5「思いから」
服を選ぶ結喜を見て、ため息とともに衣類店の外に目を向ける。
もう少しで訪れるクリスマスという大イベントに備え、あらゆる店が準備を進めていた。
「もうクリスマスか・・・」
俺がそう呟くと、服を持った結喜が俺を見ながらため息を漏らした。
「さっきも言ったじゃん。いまさら何言ってるの?」
そう話す結喜を見て、俺は目を閉じて深呼吸をする。
そうして、ゆっくりと開いて俺は口を開いた。
「十二月だろ?だから・・・八か月前だ・・・」
俺がそう話すと、結喜は一瞬だけ首をかしげたが、すぐに何かを思い出したように話す。
「そうだね・・・八か月前・・・私は事故に遭った。両足を失った事故だね・・・」
「もう八ヶ月だ・・・いや、まだ八ヶ月か?」
俺はそう言いながら、別の店で買い物をする家族を見つめた。
「俺たちは・・・あっち側だったかもしれない」
俺の言葉に、結喜はため息を漏らし、続けた。
「でも、過去は蹴られない。起きたことは仕方がない。ここ兄ぃがいつも言っているじゃない」
「そうだな・・・でも、望んだ結果じゃなかった」
俺がそう話すと、結喜は服を握りしめたままうつむく。
「そうだね・・・でも、真に臨んだ生き方をしている人間はどのくらいいるんだろうね」
「さぁな・・・俺には分からないし、関係ない。目の前のことで力を使いすぎている気がする」
俺がそう話すと、結喜は少しばかり笑った気がした。
「確かに、この数か月。ここ兄ぃは世界で一番頑張ったんじゃないかなと思うくらい働いたよ。時給が発生するなら億万長者かも・・・千葉県の最低賃金が分からないけど」
「世界で一番頑張ったのに、最低賃金での換算なのがなんとも俺らしいな」
そう言いながら、俺は結喜を見つめる。
「お前は今、幸せか?」
「うーんどうだろう。主観でしかわからないものだしなぁ・・・感覚ってのは案外難しいし、あてにならない。ここ兄ぃが一番知ってるでしょ?」
結喜が意地悪そうに答えたそれに、俺は小さく笑う。
「確かにな・・・それに関してはよく知ってる」
「でも、そうだね・・・幸せかはわからないけど・・・不幸だなとは感じないかな」
俺はその言葉に、少しだけ安心する。
「ならよかった」
「どん底から引っ張り出してくれたのはここ兄ぃだけどね・・・あれが無かったら、もう死んでたかもしれないし」
「そんな簡単に死んでたとか言うんじゃない」
「人がどれだけ簡単に死ぬか知ってるくせに」
そう言われ、一瞬だけ地神の音が頭をよぎる。
「そうだな。怖いくらい知ってる」
「お、これ可愛い」
俺の言葉を聞いていたのかはわからないが、結喜は服選びを続行していた。
「いいんじゃないか?似合うと思うぞ」
「そうかな?あまり着ない色じゃない?」
「まぁそうかもな」
俺はそう答えながら結喜を見つめる。
簡単に死んでた・・・か。
あの頃に結喜は常に不安定だった。
それを支えたのは俺だと言うが、何かをした実感がない。
むしろ、まだ何かが足りなかったのではないかとも感じるくらいだ。もっと・・・何かをしてあげられたのではいかと。
「ここ兄ぃ、これにする」
「まじか・・・似合うとは言ったが、意外だな」
結喜の言葉に、俺は意識をこちらに向け、とっさに反応する。
「これなら服装次第で義足は見えないし」
「それは全部そうだろ」
「嫌われるよ」
そう言いながら車椅子を押しながら、どこかに行こうとする結喜を見つめる。
「結喜、どこ行くんだ」
「会計だけど?」
「俺が行ってくる」
俺はそう言いながら、服を渡すように手を出す。
結喜は差し出された俺の腕を見て、優しく笑った。
「大丈夫」
そう言いながら小さく首を振る。
「自分で行けるよ。だから見てて」
「でも・・・」
俺が何かを言おうとすると、結喜は真剣な表情で俺を見つめる。
「私は中学生だよ?もう子供じゃないの、もう少しで中学二年生だし」
「いや・・・中学生は子供だろ・・・」
俺の言葉に、結喜はすこし顔を赤らめる」
「でも、そこら辺の大人よりいろんなことを経験しているよきっと!!」
そう話した結喜はを見て、俺は少しだけ笑う。
そうだな・・・
事故に遭って・・・いろんなものを見てきた。
ひかれあっていた・・・
記憶障害・・・感情欠如・・・盲目に、聴覚過敏、感情のコントロールが上手くいかない奴や、誰かの気を惹きたくて危ない行動に出るやつなんか・・・
人間の欠点をたくさん見た。
もちろん・・・大人には敵わないかもしれない・・・でも、きっと・・・大人の大半が一生をかけても経験しえないことを経験し、俺たちは乗り越えたはずなんだ。
それは、疑似的でも、大人を超えた・・・大人になったと・・・そう言える瞬間なのかもしれない。
「確かにそうかもな。じゃあ、一人で行ってこい・・・おばさん」
「いや、大人イコール年配みたいな話じゃないよここ兄ぃ!?其れで行ったらここ兄ぃもおじさんになるからね!?それに、多方面から怒られるよ!?」
「俺はな・・・もうおじさんだ。最近じゃ油で胃もたれするんだ。まだ十七歳なのに・・・」
そう話すと、結喜が妙な顔をしながら「えー」とつぶやいていた。
「その年で胃もたれはおじさん過ぎるよ。・・・あぁ、遠い目をしないで。仕事帰りのサラリーマンみたいになってるから」
「うるせぇな・・・早く行ってこいよ」
俺がそう話すと、結喜は頬を膨らませながら、車椅子を操作しながらレジに向かっていく。
俺はその姿を見ながら、小さくため息を吐いた。
「・・・これで、よかったんだ」
俺は自身に言い聞かせるように、そう呟いた。