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非モテの俺がメスガキの世話をするようになった話  作者: 鬼子
第二十二章『聖なる日の』
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2「語らい」

 教室の扉を開けると、初めに視界に飛び込んできたのは、笑いながら話すクラスメイトの面々だった。

 黄色い声が教室全体に響き、メイクの話や、面白かったドラマの話、最近買ったゲームの話など、男女、グループごとに話題の違う物語が語られる。


 そんな中でも、太陽に照らされた窓側から、俺に手を振る人物がいた。


「おはよう、鳴海(なるみ)


「おはようさん、鳴海!」


 そう言ったのは天見(あまみ)柳牛(やぎゅう)だった。


「おはよう、天見、柳牛」


 俺を見るなり、天見は優しく笑う。


「大丈夫か?」


 天見はそう話した。


 俺はその問いに少しばかり考える。

 何かあっただろうか・・・何か忘れているのだろうか・・・


 そんな時、母親の話を思い出す。

 そうだ・・・天見と柳牛との会話はそこで止まっていたな・・・


「大丈夫だ。悪いな心配かけた」


「いや、いいよ。そんなときもあるでしょ。何もないならよかった。鳴海の家族の話だし。俺たちは口をはさめない。アドバイスとかだったら与えられるかもしれないけど、それだけだ・・・むしろそこが限界かもしれない。だから、何かあったら話してくれ」


 天見のその言葉に、俺は頷く。


「サンキュー。その言葉だけでも助かる」


 俺がそう話すと、柳牛が横まで歩いてきて、俺の肩を叩いた。


「いいんだよ。俺たちは友達だ。何かあったら助ける。友達ってそう言うもんだろ?」


 叩かれた肩をさすりながら、柳牛の言葉に俺は少し笑う。


「そんな考え方がスッと出てくるお前がすごいよ」


 俺がそう話すと、柳牛は何で褒められているのかわからないと言いたげに首を傾げた。


 柳牛の中ではこれがあたりまえなんだな。

 友達は助ける物・・・自分の時間を犠牲にしてでも助けるだけの価値があると・・・


 柳牛 忠時(ただとき)は母親を早くに亡くしている。

 原因は病気・・・それについては柳牛自身に詳しくは聞いていないし、申し訳ないと思ったから聞いていない。

 きっと、これからも聞くことはない。


 彼は一度心を壊している。

 母親を亡くした痛みから・・・記憶と人格を作り出した。

 存在しない記憶、存在しない人格と共にどれだけ過ごしていたのかは分からなかった。

 そのせいもあってか父親とはある程度の期間不仲だった。

 正確には、柳牛が起こす異常な行動に、父親は恐怖していた。


 それから息子を遠ざけるように、そして父親は自分自身を守るように、暴力に走った。

 はたから見たそれは父親の家庭内暴力にも見えたが・・・それは大きな間違いだった。

 実際の暴力は・・・柳牛本人の方が強かった。

 暴力・・・世間としては許されるものではないが・・・どうしても父親に同情せざるを得なかった。


 俺たちが立ち合いの元、話し合いをして決着したように見えたが・・・それからのことは聞いていない。

 でも、彼の態度を見ると、治った・・・仲直りできたと信じたい。


「大げさだけど、俺たちは友達だ。だから、頼ってもいい」


 柳牛を見つめながらやさしく笑い、俺に視線を向けた。


「鳴海は俺たちを助けてくれた。みんな恩がある・・・だから頼れ」


「俺に対しての恩ならもう返しただろ?感情と記憶をとり戻すのに手を貸してくれた・・・それだけで十分だ」


 そう話すと、天見は少し笑う。


 天見 (そら) 彼は母親の会社を継ぐことを半ば強制にされている。

 それも解決はしたのだが・・・


 彼は小さいころから母親の言いなりとして生きていた。

 自由はなく、遊ぶ相手すらも選ばされていたかもしれない。

 妹が居て、その妹を大切にしている。

 敷かれたレールの上を走るのは自由がないからと彼は嫌っていたが、大切な妹のためなら人生を賭けられる男だ。

 妹には自由に生きてほしい・・・縛られないでほしいという思いから、今は敷かれたレールを自分の意志で歩いている。


「だとしても、俺たちはまだ足りないと思ってるから・・・もう少しだけ付き合わせてくれ」


 そういいながら天見は苦笑いを見せる。


「なら仕方ないな」


 俺がそう話すと、天見は優しく笑い、口を開いた。


「ありがとう」


 その言葉に俺はゆっくりと頷く。

 きっと彼は理解している。

 自身の身勝手で、誰かを巻き込んでしまうこと。

 今回は俺を巻き込んでいること。

 俺がいいと言っても、彼はきっと納得はしないだろう。


「そういえば熊懐(くまだき)はまだ来てないな・・・また遅刻かな」


 何の脈絡もなく呟いたのは柳牛だった。

 

「熊懐なら、何かを落としたって下駄箱に行ったよ」


「まじか・・・大丈夫かな」


 俺はその言葉を聞いて想像以上に、柳牛が熊懐を心配しているのだと気が付く。


 意外だ・・・

 あまり仲がいいようには見えなかった。

 一触即発とまではいかないが、何回も喧嘩になるんじゃないかと思った場面があった。

 だから、お互いあまり好きではなく、天見が居るから、俺がいるから仕方なく一緒にいるんだと思っていた。


「そんなに心配か?てっきりあんまり仲はよくないんだと思ってた」


 俺の言葉に、柳牛がゆっくりと口を開く。


「別に仲が悪いわけじゃないんだ。でも、なんか似てるだろ?・・・母親に相手にされなかったあいつと、父親と色々あった俺・・・」


「なんで一番重要な部分を端折るんだよ」


 俺の言葉に柳牛は笑いだす。


「確かに」


 柳牛は笑いながらそう話した。

 彼の笑顔は、周りの人間を明るくする。

 内に秘めているものを見えないようにうまく隠しながら、他人を助けるために動けている。

 他人の心配をしながらでも、彼はしっかりと隠せている。


「でもさ、似たもの同士で助け合うってありだと思うんだよ。なんか、過去の俺を見てるようで、どこかで壊れてしまうじゃないかって、どこか心配なんだよ。まぁ、うまく説明できねぇけどさ」


 柳牛はそう言いながら力無く笑う。

 この時の彼の心情は測れなかった。


 そんな時、背後から声をかけられる。


「おはよー、柳牛、天見」


 その声に振り返ると、熊懐が立っていた。

 目元の部分が少し赤いような・・・違う。さっきまでなかった赤いアイラインが大きく描かれている。


 きっと、それには柳牛も気がついたら。


「よっすー、熊懐。なんか、今日ビジュ良くね?目元つよつよじゃねぇか」


「でしょー?ちょっと新しいコスメ試してるんだー」


 柳牛の言葉に、熊懐はにっこりと笑いながらそう話した。

 無理をしている・・・わけでは無さそうだ。

 だが、元気が少しばかり足りないような気もする。


「てかさ、今日みんな何する感じぃ?まじ友達と遊びたかったけど、親父を自宅に寂しく放置するわけにもいかねぇから、俺は家に引きこもるんだけどさ」


 柳牛はそう言いながら俺を見た。


「・・・俺は、知り合いと出かける。付き添いを頼まれたんだ」


 俺がそう話すと、熊懐の拳が少しばかり強く握られる。


「熊懐は?」


「え・・・っと、私もお家で過ごすかなぁ・・・なんて・・・天見は?」


 柳牛から熊懐に、熊懐から天見に伝播した問いは、我々の心境を大きくゆさふった。


「俺も家だな、色々今後のこととかを考えると、あまり時間がないから」


「偉いな・・・頑張れよ」


 俺がそう話すと、天見は笑って見せた。

 すごいな。

 こいつらは、立ち止まらないのか。


「じゃあ、今日は全員バラバラに動く感じだなぁ」


 柳牛はそう言いながらも、熊懐をちらちらと見る。

 だが、熊懐はそれに気が付いてはいないようだった。


 柳牛は、何かを企んでいるのか?


「そうだな、今日はみんなバラバラだ、だから、学校が終われば次会うのは翌日以降の学校だな」


 俺がそう話すと不思議な静寂が流れる。

 みんな気がついている。

 今話した何人かが嘘をついていること、そしてそれをしり、合わせて誤魔化さなくてはいけないことを。


 そしてそれは、各々が持つ優しさと尊重で保たれていることを、俺は、俺たちはよく知っている。

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