5「あなたがいる」
あれから数日、土曜日の昼前・・・
俺はなぜか結喜が通う学校にいる。
遡ること1日・・・
それは金曜日の朝・・・結喜の家に向かいに行ったときに起こった。
いつも通りにインターホンを押す。
数秒たってから玄関のドアが開き、黒髪の少女と少女に似た女性が一人立っていた。
「ごめんねぇ?心君」
「あ、おばさん」
結喜とは違い、肩ほどまでしかない黒髪を結んでいる。
ほどいたらボブというのだろうか。
「おはようございます。珍しいですね」
俺はそう言った。
彼女の母親がこの時間にいるのは珍しかった。
「風邪ひいてねぇ・・・今日はお仕事お休みもらったの。いい会社でよかったわ、悪いところは風邪でも出社しろーなんていうからねー」
そう話すおばさんの顔を見ると、マスクをしている。
そうか、風邪・・・
「じゃ、今日も結喜をお願いしていいかな?」
俺はそう言われ、何も言わずに静かにうなずく。
そして彼女の母親はくるりと体の向きを回し、リビングに戻る。
俺は結喜の手を引き玄関を出る。
重い扉が閉まったのをしっかり確認して、俺は結喜の体に手を添える。
体を支えながら車椅子に座らせ、足をつかむ。
「乗せるぞ」
「はいはーい」
そう返事をした結喜の足をのせている最中に、玄関の扉が開いた。
俺と結喜はその音につられるように視線をそちらに移した。
「あ、ごめんごめん」
そう言いながら顔を出したのは、結喜の母親だった。
「ん、どうしました?」
俺は首をかしげながらおばさんの顔を見つめる。
「心君さ、明日暇?」
「はい・・・?まぁ・・・暇ですかね・・・」
おばさんの質問にそう答えると、目をキラキラさせながらこちらを見た。
「明日さ、結喜学校でね土曜参観いけないから代わりに行ってくれない?学校には伝えておくし、どうかな?」
風邪をひいているとは思えないほどの声量で話す彼女に、俺は断れなかった。
いや・・・気が付いたらうなずいていたのだ。
で、今に至る。
「はい、ここわかる人~」
そう話すのは結喜のクラスの女性担任だ。
ほかの保護者がいる中、一人だけ若いのも違和感がある。
それに、学校はあっさりと迎え入れてくれた。
受付係をしていた教員が俺のことを知っていたのだ。
「よく犬神さんを送っていますよね、職員室から見ています」
とのことらしい。
それに結喜の母親からも連絡があったと。
だから、俺は今ここにいる。
「じゃあ、今回はここまで!15分休憩に入ります。次の授業の準備とトイレとか行きたい人は行ってきてねぇ」
女教師がそう話し、号令をかける。
俺はその光景を懐かしさを感じつつ眺めていた。
「ふわぁ・・・ねむ・・・」
いつもの土曜日ならこの時間はまだ寝ているかもしれない。
だからかいつもより眠く感じた。
「あれ、お兄さん」
そんな声が横から聞こえ、俺は視線をそちらに向ける。
「あ、風切・・・そうか結喜と同じクラスだったか」
「はい、合同の行事以来ですね」
「まぁな。高校生が中学校に来る理由はないからな」
そう話すと、確かに・・・と呟きながら風切はうなずいていた。
そんな話をしている中、カラカラと聞き覚えのある音が耳に入る。
「あ、ここ兄ぃ来てたんだ」
聞こえてきた音は結喜のものだった。
「おばさんに言われたら断れないだろ」
「別に嫌なら断ってよかったのに」
「嫌ではないな」
そう話すと結喜の顔がほんのりと赤くなる。
「次の授業は?」
俺の何気ない質問に答えたのは風切だ。
「次は数学ですね」
「4時間で終わりだろ?」
そう返した俺に結喜がうなずく。
「なら、終わったらどこか行くか?」
「え、どこ?」
俺の提案に結喜が目をキラキラさせながら反応する。
「さぁな、まだわからん」
そう言いながら頬を膨らませる結喜を見つめる。
「そうだ、風切。哀歌と楽も呼んできてくんない?」
「了解っす」
俺の注文に文句ひとつ言わずに、小さくうなずき風切はこの場を離れた。
数秒後に哀歌と楽が合流する。
「あ、心さん・・・」
「あ、心君・・・」
哀歌と楽が合流した瞬間に聞こえた名前に俺は咳き込む
「心さん大丈夫ですか?」
「大丈夫?心君」
「それだよ!」
俺は息を整えた後に顔を上げながら言った。
「楽、お前そんなキャラだったか?」
「ん?何が?」
何を言っているかわからないといった顔で眉をゆがめていた。
なんだよ、そんな目で見るな。
感情が生きてたら恋に落ちてたかもしれん。
「仕方ない・・・可愛いから見逃してやる」
俺は楽を見つめながらそう言った。
楽は驚いた顔をして、俺から目線をそらす。
あれ、嫌なこと言ったかな・・・あやまったほうがいいかな・・・
瞬間、左足の脛に打撃を受ける。
あまりの痛みに俺はしゃがみ込み、足を抑える。
「ぐおおおおお・・・イタァぁぁぁぁ・・・・」
「馬鹿・・・」
そう言いながら打撃をかましてきた少女、結喜はそう言って俺から視線を逸らす。
くっ・・・許せない!
「だ、大丈夫ですか?心さん・・・」
哀歌はその場でしゃがみ、俺と同じ目線の高さでそう話した。
「俺にやさしいのは哀歌だけだよ。・・・見てる方向もあってたら100点だった」
「あ、あれ?」
哀歌は俺を心配してくれたが、目が見えてないせいもあり何もないところに話しかけていた。
「でも、ありがとな」
俺はそう言いながら立ち上がり、視界に入った風切を見つめる。
「ははは・・・」
風切は俺を見るなり愛想笑いを浮かべた。
「まぁいい、なら授業が終わってからまた話そう」
そういうと全員がうなずき席に戻ろうとする。
だが、一人だけ。
イヤーマフを付けた少女はこちらを見ていた。
「楽、どうした?」
「いや?別に?」
そう話していたが、どこか少しうれしそうにも見えた。
俺が首をかしげていると、彼女はほんの少しだけ近くに来て耳打ちをした。
「私ね、あなたが意外と好きかも・・・」
瞬間、始業のチャイムが鳴り響く。
俺は一瞬なんて言われたのか分からなかった。
あまりに突然で、あまりに脈絡のない発言だったためだ。
楽は少し顔を赤らめながら席に戻る。
瞬間のことだ、楽を見つめていた視界に一人の少女が映る。
綺麗な金髪と金色の瞳、女性にしては高い身長、何より目を引いたのは・・・
彼女の目の周りは赤く腫れ、泣いていたからだろう・・