表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/118

1「世界」

 あれから数日、母親はずっと家にいる。

 本当に、すべて終わったのだと。


「おはよう」


 眠気に目をこすりながら俺は、リビングで朝食を作っている母親に声をかける。

 

「あ、おはよう心」


 母親は小皿に何かを注ぎ、味見をする。

 うーんと首をかしげてから何かしらの調味料を追加していた。


「学校はどう?」


「まぁまぁかな」


 そう話すと、母親はフーンと言いながら料理に視線を戻す。

 俺はそれを見てソファに座り、テレビをつけた。


 早朝六時・・・何気ない日常・・・

 俺にとっては特別で、心温まる日常が帰ってきたような気がした。


「今日は学校何時から?」


「八時には出るかな」


 母親の言葉に俺はそう話すと、彼女は笑って何度もうなずいていた。


「なんで?」


「いや?学校って普段何時ごろから始まるのかなって、ほら・・・私は家にいなかったから」


「あ・・・確かにな」


 俺は気まずいことを聞いたと少し申し訳なくなり、ただテレビを見つめる。

 そんな時、母親が声をかけてきた。


「何か飲む?」


 俺はその言葉に少し戸惑いつつも、平静を装い、返事をする。


「何がある?」


「色々買っといたから、コーヒー、炭酸水、あとはオレンジジュースとか、色々あるよ。あんたこっちきて確認しなさいよ」


 俺は母親にそう言われ、ため息を漏らしつつもソファから立ち上がり冷蔵庫を目指す。


 コークに、サイダー、牛乳・・・?いつ飲むんだこれ・・・


 俺はそう思いながらサイダーを取り出し、グラス氷を入れて飲料を注ぐ。


「準備はしなくていいの、心」


 母親のその言葉に、俺はグラスに注ぎながら答えた。


「もうしてある。着替えて出るだけだから大丈夫だよ」


 そう言いながら、ソファに向かい。

 腰を下ろしてニュースを見ながらグラスを傾けた。


「よし、こんなもんかな」


 母親はそう言って、簡単な朝食をテーブルに並べる。


「心も食べちゃいな」


 その言葉に俺は頷いて、朝食を前に椅子に座った。


 白米、味噌汁、鮭に、漬け物、それに牛乳。

 和食に牛乳ってどうなの・・・合うのか?


 俺はそう感じながらも、鮭を切り分け口に運ぶ。

 舌に当たった瞬間、程よい塩味がふわりと鼻を抜け、香ばしい匂いも後から感じる。


 美味い。

 これだよな、日本は。


 俺そのまま白米を口に入れ、咀嚼を進める。

 そうして、味噌汁で流し込んだ。


 それが異様に塩味が強い。

 味噌汁だけ追加で塩を入れたのかと思うほどしょっぱい物だった。


 俺は顔を(しか)めながらも、それをゴクリと飲み込む。


「どうかした?心」


 母親は何食わぬ顔で俺を見つめ、味噌汁を啜っていた。

 嘘をついているようには見えない。

 

 直後、母親が鮭の皿を持って立ち上がる。


「どうした?」


 俺は、それを不思議に思い問う。

 帰ってきた答えは、意外な物だった。


「鮭の味がしないから、塩振ろうかと思って」


 そう言って母親はキッチンの方に歩いて行く。

 俺はその背中を見て立ち上がった。


「待って母さん!」


「急に大きな声出して何よ」


「お、俺がやるよ。帰ってきたばかりなんだし、座ってて」


 俺はそう話しながら、自身の味噌汁の器を手に取り、母親に近づいて半ば強引に鮭の皿を奪う。


「母さんは座ってて。あとは俺がするから」


 俺はそう言いながらキッチンに向かい、味噌汁を鍋に戻して、水を入れて再度煮立たせる。


 だが、キッチンに置いた鮭を見て少し悩んだ。

 味が薄いと言っていた。別のもので濃くするのは手だが、塩分は増やせない。


 どうする?


「大丈夫?心」


「大丈夫。ちょっと完全に味を変えてもいい?」


 俺がそう話すと、母親は少し考えた後に、頷いた。


 俺はゆっくりと考え、レシピを頭の中で検索する。

 何かしら方法があるはずだ。


 俺はゆっくりと母親を見つめる。

 彼女は何食わぬ顔で味噌汁を啜りながらテレビを見ていた。


 俺はその光景にゆっくりと拳を握る。


 味覚障害・・・

 塩を増やしたりするってことは、なくなっているわけじゃない。

 おそらく感じにくいんだ。


「このキャスターさん新しい人かしら、喋りが拙いね」


 そう話しながら母親は俺を見る。


「え?俺はニュースとか見ないから、わかんないわ」


「ニュースは見たほうがいいよ」


 そんな他愛のない話をしながら、俺は母親を見つめる。

 ・・・どうする。


 母親が帰ってきての最初の壁は、これだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ