3「気持ちから」
腕を掴む哀歌に視線を落とし、先を歩く結喜達を追う。
ゆっくり、ゆっくりと歩みを進めるたびに変わる風景を見て、俺は過去を思い出すように目を閉じた。
知らなかった。
こんなに色とりどりの建物がある事を・・・
知らなかった。
公園に遊具が増えている事を・・・
知らなかった。 何も・・・
ありとあらゆる問題に直面し、問題を見続けた。
しくじった時や、思考に意識を預ける時は、地面しか見ない。
風景など見えない。
見てない・・・
いや、見ている余裕がなかった。
でも、今はしっかりと見れている。
「余裕・・・だな」
「はい?」
俺が無意識に漏らした言葉に、哀歌が反応を見せる。
「いや、大丈夫」
俺はそう言いながら、彩られた通学路を歩く。
今までは気づかなかった色、気づかなかった街並みが、視界に飛び込んできていた。
心の余裕。
それは他人に対する優しさを持ち、視野を広く、頭を柔らかくする。
その視野の広さは、助けを必要とする人を素早く見つける。
その優しさは助けを必要としている人に寄り添える。
その柔軟さは、誰にも思い付かない方法で助けることができる。
暗かった視界。
まぁ、地面見てるから、物理的にコンクリートで暗い視界が、初めて色を得た気がした。
これまでの試練が、苦痛が、苦悩が、まるでスッと消えたかのように、体が、心が軽くなる。
それと同時に、少しの怒りが芽生えた。
どうしてこんなに苦労しなくてはいけなかったのか・・・どうして、俺の周りにはそんな人間ばかりが集まるのか。
なぜ、支え合うのか。
なぜ、乗り越えようと思うのか・・・
心が折れ、打ちのめされて、それでも立ち上がり前に歩みを進める自分の意思に、他人の意思に、なぜ・・・俺はそう問いたい。
未来はわからないのに、未来は変わらないのに・・・いや、変わったか。
変わったんだ。確かにいい方向に進んでいる。
悲劇が喜劇に変わる瞬間なんだ。
ここから、やっと・・・
「ここ兄ぃ、学校着いたよ」
「あぁ、もうついたのか、近いな」
結喜が話した言葉に、俺はそう答えると、彼女は目を細め妙な顔をする。
「別に近くないよ。ぼーっとしてんじゃない?」
「言い方が冷たいな、冬が近いから心も冷めてるのか?」
俺の返答に、結喜はため息を漏らした。
「別に冷たくしてないし」
そう言いながら口を尖らす結喜は、中学生らしい反応だった。
ここ数ヶ月はそんなふうには見えなかった。
心の内を隠し、大人ぶっていたような気もする。
認めたくなかったんだと思う、足がなくなったことを。歩けなくなったことを。
これから、誰かの負担になり続けることを・・・
俺はそんなこと思っていなかったし、口にしなかった。
「そうか?なら冷たくないか。俺の勘違いかもな」
俺は結喜にそう話して、優しく笑う。
そんな俺をみて、結喜は少しだけ顔を赤らめた。
「ここ兄ぃも学校でしょ?」
「まぁ。めんどくさいけどな」
俺の言葉に、結喜はほんの少しだけ笑顔を見せた。
「哀ちゃん、先に行ってて」
「・・・わかりました」
結喜は哀歌にそう話す。
そうして、哀歌達は先に校舎に向かっていった。
盲目の少女を、二人で支えながら歩いていく姿は微笑ましいものだった。
支え合い、ぶつかり合い、お互いの得意不得意を理解し、助け合う。
そんなことを、彼ら、彼女らは上手くやっていた。
俺は、出来ていただろうか。
独りよがりで、他人を必要とせず、完璧にこなせていただろうか。
直後、横から殴るように強い風が吹いた。
髪が揺れ、車椅子に座る結喜の髪も激しく揺れていた。
「ここ兄ぃ」
結喜が放った優しく柔らかい声に、俺は少しだけ目を見開く。
なんか、いつもと違う・・・
言葉では言い表せないが、彼女が纏う雰囲気がいつもより柔らかく、全てを包み込むような気がした。
「どうした、結喜」
俺がそう話すと、結喜は少し笑う。
「いままでありがとうね。大変だったでしょ?」
「・・・大変じゃない」
結喜は俺の言葉に、ゆっくりと首を振る。
それは完全な否定ではなく、無理しなくていい、強がらなくてもいいんだよ。そう語りかけてくるような優しさに包まれていた。
「最初はさ、ただの隣人さんだった。でも、何かと接点が多くて、その度に捻くれた世界を見せてくれた。何も信じないって、そう話しながらやっぱり人を信じるここ兄ぃがいた」
そう話したあと、結喜はすこし深呼吸をした。
「そして、事故の日。あそこで私は両脚を失った。膝から下を失って、義足になった。あそこが人生の分かれ道・・・ターニングポイントっていうの?横文字はよくわからないけど、正直、何もする気が起きなかった。何かを頑張ったところで、どうせ無駄になるって・・・失ったはずの脚から痛みが伝わるのを耐えながら、毎日考えてた。きっと、ここ兄ぃにもキツくあたっちゃったよね」
「・・・仕方ないだろ。余裕がなかったんだ」
俺がそう話すと、結喜は優しく笑う。
「そうだね。余裕がなかったかも。でも、ここ兄ぃは、学校が終わってから、休みの日でも毎日部屋の前に来て、その日あったことをただ話してくれた。私は全部聞いてたよ。空っぽな声だったけど、何かしようとしてくれてるのは伝わってたから」
「それは・・・」
あの時は、ただ一人にしては駄目だと。
そう思った。
小さな支えでも崩れてしまえば、全てが無くなるようなそんな気がずっとしていた。
だから俺は、監視の意味も込めて結喜の部屋に毎日足を運んだ。
脚を失う恐怖は、どれだけ考えても想像が出来なかった。
不便さは気が付かない。
むしろ、今この場所に結喜がいる事さえ奇跡なのだ。
事故で死んでいたかもしれない、耐えられなくで自殺を選択していたかもしれない。
誰だって、その選択ができる。
あとは、やりきる勇気だけ。
きっと、あの時の結喜には、自分を殺せるだけの苦痛と、覚悟があった。
だから、現状は奇跡なのだ。
「ここ兄ぃ、いつもありがとう」
優しく話した結喜の頬を、透明な雫が伝う。
それは何よりも綺麗なものだった。
始業のチャイムが鳴り響き、風が弱くなる。
そのタイミングで、結喜は満面の笑みを俺に向けた。
そうして一言だけ、付け加えた。
「私は、鳴海心が大好きです。支えてくれてありがとう」
冬
乾いた風が身を包む。
始業のチャイムは学校全体に鳴り響き、風の音でさえかき消してしまう。
その中でも結喜の言葉だけは、しっかりと聞き取れた。
「・・・」
俺は何も言えず、目を見開く。
いつもは簡単にあしらっていた。信じていなかったから、信じられなかったから、ふざけているんだと、そう感じていたから。
でも、今回は何かが違う。
いつもと、今までと・・・言葉に誠意と、重みが乗っかっているような気がした。
これは・・・もしかして・・・
今まで何もなかった俺に、何も信じなかった俺に衝撃を与える。
この言葉は信じてもいい、素直に受け入れてもいい。表裏なんてなく、純粋な言葉だ。
俺の心が、ただ強く、そう叫んでいる気がした。
こんにちは鬼子です!
投稿がかなり空いてしまって申し訳ありません!
リアルと言いますか、色々忙しく執筆の手が止まっていました( ; ; )
今後とも頑張りますので、ぜひよろしくお願いしたします。
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