3「問う」
俺は病室の扉の前に立ち、心を落ち着けるように深呼吸をする。
あれから数日・・・目を覚ましたと連絡があったからだ。
この数日間、授業なんてまるで頭に入らなった、ずっと・・・ずっと考えていた。
俺は扉の横に張り付けられているネームプレートを見る。
地神 絵梨の名前が刻まれ、その名前に再度ため息を漏らした。
ゆっくりと右腕を上げ、扉を叩く。
中から『はい』と声が響き、俺は扉を開けた。
「失礼します」
そこには、ベットに座ったまま、夕日に照らされる地神が居た。
俺はゆっくりと病室に入り、歩みを進める。
彼女が座るベットに、ゆっくりと・・・
「少し待ってください」
地神はそう話して、俺の動きを制止した。
俺は足を止め、彼女をただ見つめる。
沈黙・・・そこには心地の良い沈黙が流れていた。
だが、それはすぐに崩れ去る。
「・・・失礼ですが・・・どちら様ですか?」
静寂を破ったのは、地神のそんな言葉だった。
「・・・え」
俺は戸惑いながら彼女を見つめる。
どうにも嘘をついているようには見えなかった。
「・・・地神先生・・・記憶が・・・」
俺は小さくそう呟いた。
意識せずとも、声が震えていることが分かった。
瞬間、優しく地神が笑いだす。
「騙されましたね、鳴海君」
地神はそう話した。
「冗談だったのか・・・」
俺はため息を漏らし、地神を睨む。
「先生・・・病院のベッドの上でその冗談はひどいですよ」
「はは、すいません。人生で一度は言ってみたかったんです」
地神は笑いながらそう話した。
「ずっと立って話すのも疲れちゃいます。鳴海君も座ってください」
そう言われ、俺は近くの椅子を手に取り、ベッドの横に座る。
「車がないと案外遠かったんじゃないですか?」
「そこそこです」
「若いと体力が違いますもんね」
地神はそう話しながらやさしく笑う。
飛び降りた人間の表情ではなかった。
「若いというか・・・地神先生も二十五じゃないですか。あまり歳離れてないじゃないですか」
「十個違うと衰えは感じますよ?私・・・こう見えても陸上部だったんです」
そう話す地神、彼女は楽しそうに話していた。
「で、地神先生・・・何があったんですか?」
俺のその言葉に、地神の顔は険しくなる。
「地神先生が飛び降りるなんて考えられないんです。誰かに落とされたとか・・・」
俺は彼女が飛び降りるとは思わなかった。
だからこそ、何かしらの理由が・・・犯罪が絡んでいるような気がしたのだ。
だが、地神はその問いに小さく首を振った。
「いいえ、鳴海君。飛び降りは、私の意志です」
その言葉に、俺は歯を食いしばる。
「でも、死ぬつもりなんてなかったんですよね・・・?」
「運悪く・・・落下地点に花壇がありました」
地神は優しく笑ってそう話した。
その言葉は、死ぬつもりだったと・・・彼女の意志をしっかりと含んでいた。
「・・・理由を聞いてもいいですか?」
「自殺をする理由ですか?」
俺の言葉に、地神はハッキリとそう言った。
俺はそれに、何も返せなかった。
「身を投げる理由が・・・必ずしも理由があるとは限りません。いや・・・まぁ、理由はあるのですが・・・」
地神は歯切れが悪くそう話す。
俺はその言葉に首を傾げた。
「えっと・・・」
「つまり・・・理由がないことが理由です」
俺はその言葉を聞いて目を開いた。
「なんで・・・そんなことで・・・」
「そんなこと。そうですね・・・そう思うかもしれません・・・いいえ、そう思うのか、おそらく正常なのでしょう。でも、それは理解のない人間の言葉に過ぎない」
地神が話したその言葉に俺は眉を歪める。
だが、そんなことに気が付かないまま彼女は話を続けた。
「人間はどんなことでも死ぬんです・・・いいえ、正確には命を断つ理由になりえるんです」
「・・・どんなことでも?」
地神の言葉に、俺はそう話す。
この時の俺の表情は、もしかしたら哀しみに溢れていたかもしれない。
「はい、誰かと別れたとか・・・いじめられている・・・本人にとって辛いことはもちろんですが・・・人生が退屈、つまらない・・・なんかでも死ぬ理由としては十分です」
「そんな・・・」
俺が話そうとすると、地神は俺を少しばかり睨む。
「そんなこと・・・ですか?本当に・・・?」
その言葉に、俺は何も言えずに黙り込む。
そんな俺を見て、地神は優しく笑い、話を続けた。
「人間は本来、何かのために生きています。・・・趣味、好きな人、家族、何かを守るため、自身が追い求める理想のため・・・ですが、それがない人間はどうしたらいいでしょうか?」
「そんな人間、いるんですか?」
俺がそう話すと、彼女は窓の外を眺める。
「いない・・・と言いたいですが、そうも言えないのが現状です」
「・・・というと?」
「何かを手に入れるためには、何かを犠牲にしなくてはいけません。ですが、その手段に切り替えるのは生半可な覚悟ではできない。その間も、守るものは守らなくてはいけないですし、裏切られるかもしれない。そうして、自身を犠牲にした結果・・・何も見えなくなるんです」
彼女は外を眺めながらそう話す。
「ではそうならない方法は?」
「あるにはあります・・・ですが、多くの人間がそれを拒むでしょう」
地神のその言葉に、俺は首をかしげる。
そうして彼女は話を続けた。
「たった一人で生きる・・・これが最善策であり、悪手とも言えます。人間は誰かの助けを必要とする生き物です、ですが、人と関われば精神を病む、妬み、羨み、比べ、堕落する。行きつく先は逃げと救いの中間に位置する『命を断つ』という選択肢です」
その言葉に、俺は歯を食いしばる。
「でも、頑張った人はまっとうに生きる権利があるはずです」
「そうですね・・・でも、そうはいきません、世界が、人がそうさせてくれない」
地神はそう話す。
「私は・・・自分の存在意義を見失ってしまいました。もっとできると思っていました。でも、結果は失敗の連続・・・志していた道はおられ、今までの時間も無駄にさえ感じました。ですが、走ってきた道を振り返り、戻る力はありません・・・前に進む力も・・・今の私には残っていません」
「地神先生は、しっかりとやっています」
そう話すと、地神は俺を見て笑う。
その顔はひどく寂しそうだった。
「ありがとうございます。鳴海君。でも、私はそれを認められない・・・たった一人の人間の言葉で、そうだったんだと言えるほど、私は強くありません」
その言葉に、俺はまた黙り込む。
だめだ、何をかけても・・・
「認められない人間は、私は、私達は、一体・・・何に命を懸け、諭せばいいんでしょう」
地神はそう話し、視線を落とした。
陽が差し込む病室。
なんとも言えない気まずさと、滲み出る重圧が、身を包んだ。
こんにちはこんばんは、鬼子です!
とうとうエピソード100まで来ました!
終わりも見えてきて悲しいような嬉しいような。
所々、蛇足な部分もあり、退屈なエピソードもあったかと思います。
ですが、この物語から何かを読み取っていただけると嬉しいです。
もちろん、何も考えずに読んでいただいても構いません。
ここまでありがとうございます。
そして、これからもお願いいたします。
鬼子より