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非モテの俺がメスガキの世話をするようになった話  作者: 鬼子
第二十二章『聖なる日の』
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1「哀しみ」

 会計を済ませ、車椅子を操作しながら戻ってくる結喜(ゆき)を見つめる。


「買えたか?」


「買えない方がびっくりでしょ」


 俺の言葉に結喜はそう返し、俺もその言葉に妙に納得してしまった。


 確かに、レジに行き、金を出しているのに買えないのはおかしいか・・・

 当たり前すぎてあまり気にしなかったな。


「本当にその服でよかったのか?」


「まぁ、普段は着ない色だけど、たまには別の色を着てみるのもいいんじゃないかな」


 結喜は服の入った袋を見つめながら話を続けた。


「周りは常に変化する。なら、私も変化しないと」


「そうだけど、変化しないってのも、一つの防衛ではある。全てのことにおいて、変化することが正義じゃない」


「そうかもね」


 俺の言葉をあっさりと受け入れ、結喜はそれでも服を見つめた。


「でも、これは私の勇気だから」


 結喜はそう話し、視線を俺に移す。


「だから、これは譲れない」


 そう話す結喜の真剣な眼差しに、俺は小さくため息を漏らす。

 こうなると、こいつは頑固だからな。


「そうか」


「うん」


 少しの静寂が流れ、俺は口を開く。


「行くか」


「そうだね」


 俺はその返事を聞き、車椅子の裏に回ってハンドルを掴む。

 そして、ゆっくりと進み始めた。


「あ、ここ兄ぃ」


「なんだ」


「二日後のクリスマス、予定空けといてね」


 結喜の言葉に、俺は少し考える。

 ゲーム・・・したかったなぁ。

 感情を無くしてから惰性でやっていた、記憶を無くしてからは触っていない、だから・・・久々にやりたかったのだが・・・


 俺はため息混じりに結喜の後頭部を見つめる。

 断れない・・・か。


「わかった。空けとく」


「やった」


 小さく喜んだ結喜の後頭部を見ながら、俺は少し頬が緩む。

 やった・・・か。最後に喜んでもらえたのは、いつだろうな。


 最近のような気もするが、遠い昔のような気もする。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 クリスマス当日。

 朝早くに目が覚め、ベッドの上で布団に包まる。


「あー・・・さむ」


 俺はそう言いながら身体を起こした。

 目を瞑り数秒。

 俺はゆっくりとため息を漏らす。


「学校めんどくさ」


 そう言いながらも、視線を巡らせると、机の上にある集合写真が目に入る。


「海浜公園の・・・」


 写真の中の俺は苦笑いだが、今は親しい連中は満面の笑みを浮かべていた。

 こんな日もあったな。


「よし!ふぅ・・・頑張るか」


 膝をパンっと強く叩き、勢いに任せてその場から立ち上がる。

 ゆっくりと歩き出し、徐々に歩幅を広げていく。

 一日が始まる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 学校に着くや否や、背中を強く叩かれる。

 なんだ、いじめか。

 

「おはよ、心!あれからどう?」


 その声に振り返ると、桜色の鮮やかな髪がひらりと煌びやかに舞った。


熊懐(くまだき)・・・おはよう」


「ありゃ、なんか元気ない?」


 そう話す熊懐を俺は見つめ、小さく首を振る。


「いや、元気だよ。ただ・・・ちょっとめんどくさいなって」


「え、何が・・・私?」


「ちげぇよ」


 俺はそう言いながら歩くと、彼女が横に来た。


「じゃあ何がメンドクサイの?」


「今日予定があるんだよ・・・学校終わりに、でもさ、学校終わりって疲れてるじゃん?歩きたくもなければ、ベッドでゴロゴロしてたいタイプなんだよ、俺は」


 そう話すと熊懐は俺の顔を見て、目をキラキラと輝かせた。


「え!?・・・デート?誰?一緒のクラスの子?」


「いや、俺友達いないし、一緒のクラスにそんな親しい女子が居たらお前なら気が付いてるだろ」


「確かに、それもそうか」


 即納得した熊懐を見て俺は少しばかり歯を食いしばる。


 悲しい・・・

 なんで一回も否定されないんだ。

 俺ってそんな人望ないの?そんなポンコツなつもりはないんだけどな・・・


 俺が少しばかり落ち込んでいると、熊懐が再度背中を叩いてくる。


「わかった・・・あの黒髪の子だ!!あの・・・車椅子に乗ってる・・・ゆ・・・ゆい?」


「結喜な。名前くらい覚えろ」


「あまり話す機会ないし」


 あぁ・・・こいつ馬鹿なんだ。

 柳牛(やぎゅう)の件でもかなり目立ってただろ。それで忘れるとか、細胞が腐ってんのか?


「なんか馬鹿にしてる?よくないこと考えてる顔してるけど」


「まさか、お気楽なのはいいことだ。一生そのままでいてくれ」


「やっぱり馬鹿にしてるじゃん!!」


 俺は横で叫ぶ熊懐を見てため息を漏らす。

 

「ため息は幸せを逃すよ」


「その程度で逃げる幸せなら大したもんじゃないんだろ、いらん」


「屁理屈だぁ」


 下駄箱から上履きを取り、履き替える。

 その動作をしている最中も、熊懐は話し続けていた。


「そっか・・・結喜ちゃんとデートかぁ・・・」


 その声はどこか寂しそうだった。


「いや・・・デートじゃないから・・・洋服とか買いに行くんだろ、多分。それか、友人にクリスマスプレゼント」


「女子は大事な日にそんなことで誘わないと思うな・・・まぁ口実にはするけど」


「どの口実の真偽は俺たちには分からない」


 そう話すと、彼女はうんうんと頷いた。


「だから・・・デートじゃない」


「えー・・・」


 俺の言葉に、彼女は眉を歪めた。

 その顔は・・・少しだけ悲しそうで、哀れなものを見るような表情をしていた。


「心は・・・人が嫌い?」


「・・・何を・・・」


 俺はそう言いながらゆっくりと教室に向けて歩き出す。


「どうだろうな・・・」


 俺の歩幅に合わせるようについてくる熊懐にそう話す。


「人は簡単に裏切る。そのくせ、裏切られることに対して憤慨する。自分に甘く、他人に厳しく。話さないとわからないと言いながら、察してくれることを期待して、勝手に絶望する。他人の望みは馬鹿にして蹴落とすくせして、自分の望みは誰の物より偉大だと言って貫き通す。他人の痛みの一部も理解してないくせに、理解したふりをして近づいてくる・・・どうだろうな・・・いいとこも悪いとこも全部知ってる。自分の問題は大げさに、他人の問題ははるかに小さくしてあざ笑う本性も・・・」


 俺はそう語りながら、過去の数年間、そして辛かった数か月に思いを馳せる。

 いろんな場面が、まるでアニメを、映画を見るように流れていく。

 客観的な視点で見せられる世界は、どこか新鮮な気がした。


 そうして、答えを出す。


「俺は・・・人間は嫌いじゃない・・・」


 そう話すと、熊懐は首を傾げた。


「人間は?」


「でも、人間が漏らした言葉は嫌いだ。信用に、信頼に値しない・・・。裏が見えない・・・裏を見せない」


 そう話すと、熊懐は立ち止まる。


「だったら・・・心は何を信じるの?」


 その言葉に、俺は立ち止まり、振り返って熊懐を見つめる。


「俺は・・・その人を信じる。海のように深い場所まで全部みて・・・深淵まで信じるよ」


「そっか・・・・」


 俺のその言葉に、熊懐は唇を固く結んだ。


「私・・・下駄箱の床でケータイについてたストラップ落としちゃったかも」


「そうか・・・大事なもんなんだろ?・・・戻って探してこい」


 俺がそう言うと、彼女はうん!と元気に頷いて下駄箱の方に歩き始めた。


 その背中を見つめ、俺はため息を漏らしながら教室を目指す。


「結喜ちゃんには勝てないなぁ・・・」


 廊下の奥から熊懐の声が聞こえた気がした。


 俺は人が好きだ。

 俺は言葉を信じない・・・人は簡単に嘘をつき、欺き、騙し、裏切る。


 でも、俺は人を信じる、

 どこかで期待している・・・・何かを・・・


 熊懐・・・

 俺はお前に伝えてないことがある・・・

 

 俺はお前を信じてる。

 信じてるからこそ・・・嘘も分かる。


 だから・・・


 俺はゆっくりと教室の扉を開こうと、手をかける。

 冷たい金属の感触が指先に重く伝わり、ため息を漏らしながら熊懐が消えた廊下を見つめる。


 そうして小さく呟いた。


「ストラップは見つかったか?熊懐・・・お前のケータイに・・・最初からストラップなんてついていなかっただろ・・・」


 俺はゆっくりと扉を開ける。


「お、鳴海じゃん!!あれからどうよ!!」


 柳牛の明るい声が耳を刺した


 同時にどこかで雫が落ちる。

 冬・・・クリスマス・・・


 桜は散る・・・

 その美しさは世界で一人しか知らない・・・

 その儚さは世界で一人しか知らない・・・


 誰にも気づかれないことを嫌った木は、綺麗な桜の花を咲かせ、確かに海を愛したのだと。

 広い海なら・・・私を受け入れてくれると信じて・・・。

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