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非モテの俺がメスガキの世話をするようになった話  作者: 鬼子
第三章 『この世界は』
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4 「汚い」

 ガサリッ


 俺はファストフード店から袋を持って出る。

 昼時というのもあり混んでいたから、楽を連れてこないのは大正解だった。


 注文するための品は公式サイトから見れるし、メールで食べたいものを知らせればいい。

 簡単に注文ができて、素早く受け取れる。

 楽も苦労せずに済むしな。


 直上にある太陽を睨み、俺はため息を漏らしながら歩く。


「こっちこっち!」


 そう言って手を振っているのは車椅子に座っている黒髪の少女、結喜だった。

 

 かなりの距離が離れているというのに、声はかろうじて届いている。

 どれほど大きな声を出しているのか。

 イヤーマフをした少女。楽が結喜を睨んでいた。


 聴覚過敏は全ての音が大きく聞こえる。

 だが、ストレスのある音というのは話が変わってくる。


 近くで鳴る工事の爆音はストレスになるが、好きな曲が爆音で流れてもストレスにはならないだろう。

 それどころかテンションが上がるはずだ。それと同様に、聴覚過敏と言っても好き嫌いがあり、結喜の声はうるさいと感じていても、嫌ではないと言うことだ。


 だから、彼女は耳をふさぐことなく立っていられるのだろう。

 俺は少しだけ歩く速度を上げ、早めに合流する。


「楽がかわいそうだろ、すごい顔してたぞ」


 俺がそういうと、結喜が楽を見つめて手を合わせるジェスチャーをした。

 楽の顔を見ながら小さく「ごめん」と呟き、舌を出した。


「よし、買ってきたから自分のもの取れ」


 俺はそう言って袋を開けて中身を見せた。


「私はこれー!!」


 そういいながら結喜は奪い取るように自身の選んだものを抜き取った。


 各々が自身のものを袋から取り出し、ベンチや花壇の隅に座って食べ始める。

 俺はタイミングを逃し孤立してしまったため、少し離れた石製の椅子に腰かけ、ハンバーガーの包み紙をはがし一口頬張った。


 肉汁が溢れ口の中にスパイスの香りや、ソースの酸味が広がる。

 結喜や哀歌、楽はほかの天見とかのグループに溶け込み、楽しそうに談笑している。


 哀歌が食べものを落とさないように、結喜や楽が支えている。

 友情が芽生えているのはいいことだ。


 そんな中、天見がこちらを見つめる。

 

 俺は彼を見つめ、頭を振った。

 なぜ彼がこちらを見つめるのか不思議だったからだ。


 それを見た天見はため息を漏らし立ち上がり俺の方へと歩き出す。

 徐々に近づいてくる彼を見つめながらハンバーガーを食べ、まだ口に残っている状態で俺は話し出す。


「どうした?」


「せめて、口の中を空にしてから話したらどうだい?」


 天見に正論をぶつけられ、俺は眉間にしわを寄せる。

 咀嚼を速め、一気に胃に流し込み、再度同じ質問をぶつけた。


「いや、鳴海はあのグループに参加しないのかなって思ってね」


 天見は結喜たちの方を見つめながらそう話した。

 

「タイミングを逃したし、俺がいても盛り上がらんだろ。今くらいがちょうどいい」


 俺がそういうと、天見は俺を見た。


「座ってもいいかな?」


「お好きにどうぞ」


 天見の些細な問いに短く答え、俺はハンバーガーを一口食べる。


「鳴海は自分を卑下しすぎだ」


 天見は突然そう話した。

 俺は天見の顔を見て首をかしげる。


「水族館に行く前、兎静さんの対応をしたのは君だ。知識か、経験か・・・それはわからないけど、俺は君の対応がすごく適切に見えた。もちろん正解はないんだろう・・・でも、俺たちは心配より焦りが先に来てしまったんだ」


「そんなもんだろ。見たことのないシーンに直面すると思考が停止する、俺だってそうだった・・・」


 そう話すと結喜が轢かれた日の光景が鮮明によみがえる・・・

 

「あんなに対応が早かったのに、そんな時期もあったのか」


 惨劇の記憶に頭が支配される前に、天見の呟きで意識を自身に取り戻す。


「あぁ。かなり前の話だけどな」


 俺はそう言って自身の心を悟られないように、手にしていたハンバーガーを口に押し込む。


「鳴海、そんなに詰め込んだら危ないぞ・・・」


「ううふぇ」


「ほら、何言ってるかわからない」


 天見は楽しさと呆れを混ぜたような表情で俺を見つめる。


 そんな顔を見ると、嫌なことを思い出す・・・


 昔、結喜もそんな顔をしている時期があった。

 退院してそんなに日数もたっていない時期だった。


 あの事故は、俺にも結喜にもトラウマを植え付けた。

 俺はそこから何も感じなくなってしまったが、それが不幸中の幸いだったのかもしれない。

 

 人は悲しみが大きいと気力がなくなる。

 それは何に対してかは人によって変化するだろう。

 ゲーム、料理、人付き合い、労働、最後には生きることにさえ気力を失い諦めてしまう。


 心があったら、きっと俺は結喜をあきらめていたかもしれない。

 

 だが違った。

 心だけがなくなったからか、折れることがなくなった。


 だから動けたのだと、俺は感じている。

 結喜はやはり現実を受け止めることに時間が必要だった。

 毎晩戻るはずのない、そこにあったはずの両足を眺め泣いていたのだ。


 心はないが、以前との変化にはやはり気付く、目は赤く腫れあがり、髪の手入れなどされていない、気を抜いてしまえば潰れる命が俺の瞳には映っていた。


 だから、せめて結喜の前では元気にいつも通り振舞おうとした。

 少しオーバーなリアクションを取り、大げさに話す。

 作り話でもよかった・・・


 そんなことを繰り返してるとある日言われたのだ


「ごめんね・・・ここ兄ぃ」


 そう話した結喜の表情は楽しさと、呆れが混ざったような表情だった。

 呆れの先は、無理に元気そうに振舞う俺に対してか、俺に無理をさせている結喜自身に対してかはいまだにわからない。

 別に知りたいとも思わないしな。


 天見の顔を見ていると、そんな過去を思い出す。


 だから、俺は天見から視線を逸らした。


「そろそろ食べ終わるだろ。もう行くぞ」


 そう言って俺は立ち上がり、紙袋をぐしゃぐしゃに潰して近くにあるゴミ箱に入れる。


 彼女たちの方に歩き、声をかける。


「ほら、もう行くぞ。次は海を見に行こう。匂いも、音も感じられるから、哀歌も楽しめるはずだ」


 そう話すと、彼女たちは頷いた。


 哀歌の手を取り、ゆっくりと歩き出す。

 元々この公園は海に面してる、だから潮の匂いがする。

 近づけば更に香り、風が冷たく頬を撫でた。


「キラキラ光って綺麗〜!」


 風切に車椅子を押されてる結喜がそう呟いた。

 結喜の綺麗な黒髪が風に靡くたび、後ろにいる風切は鬱陶しそうな顔をしている。


 それでも少し楽しそうだったのは、風切は結喜のことを思っているからだろう。


「落ち着く匂いがします」


 俺の腕に力強く捕まったままそう呟いたのは盲目の少女、哀歌だ。


「そうだな。都心の方じゃ潮の香りはあまり感じない。珍しい機会かもしれないな」


 俺はそう話す。


「そうだ、写真とか撮らないか?」


 天見が提案する。


「いいな。俺が撮るよ」


 天見の提案に乗り、俺はポケットからスマホを取り出そうとすると、天見が口を開く。


「それじゃ意味がないだろ、全員入るんだよ。みんなで撮るんだ、だから意味がある」


 そう話した天見はポケットからスマホを取り出し、少しキョロキョロとした後に人を見つけ駆け寄った。


 写真の撮影をお願いしているのだろう。


 数秒後、天見はこちらを見つめて叫ぶ。


「こっち来て!」


 それを聞いて風切や楽が歩き出した。

 俺はただ、その光景を見ていた。


「来ないの?」


 楽は立ち止まっている俺に気づきそう言った。


「・・・俺はわからない」


 気がついたらそう呟いていた。

 哀歌が俺を見上げ、楽は眉を歪めながらこちらを見つめる。


「何がわからないの?」


 楽にそう問われ少し考えるが、何がわからないのか、そこもハッキリと分からなかった。


 そんな俺を見つめ、楽はため息を漏らす。


「私は音が聞けない。その子は目が見えない。あの子は自由に歩けない。だから、今なんじゃないの?形に残して、確かにここにそんな思い出があったって残すために、撮ろうよ」


 心を無くしてから、感覚的に大切なもの・・・と言うのがわからない。


 俺は立ち尽くし、彼女が言った言葉の意味を考える。

 きっと持っていた感情だ。

 旅行に行けば思い出を撮り、マスコットなどのグッズを買い、いつか懐かしむ時まで保管する。


 そんな事をしていた記憶がある。

 だが、今は・・・


 俺は目を細め太陽を見る。


「心さん?」


 哀歌の声が頭に響く。


「もう、あの人待ってくれてるんだから」


 そう言って楽は俺の手を強く引き、無理やり連れて行く。

 そんな中でも、哀歌が歩幅を合わせやすいように調節してくれているところに優しさを感じた。


「並んで・・・あ、もっと真ん中集まれますか?」


 こんな所で何をしていたのか推測も出来ないスーツの男性が天見のスマホを持ち、ベストアングルを探すように指示を出す。


 高校生組は端、中学生組は真ん中だ。

 だが・・・


「なんで俺は真ん中なんだ」


「いいの! ここ兄ぃはそうでもしないと影薄くてわかりにくいし」


 俺の質問に、結喜がはっきりと返す。


 そうか、俺は影が薄かったのか。

 確かに、端の2人は大袈裟なポーズをしている、俺にあれは無理だ。


 天見はただ立っているだけだが、様になっているのはなぜだろう。


 そう思いながら俺が天見を睨んでいると、左手に何やら感触が現れる。


 視線を下げ左側を確認すると、イヤーマフをつけた少女、楽が手を繋いできて身体を密着させていた。


「どうした?」


「写真を取られるのはあまり慣れてなから」


 女性特有の柔らかさが伝わり、少しくすぐったい気持ちになる。


「なら仕方ないな」


「そう、仕方ない」


 俺の呟きに、楽が少し笑う。


「私はね、この世界は汚いって思うの。嬉しいことと嫌なことなら嫌なことが多いし、真面目な人間が損をする事も多い」


 そう話し始めた楽を見つめる。


「でも、あなたは違う。何もないし、澄んではいないけど、誰よりも濁ってない。この世界は醜いし、汚いし、空気さえも黒いけど、あなたがいる」


「俺がいても綺麗にはならない」


「そうだね、でも避難所になる」


 楽は俺の顔を見ずにそう呟いた。


「なら仕方ないな。俺はお前らみたいな奴の世話をしなきゃ行けない運命らしい」


「そう。仕方ない。今後は結喜ちゃんや哀歌ちゃんと仲良くするかもしれないから、あなたとも関わりを持つかもしれない。だから、世話されてあげる」


 楽は結喜と哀歌の名前を下で呼び、仲の良さを強調するように笑った。


「へいへい、仕方ないから世話してやるよ。」


「変なことは却下ね?」


「はっ、言ってろ」


 俺の声に楽が笑う。


「行きますよ!1+1は?」


 サラリーマンが言った言葉に俺たちは首を傾げる。


「あれ、僕の学校じゃ流行ったんだけどなぁ。2って、しっかり答えてね!」


 サラリーマンがそう話し、またスマホを向ける。


「撮るよ!1+1は!」


 俺たちは溜め息を漏らす。あまりに同時に漏らしたためか、おかしくて笑ってしまう。


「やるか?」


「せっかくだしね」


 俺の問いに天見が答え、全員が頷く。

 和んだ。


 写真はやはり、少しだけ緊張するからな。


 サラリーマンが再度スマホを構えあの言葉を発する。


「1+1は!」


「2!!!!!!!!」


 俺たちは元気に、勢いよくそう言った。


 瞬間シャッターを切る音が鳴り、撮られる。


 写真の確認の為にスマホを渡してきたサラリーマンに礼を言って、撮られた写真を確認する。


「・・・ふむ。案外悪くないな」


「だな」


 これがきっと、この写真がきっと、未来の自分に力を与えると信じたい。

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