3 「光るもの」
俺は靴を履いていた。
つま先をトントンと地面に打ち付け、足に靴がしっかりとハマったことを確認する。
あれから俺は結喜を送り届けてから家に帰った。
特に何もなくな・・・
で、2日後。学校がある日だ。
でも、今日はたまたま高校は休み。なんちゃら記念日という奴だ。なんだっけな、高校が建った日か?
だが、中学はあるわけで、結喜を中学に送るために俺はこうして着替え、準備をしていた。
小さくて狭い倉庫から車椅子を取り出し、玄関に置いてある為、準備ができたらすぐに出れる。
瞬間、ポケットに入っているスマホが鳴る。
「はいもしもし」
俺は電話に出てそう言うと、元気な声が向こうから響く。
「あ、ここ兄ぃ?おはー。準備できたからきてよ!」
結喜の声だった。
なぜこいつは送ってもらう立場で偉そうなのだろうか。
まぁ・・・いいか。
車椅子を持ち上げ、玄関を開ける。
さぁ、1日が始まるぞ。
ピンポーンとインターホンの音がなる。
なぜか、知り合いの家でもインターホンを鳴らす時は少し緊張するな。
すると、中からガタガタの何やら音がする。
靴を履くのに手こずっているのだろうか。
準備ができたとは、一体なんだったんだろう。
突然扉が開き、黒髪の少女が倒れ込んでくる。
「・・・は?」
俺の目の前は影が出来ていた。
いや、影に包まれていた。結喜と言う名の少女の影に。
俺は咄嗟に腕を出し、柔らかくも軽い体を受け止める。
ふわりといい匂いがして、鼻に触れる長い髪がくすぐったい。
それと同時に、俺の背骨は軋んでいた。
「お、重い・・・」
「ふーん・・・ここ兄ぃ。知ってる?人間の体って力を入れるか、抜くかするとさらに重くなるんだって」
「うはぁ!すごい軽くなった!羽みたいだぜ」
そういうと不思議と少しだけ軽くなった気がした。
これがプラシーボ効果か、あれ、プラセボだっけ?
どっちもか。
そういうと結喜は優しく笑って俺の体からゆっくりと降りる。
「それ、早く乗れよ。ただでさえ時間がかかるんだ。遅れたら洒落にならん」
「だから少し早く出るんじゃん」
「あ、ソウダッター」
チッ!
適当に言ってみたことも全部返してきやがる!
そんな話をしながら展開した車椅子に、彼女を乗せて歩きだす。
学校までの道のりは長くはない。
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それから十数分、学校近くの道を歩く。
長い道だったような、短かったような・・・
暑さを気にしながら歩いているせいか、たった数分、数十分でもかなりの時間歩いたのではないかと錯覚してしまう。
「邪魔なんだよ!」
歩いていると、校門の前に何やら人だかりが出来ていた。
「なんだ?」
「分からない」
結喜は車椅子に座りながらも先を覗こうと背筋を伸ばす。
俺の視線からは薄らと、中心にいる人物の髪が見えた。
「・・・銀髪・・・哀歌か・・・」
俺は小さく呟いた。
結喜は正体を確かめようといまだに背筋を伸ばしている。ということは、俺の声は聞こえていない。
「結喜」
俺は彼女の名前を呼ぶ。
「ん?」
「何があっても相手を下げるな。やる理由は、やっていい理由にはならない。 そういうのは、俺がやる」
ガラガラと車椅子を押しながら人だかりに近づいていく。
「ちょっといいか?」
ガヤガヤと騒がしく、俺の声は届いていない。
まぁ声を張り上げてないから仕方ないな。
そんな時、集団にいる中の1人が銀髪の少女を突き倒した。
「邪魔なんだよ、学校くんなよ!みんな迷惑してる!」
男子生徒が1人そう叫んだ。
結喜は事故で足を失くした、以前の友達もいた事が救いになりイジメを避けれていた。
だが、哀歌はどうだろう。
転校してきたばかりで、助け舟は出せない。
周りは見て見ぬふりの傍観者・・・
いじめる方も、いじめられる方も、見て見ぬふりをする傍観者もテンプレートと化している。
「おい、その辺に・・・」
俺が声をかけようとした瞬間、誰かが哀歌の前にたち守っているのが見えた。
あれは・・・
「風切か・・・」
風切未来、結喜と買い物に行った際に服屋で偶然会った少年だ。
「お前ら、弱いものいじめて恥ずかしくないのかよ!」
「弱いもの?弱い方が悪いだろ!いじめられる方にも原因がある!」
よく言った風切・・・だが、お前の失敗は『弱いもの』と言ったことだ。
そして主犯よ。いじめられる方に原因があることはない。絶対だ。
もし原因があると、断固として意見を曲げないのなら、それは自身がいじめるための口実を正当化しているにすぎない。
人は皆、誰かの上に立ち、他者を見下すことでしか自身の優位性、豊かさを認識できない。
「ここ兄ぃ・・・どうするの?」
結喜が不安そうに俺を見上げる。
俺はため息を漏らし、頭を掻いた。
「少し離れてろ。俺は部外者だから顔は割れてない。俺に何かあっても、結喜を巻き添えにすることはない」
そう。俺はいつも学校の近くまで送る。
そこからは結喜1人だ。 だから、誰も俺が誰かを知らない。
たまにしか来ないから、せいぜいなんか見覚えあるなぁ・・・程度だ。だからこそ、しやすいこともある。
俺は車椅子のハンドルを離し、ゆっくりと前に出る。
「ここ兄ぃ・・・何するの?」
「多分。風切はフィジカルで相手の理論に穴を開ける。なら、俺はその奥にある理想と願望を砕く」
そう言いながら、俺は人だかりを掻い潜り、真ん中に出る。
「案外狭かったな。最近の中学生は成長が早い・・・」
「お、お兄さん・・・」
風切が俺をじっと見ている。
周りの人間も、知らない奴が出てきたせいで喧嘩が一時的にストップした。
だがそれも束の間。
すぐに再開するだろう。
だから先手を打つ。
少し深呼吸をする。
「はぁ・・・お前最低だな。自分たちがどれだけ恵まれているか理解していない。普通は当たり前じゃない。 それを理解しないだけならともかく、自身の優位性を確かめるために反撃をするはずのない人間を選んで言ってるんだろ?」
「アンタ誰だよ」
「俺が誰かなんてクソほどどうでもいいわ。今は大切な、1人の人生がかかってる話をしてんだよ」
そういうと、イジメの主犯はニヤニヤと笑う。
「で?大げさすぎだろ」
「60万・・・」
「は?」
俺の言った数字に、主犯の少年はニヤニヤしながら言った。
「日本の中高のいじめ総数だよ。そのうちの20万が自殺してる。 これでも大袈裟か?」
「そうだ。イジメはイジメなんて軽いもんで済まされない! 立派な犯罪だ!」
俺に合わせるように風切がそう言った。
「母ちゃんが言ってた。言葉は刃、一度抜けばもう二度と鞘には戻ることのない、他者を守り、他者を殺す武器だって、全員が持ってるからこそ、扱い方を熟知しないといけないって」
風切がそう話す。
いいこと言うじゃん。
「それに、彼女だって望んでそうなったわけじゃない!」
「でも迷惑かけてるだろ!」
風切の言葉に、主犯の少年が吠えた。
それを否定できなかった。
正直、迷惑じゃないと言ってしまえばいいが・・・
それではきっと哀歌に気を遣わせてしまう。
そう感じたのだろう。
ここは俺が・・・
「なら、お前は迷惑かけたことないわけだ? 部屋の掃除は自分でしてるか?お前が壊した物は自分で直してるのか、そりゃ偉いな。 成績優秀? 残念。 このことが母親に知られたら、親に迷惑かけちまうな?」
俺は相手を睨み、ニヤリとしながら言った。
すると、野次馬が続々と集まってくる。
その中には多数の女子がいた。
主犯の少年。 正直言うとかなりイケメンだ。
そして哀歌、負けずに美少女だ。だからこそ、女子は彼女をここで潰したいはずだ。
「でも、迷惑かけてるのは本当ですよ? 目が見えないから授業は止まるし、移動教室の際は1人ではいけない。 必ず誰かに迷惑をかけてます」
と、女子の1人が丁寧にそう言った。
「でも!原因があるからっていじめていい理由にはならない!」
「ナイス風切。 そうだ。いじめる原因は、いじめていい原因にはならないぞ、お前らの心の未熟さが問題だ」
すると、女子がガヤガヤと話し始めた。
一斉に話すもんだからよく分からない。
「うるせぇよ!」
風切がそう言った。
その強く出た言葉に、俺も少し驚く。
「男なら、女の子を守るもんじゃないのかよ!」
風切は強く、そう叫んだ。
だが、違う。それは理想で、現実じゃない。
本当の世界はそんな美談ではない。
これ以上はやっていられない。
そう思った俺は、ため息を漏らし口を開いた。
「おい、女子ども。その主犯の少年がそんなに好きか?恋愛感情を持っているんだろ? だから庇う」
すると、女子の数人が顔を赤らめた。
ビンゴ。これなら、あの技が通じる。
「なら教えてやる。 もしお前らがそいつと結婚して、何かしらの縁があって子供を授かったとしよう、産まれてきた子供に何かしらの障がいがあった場合、そこの少年はお前らを簡単に切り捨てるぞ」
すると、少年に視線が集まる。
「そんなの・・・ありえない!」
オドオドと震えた声で少年が答えた。
「早く結婚して、早く産めば・・・」
「違うな。まずそんなに早く結婚出来るか分からない。それに、経済の関係もあるしな。 で、今の言葉から察するに、高齢出産の話だろう? 確かに高齢出産では産まれてくる胎児に何かしらの病気や障がいを抱えている場合が高い・・・」
「そう、それだ!」
主犯の少年は刺す場所を見つけたとばかりに表情が明るくなる。
だが、残念だな。その反応が崩れるのが悲しいよ。
「でも確率の話だ。0%が30%、40%になるんじゃない。20%がさらにあがるって話だ。 最初は0%なんてありえないんだよ。 それに知ってるか? 何かしらのハンディキャップを背負う割合は4人に1人だそうだ。案外多いだろ? だから再度聞いてやる。この確率を、今後ずっと回避出来るとでも?」
そう話すと、主犯の少年が泣きそうになる。
「周りにはそんなにいないじゃないかって・・・そう思うか?そりゃそうだ。 障がいを持つ子は基本的にそういう子達があつまる支援学校に行く、送迎は車、俺たちは登下校中、その車が横を通ることさえ知らない。 最近では車に施設や事業所の名前があるが、ない車だって少なくはない。 常に近くにいるんだよ」
そう話すと、勝ち目がないと思ったのか、少年は座り込む。
緊張が解けたか・・・
「良かったよ、お前が馬鹿じゃなくて。 馬鹿だったら、今の話は一つも通じない」
「何してるんだお前達!もうすぐで授業始まるぞ!」
そう話していると、校舎の方から教師が走ってくる。
「ヤベ、俺は逃げるわ!」
そう言って俺は走り出す。
これで、多少は懲りただろう。
結喜も、哀歌も、こんな中でも助けてもらえると、風切に希望を抱いたはずだ。
特に目が見えずに真っ暗な世界で生きている哀歌にとっては・・・風切の存在はより強く光る希望になったはずだ。