4「抗う」
ベッドに座り、外を眺める地神を見て、俺は歯を食いしばる。
何をすればいいか、なんて声をかけるのが正解かわからない。
こんな時、何と言って他人を元気づければいいのか・・・・
俺は少し悩みながらも、自身の心に浮かんだ言葉を並べた。
「地神先生はよくやっていると思います」
そう話すと、地神はゆっくりと頭を回し、綺麗な瞳は俺を収めた。
「そう・・・でしょうか?」
地神は寂しそうに、そして悔しそうに陰りを見せる。
その瞳の焦点はずれている。
「俺が壁にぶち当たったとき、最初からずっと心配をしてくれていたのは、地神先生だけでした」
「ほかの人も心配していましたよ」
俺の言葉に、淡々と、優しく返答する地神、その表情は寂しそうで同時に諦めているようにも見えた。
「それはきっと、その人にとって何かしらのメリットがあったんです。どんなメリットかは知りえませんし、興味もないですが・・・」
俺がそう話すと、地神はゆっくり、何度も頷いた。
その景色を目に納めながら俺は言葉を紡ぐ。
「ですが、本来教師というのは、職務が終われば他人です。学校外のことは、学校に責任はないはずです。家庭の事を心配しようが、それは業務とは関係なく、おそらく給料は発生しない。地神先生が気にする必要はなかったんですよ。地神先生が俺を気にかけ、良くしてくれても、あなたにメリットがない」
俺が話したその言葉に、地神は少しばかり悲しそうな顔をして、息を吐いた。
そうして俺を見つめた瞳は、何か懐かしいものを見るような目だった。
そうして地神は話し始める。
「そう・・・ですね。これは私の身勝手で、自己満足なんです」
「どういうことですか?」
俺がそう話すと、地神は拳を握り眉を歪めた。
「存在意義・・・価値。学生の頃、私はそればかりに囚われていました。何故生きているのか、それがずっと分からなかったんです。そして行き着いた場所が、誰かに何かを与え、役に立つ・・・これを存在意義として唱えました」
俺はその言葉に頷き、地神が紡ぐ続きを待つ。
「ですが、役に立っているかどうかの確認は一人では出来ない、たった一度失敗しただけで信頼がすべて無くなるんじゃないか、立て直すのは不可能かもしれない。そんなことを考えていると、どんどんわからなくなるんです。何もできないことは役に立っていません・・・ですが、何かをするために失敗して迷惑をかけることは、役に立っているか。もしそのなにかが成功しても、迷惑をかけたと言う事実は拭えない、何を思われているか、わからない。その状況で、役に立てたと言えるか、わからないんです」
「でも、結果が残っているじゃないですか、成功した結果が・・・」
地神の言葉に、俺はそう答える。
だが、彼女の表情はより一層険しくなった。
「鳴海くんは、ゲームは好きですか?」
「まぁ、好きというか・・・かなりやります」
俺は地神の質問に首を傾げながら答えた。
その答えに少しばかりのため息を漏らし、地神は話し始める。
「魔王を倒して、世界に平和が訪れても、魔物の脅威を退けないとします。理由はなんでもいいです、結界が破壊されたとか、数が多いとか、何かしらの理由で退けないとしたとき、勇者は役に立ったのでしょうか?人々は勇者がどんな思いで戦い、傷つき、失い、魔王を討伐したのか知りません。魔王は倒されたと言っても、迫る脅威の規模が変わらない場合、何か役に立ったのでしょうか?立ったとしたら、何が変わったのでしょうか・・・」
俺はその言葉に俯き、拳を握る。
そうだ・・・
何かしら目的が達成されたとしても、脅威がなくなったのを確認できないなら、役に立てたと言えるのか?
放火魔を逮捕しても、放火された火が消されないのだとしたら、役に立った、助けたと、胸をはれるのか?
答えは、おそらく無理だ。
答えが明確にならない、いくら頑張っていても変化の見えない成果、成功に価値があるのか。
そしてそれは、自他共に成功と言えるのか・・・
ついてきた成果で、影響をみせられないなら、褒められないなら、認められないのなら、実感は、達成感はどう得ればいい?
罵詈雑言にどう耐えればいい?
悲しそうに話した地神を見て、俺は少しばかり考える。
俺も、俺が持っていた思考だ。
痛いほどわかる。
なら、何故彼女は俺を見つめ、認め、讃えたのか。
その行為に意味があったのか、心のどこかで信頼と疑いが揺らめく。
言うだけなら簡単だと。
「地神先生は、どうしてそこまで知って、考えて、それでもなお、俺の背中を押してくれたんですか?無理だと、諦めろと言ってもおかしくないじゃないですか・・・どうして・・・」
俺がそう話すと、地神は外を眺めて、陽の光に目を細める。
そうして、口を開いた。
「あなたは、私の過去に似ているんです。似ている・・・いいえ、まるでそのままのような。だから、鳴海くんを助ければ、過去の私を助け、肯定できるような気がしたんです。昔の自分に、その選択は正解だったと、背中を見せずに前に進めるような気がしたんです。誰かのためにしか生きれず、自分を蔑ろにしてきた過去を、鳴海君を前に進ませることで、笑わせられるような気がしたんです」
そう話す地神は泣きそうで、苦しそうだった。
人間は、見えない未来に歩みを進める。
結果として成功だったとしても、それが正しい選択かどうかはわからない。
正しい選択だと気づく頃には、自身を貶め、傷を作り、さらに深く刃を突き刺した後・・・その頃には、自身の手だけで刃を引き抜くことはできない。
地神は窓の外を見つめる。
認める・・・そうだな。
簡単に認められない・・・行いが、選択が正しいとしても、やり方を認められなかったら、俺はきっと立ち止まる。
地神も一緒だ。
そして、俺も一緒だ。
だから、俺は・・・彼女が欲しい言葉を与えられる。
俺はゆっくりと深呼吸をする。
「地神先生」
静かな病室で、彼女の名前が響く。
地神は俺の言葉に、ゆっくりと振り返り俺を見つめる。
「地神先生は、俺の背中を押してくれました。少なくとも、俺の人生を鮮やかにしてくれた一人です。役に立っていないなんて言わないでください。俺が救われれば、俺の周りの人間だって救われます。それに・・・」
「それに・・・?」
俺の言葉が止まると、地神は俺の顔を見つめ、首を傾げる。
「生徒も、学校外では教師と話したくありません。俺が捻くれてるだけかもしれませんが・・・だから。そんな俺が言います。地神先生がなにをしたか、なにを認められないか、俺にはわかりません、ですが、俺が学校外でこうして見舞いに来てることが、あなたが行ったものの結果です」
そう話すと、地神の瞳がキラリと光る。
透明な粒が頬を伝い、柔らかな布団に落ちた。
「でも・・・」
そう続けようとする地神の言葉を遮り、俺は彼女の名前を呼ぶ。
「絵梨ちゃん」
俺が地神をその名で呼ぶと、彼女は少し顔を赤め、首を傾げた。
だが、俺はそれを無視して、そのまま話す。
過去の地神 絵梨に話しかけるように。
「君の選択は間違ってなかった。誰かのために・・・その動機で動き出した君は、未来でたくさんの人を助けた。きっと、君はこれからも自分を責めるかもしれない、あの選択は間違ってなかったのか、行いは正解か、上手く役に立てているだろうか、裏でなに言われてるかわからないこの世界で、たった一人で茨の道を進んだ君は、数えきれないくらいの人を助けて、繋いでいる。だから、もう歩いていい。後ろばかり見て、自分を責めなくていい・・・もう、笑っていいんだよ」
そう話すと、地神は優しく俺に笑いかける。
「歳下のくせに・・・生意気・・・生意気だよ・・・鳴海ぃ・・・」
そう言いながら、地神は自身の顔に両手を当てて泣き出す。
溢れてて、両手に収まりきらない透明な雫が布団に無数に落ちる。
「ありがとう・・・ありがとう」
涙を拭いながら、彼女は何度もそう呟いていた。
瞬間、勢いよく病室の扉が開く。
大きな音に、俺は素早く振り返り、正体を確かめる。
地神も固まり、扉の方を見ていた。
女性が数人。
スーツの女性や、フリフリとした服に身を包んだ女性が数名いた。
そうして、地神の姿を見て泣きそうな顔になる。
「絵梨・・・なんで自殺なんてしようとしたの・・・?」
「絵梨ちゃん・・・!」
慌ただしく病室に入ってきた彼女たちは、地神の近くに走りより泣きながら話していた。
「・・・ちゃんと持ってるじゃないですか」
俺はそう呟き、椅子から立ち上がる。
廊下の方にゆっくりと歩き出し、扉を開けて、閉める。
俺は深呼吸をして、扉に向き直り、泣き声が響く病室に頭を下げた。
「また来ます」
俺は少し笑い、そう呟いて歩き出した。
廊下に響く足音に、もう一つ、軽い足音が響く。
俺は振り向き、誰もいない廊下を見つめる。
薄暗い廊下。
先程までは蛍光灯の光が照らしていたはずの廊下は、心の陰を移すように少し暗くなっているような気がした。
小さな男の子。
俺の過去はきっと、あそこで止まっている。
ずっと助けて欲しかった、ずっと。
今なら・・・今なら。
俺は前を向いて、ゆっくりと動きだす。
その背中を、ナイフのように鋭い圧が突き刺す。
それはきっと、過去からのサインなのだと、俺は深呼吸をして、拳を握った。
遅れてしまって申し訳ありません!
鬼子です!
引越しが近づいてきていて、まとめるものが多い多い。
私の準備不足にポケーッと窓の外を眺めたくなるような日々です。
引越しが終われば、また小説を進められるかなと思いますので、よろしくお願いします( ; ; )