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非モテの俺がメスガキの世話をするようになった話  作者: 鬼子
第三章 『この世界は』
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2 「美しい」

 楽の背中をさすっていると、後ろから足音がする。


「鳴海、水!」


 響く天見の声に、俺は静かにしろとジェスチャーを見せる。


「サンキュー、いくらだった?」


「いらないよ」


「でも」


 金を返そうとする俺のセリフを制止するように、天見は手を前に突き出した。

 それを見た俺はため息を漏らしながら口を開く。


「そうか・・・」


 俺はそう話しながら水を受け取り、キャップを開けて楽に伸ばす。


「飲めるか?」


 楽は横目で水を見て、奪い取るように取った後に口をつけ飲み始める。


「そんな急に飲んだら!」


 俺がそう言った瞬間に、楽が咳き込む。


「だから言ったのに・・・ま、大丈夫そうでよかったわ」


「・・・ありがとう」


 そう言いながら楽は俺に水を返す。


「なぜ君が飲んだ水を俺に返すのか。聞きたい、その気持ち」


 すると、楽は水を見つめながら首を傾げた


「なら貰っとく」


「そうしとけ」


 俺は一安心し、ゆっくり立ち上がる。

 楽はこちらを見ながら怪訝そうな顔をしている


「なんだ?」


「いや、・・・別に」


 そう言いながら立ち上がる楽を支える


「取り敢えず、水族館に向かうか」


 そう言って、俺は天見たちにアイコンタクトをし、楽の手を握って歩き出した。


ーーーーーーーーーーーーー


「俺、水族館なんて久しぶりだわ」


 天見がそう話す。


 俺は横目で見ながら、口を開いた。


「みんなそうだ。魚なんてあまり見ないしな。あぁ、食卓に並ぶくらいか」


「お前なぁ・・・」


 俺が話した言葉に、天見は呆れたように返答する。

 その会話を聞いていた結喜と哀歌がクスクスと笑う声が聞こえた。

 チケットを買い、中に入る。


「エレベーター・・・はあっちか」


 俺はパンフレットに書かれている地図を見ながらきょろきょろとする。


 方向がわかり、風切が車椅子を押すのを後ろから見守りつつ全員でついていく。


 エレベーターに乗り、下まで降りる。


 暗い空間に招待だ。


 エレベーターが開くと長い通路がある。

 ゆっくりと歩き出し、右に曲がる。


「初めは・・・大洋の航海者エリアだ」


「何それ・・・?」


 俺の言葉に結喜が首を傾げる。


「・・・マグロだ」


 そう言った直後、暗闇の中に人間の何十倍にもなる水槽が瞳に映し出される。


「なんか最初からクライマックス見た気分ね」


「実際、この水族館はマグロが人気だ。俺はペンギンの方が好きだけどな」


 結喜の言葉にそう言いながら俺はペンギンのエリアがある通路を見つめる。


「そっちに行く?」


 結喜がそう言った。


「あぁ。てか、やはりここはマグロが人気らしい」


「なんで?」


 そう話す結喜に、俺はパンフレットに書かれた地図を見せる。


「俺たちはエレベーターから降りて早々に逆走をしている。 ペンギンエリアから、東京の海エリアをぐるっと回ってここに来るのが正しい順路らしい」


 そう話すと、結喜は頷いた。


「なら、渚の生物エリアからペンギンの生態エリアに向かおうか」


 そう言って俺たちは歩き出す。

 哀歌は俺の腕を掴み、俺は歩幅を合わせて歩いて行く。


 先をいく彼らが徐々に小さくなっていくのを見つめる。


「すいません・・・」


 哀歌が小さく謝る。

 その言葉を聞き逃さなかった俺は、哀歌を見つめて口を開く。


「・・・問題ない」


 そんな話をしていると、渚の生物エリアにつく。

 目の前には階段。

 小さく短いが、盲目の哀歌には厳しいだろう。


 だが、右側にスロープがある。

 よくみると、結喜と風切がすでにスロープを登っている最中だった。


 車椅子に座りながら楽しそうに喋る結喜に風切は笑いながら話す。


 声は聞こえないが、2人ともこの行事を楽しんでいるように見えた。


 俺は安堵の息を漏らし、哀歌をみる。


「俺たちもスロープであがろう。右側にあるから、俺が先に動くからゆっくり行くぞ」


 そして、俺は哀歌の手を引きながら歩く。

 ゆっくりと歩きながら渚の生物エリアを抜ける。


「ペンギンエリアか・・・」


 ペンギンエリアは唯一外にあり、闇から解放される。

 渚の生物エリアは一応は外にあるのだが、屋根がついていたりと完全に分けられているわけではない。

 屋根がついていない、と言う意味ではペンギンエリアだけが外と言えるだろう。


 そして、来てみたはいいが・・・やはり楽しみ方がわからない。

 近づくたびに昔は持っていたであろうワクワクが込み上げてくる感じは、完全に失われていると、再認識してしまう。


 ペンギンは本当に好きだった。

 見て、楽しみ、感じ取っていたはずだ。

 だが、思い出せない。今も、何も感じない。


「心さん?」


 哀歌が話す。

 疑問系ではあるが、なんだろう。心配・・・と言う二文字が全体から滲み出るような感じだった


「ど、どうした?」


「何か・・・雰囲気が寂しそうです。大丈夫ですか?」


 俺は哀歌を見つめ、息を呑む。

 なぜ気づかれた? 見えていない人間が、他者が纏う雰囲気を感じ取れるはずがない。


 そもそも、人間が纏う雰囲気というのは、表情や言動から無意識のうちに読み取った物を雰囲気と言っていることがほとんどだ、俺は話していないし、姿をみることすら出来ないのなら、理論的に雰囲気を読み取るのは不可能のはずだ。


 汗がたらりと流れ、頬を伝って地面に落ちる。


「だ、大丈夫だ」


「そうですか。何かあったら言ってくださいね?力になれるかは分かりませんが、上手くやってみます」


 哀歌はサングラスのような眼鏡をしている為、表情を確認することはできないが、口元は笑っていた。


 盲目の美少女と手を繋ぎながらペンギンを見つめる。こんな現実があっただろうか。

 

 ただ、静かな時間が流れる。

 カラカラとした音が耳にはいり、音の方向を見つめると結喜と風切が俺らの方にゆっくり歩いてくる。


「どうした?」


「どうした?じゃないわよ、ペンギンの前にいるのはいいけど、何分いるつもりよ」


「は?」


「ここ兄ぃがペンギンの前に来て15分以上経ってる。よほどペンギンが好きなのかと思ったけど、瞬きは少ないし、どこかぼーっとしてる。天見って人も心配してる。早く行くよ」


 そう話す結喜の後ろで、風切が愛想笑いをしている。


「俺、そんな感じだったか?」


 俺はたまらず哀歌に問う。

 その時の哀歌は、風切同様愛想笑いを浮かべた。


 あれからすぐに合流すると、すぐに天見が口を開いた。


「鳴海、大丈夫か?」


「あぁ、問題ない」


「・・・そうか」


 天見は俺の顔色を伺い、心配そうにしながらも捻り出すようにその言葉を発した。


「で、次は?」


「次・・・ちょっと待て」


 天見が何気なく漏らした問いに俺はパンプレットに書かれている地図を確認する。


「次は・・・東京の海とか言うエリアだな」


 俺がそう話しながら再度天見を見ると、何やらキョロキョロとしている。


「どうした?」


「兎静さんがいない・・・」


 その言葉がより重く刺さる。


「さ、探さないと!」


 天見はそう言って探しに行こうと歩き出す。


「待て!」


 俺はそれを呼び止めた。


「当てはあるのか?」


「・・・ない」


「闇雲に探してもすれ違ったりして見つからない、意味がないんだよ」


「ならどうするんだ?」


 天見は少しムッとしながら俺に問う。


「だからこれを使う」


 俺はそう言いながらパンフレットを見せた。

 だが、意図を汲み取れていないのか、彼は首を傾げた。


 俺はしっかりと地図を広げて、確認するように促す。


「東京の海の先はレストランがある。ならその周辺から子どもや家族が溢れかえってうるさいはずだ。騒がしいのを嫌う楽は遠ざかるだろう。 そして、静かな場所を探すはずだ」


「静かな場所?」


「暗い場所。人間は視界が暗くなると無意識のうちに声が小さくなる。だから、暗い場所なはずだ。少し逆走になるが、真ん中・・・深海の生物を展示してるエリアがある。遠くないし、行くのは簡単だ」


 そう話す俺を天見は見つめる。


「鳴海、お前・・・」


「なんだ」


「意外と頭いいのか?」


「まぁな」


 そう言って俺はパンフレットをポケットに押し込む


「じゃあ、行ってくるから」


「いや、俺が・・・」


 そう言おうとした天見の声を手で制止する。


「この行事は中高生の交流も兼ねてる。結喜たちも俺とばかり話してるんじゃ意味がない。俺が戻るまでの間、話しとけ」


 そう言って俺は歩き出す。


 そして俺は渚の生物エリアを逆走して、世界の海エリアと言われる暗い場所にくる。


 目的の人物は、案外すぐに見つかった。

 俺は彼女にゆっくりと近づき、横についたとこで同じ水槽を見つめ、口を開く。


「みんな心配してる。戻るぞ」


 俺がそう話すと、楽はこちらをじっと見つめて首を傾げる。


「なんだ?」


「ずっと違和感を感じてたの・・・あなたに」


 そう言いながら顔を近づけてくる。


「違和感?」


「心配なんてしてない。すごい違和感。・・・心がそこにない、淡白で、何も感じていないような気がする」


 そう話し、楽は水槽に目を戻す。


「魚のように、何を考えているかわからない。でも、話せるあなたの方がタチが悪い。自身を騙し、それに気づかず他者を騙す。私は耳がいい。敏感だから、過敏だから、あなたの声には何も詰まっていない」


 そう話し、楽はため息を漏らす。

 その後にこちらを見つめる。


「空っぽ・・・何もない。でも、澄んでいるわけじゃない。いくら美しくても、この水槽のように奥に行けば行くほど暗くなる。この世界は美しいけど・・・生きる生物は生々しく、惨たらしいから」


 そう話す楽を、俺はただ見つめていた。

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