぁ、電話越しでも声でわかる」


 俺がそう話すと、電話越しの声が震える。


「どうした?」


「いえ・・・こんなに変わるなんて思っていなくって」


 泣いているのか・・・?

 電話越しから聞こえる鼻から吸う息の量が多くなり、癒怒の声がかすれる。


「案外近かっただろ?」


「はい」


 俺の声にやさしく返事をする。


「話し合いの方はうまくいったか?」


「はい、恥ずかしいくらい必死に訴えたと思います。お父さんも協力してくれたので・・・」


「それはよかった」


 そう話すと、少しだけ静寂が流れる。

 それを切ったのは癒怒だ。


「詳しくは聞かないんですか?」


「聞かない」


「理由を聞いても?」


 癒怒がそどこか不安そうに話す。

 その言葉に俺はため息交じりに答えた。


「興味はある。 でも、どうなっても癒怒って存在は揺らがないから、いい方向に行ったのなら、過程なんてどうでもいい」


 そう答えると癒怒は安心したのか明るい声で笑った。


「もう大丈夫か?」


 笑えている癒怒の声を聴いて俺は安心したのだ。

 そう問い、癒怒の返事を待つ。


「はい」


「その心は?」


「今まで見えなかったもの、ないと思っていたものが、鳴海さんのおかげで見つけられましたから。あったんです、案外近くに・・・」


 嬉しそうに、愛おしそうに話す癒怒の声を聴く。


「そうか・・・」


「はい!じゃ、おやすみなさい!」


「おう」


 そう言って癒怒は通話を切る。


 静かになったスマホの電源を切り、枕横に置く。

 真っ暗で何も見えない部屋の中、俺はゆっくり目を閉じる。


 いえば簡単。

 言えれば楽になる。

 

 それを思い返す度に胸に何かが引っ掛かったような感覚になる。

 俺は一体・・・


 その日はそのまま眠りについた。

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