4「識る」
記憶を探る。
過去の記憶に入り込むように、鮮明に思い出そうと意識を集中させる。
それはまるで、あの時の記憶の中にいるようだった。
「母さん、何してるの?」
何かを確認する母親に、俺は背後から声をかける。
そうすると彼女は振り返り、俺の姿を確認した後、後ろにあった棚にそれを慌ただしくしまった。
「なんでもないよ、もう学校から帰ってきたんだね・・・」
苦笑いしながら話す彼女の顔を、俺は案外鮮明に覚えていた。
何を隠した?
そうだ思い返せば・・・確か、この何かを隠した日から母親は頻繁に家を空けるようになった。
あの何かが元凶か・・・
俺は当時母親が隠した棚を見つめる。
それはリビングにあって、しっかりと保管されていた。
「鳴海あの棚・・・タンスになんかあるのか?」
天見が俺を見てそう話す。
「あぁ、ある。元凶・・・原因が・・・」
俺はタンスに近づき、ゆっくりと最上段を開けた。
引っ越す前からあったタンス。
離婚後、すぐに引っ越しをした。
何かあったんだ。
俺に言えない何かが・・・なんで今まで忘れていた?
ゆっくりとタンスを開ける・・・・
「これは・・・」
そこには何もなかった。
「何もない・・・?」
俺はそう呟いて少し考える。
だが、いつまでたっても出ない答えに、横から口を出したのは熊懐だった。
「何もないのはおかしくない?タンスはもともと収納で扱うもんだし、空っぽにしてるのはおかしいよ」
そう話す熊懐は何かを考えているようだった。
「でも、何もないんじゃな・・・」
天見の言葉に、柳牛が口を開く。
「何もない・・・ね・・・」
何を考えているのだろう・・・こいつは野生の勘のようなもので、案外役に立つ。
普通は思いつかない策を、手段を導き出すかもしれない。
俺は柳牛の頭に期待しつつ、返答を待った。
そして数秒後・・・柳牛はゆっくりと話し出す。
「全部持って行って隠した・・・?違う・・・それなら収納として使うもんなぁ・・・俺ならそうする。・・・なら・・・下に何か隠してある?洋服とかをのせると、取り出すときにめんどくさいから、あらかじめなしにして・・・」
俺はその言葉に、タンスのひきだしの板を撫でる。
「そんな殺し屋みたいなことしてるわけないよな・・・」
そう感じながら、俺はゆっくりと優しく板を撫でた。
瞬間、妙にガタつく一部を発見する。
なんだこれは。
「・・・見つけたけど・・・これは爪も引っ掛からないな・・・なんか特別な工具が必要なのか?」
俺はそう話すと、みんながわらわらと集まってくる。
まるで砂糖に群がる蟻だ。
「あー・・・確かにこれは爪はいらないわ・・・」
そう話す熊懐の横で、天見が眉を歪める。
「押せない?ほら、ボタン電池取り外すみたいに」
「なるほどな」
天見の提案で俺はガタつく場所の角を指で押すと、反対側の角が少し浮き、爪をかけることができた。
「ビンゴだな。天見は相変わらず冴えてる」
「それほどでもないよ」
俺の誉め言葉に、天見は少し照れくさそうに話す。
表情はほぼ変わらないが、声が少しばかり弾んでいた。
俺はニヤリと笑い、その板をゆっくりと外すと、案外普通の物が出てきた。
「通帳と・・・いくつかの現金・・・だけ・・・?」
俺はそう呟きながら記憶を探る。
何か見落としてる?
何だろう・・・
本当にこれだけ?
あっさり終わるぞ。
俺は母親が隠したそれに、少々がっかりしていた。
なぜそんな物を隠したのか、なぜ隠さなくてはいけなかったのか・・・
俺には分からなかった。
何をしたいのか、何を隠したいのか・・・何を隠していたのか、俺には分からない。
少し考えていると、柳牛が話し始める。
「とりあえず、通帳を見てみれば?」
その言葉に、俺はとりあえず頷いて、通帳を開いた。
「どんな感じ?」
背後でそう話す柳牛の言葉を聞き流しながら、無数の数字を追いかけ、末端の数字に目をやる。
「・・・二千四百万・・・?」
なんだこの桁は・・・
恐ろしい額の貯金を見て、俺は唾液を飲む。
なんだこれ、何が起きてる・・・
母親はどこかの会社の社長なのか?
それは違うはずだ・・・
聞いたことがない・・・この金額は・・・どこから捻出した?
何をしているんだ・・・何をしたんだ・・・母さん・・・
直後、玄関からガチャリと音が鳴る。
俺たちはその音に視線を玄関に回し、息を呑む・・・
まだ見えない・・・玄関は一枚扉の向こう・・・
明るい光がすりガラス越しに輝き、ゆっくりと細くなって、重い扉が閉まる音が響いた。