三日月の贈り物
星のない空に張りつく三日月を指して、女は言った。
「あたし、三日月ってキラヒッ!」
「は?」
ゆらゆらと揺れる瞳が忌々しそうに天を睨む。……酒を飲んだこいつは苦手だ。いつも以上にその言動が分からなくなる。
「だって、あいつホントは、まん丸だかんね!なのに隠して、これで全部ですけど何か?的な顔ひてんだよ!どう思う!?」
「……三日月じゃなくても、そうなのでは」
「半月はイイよ!なんか可愛いから!でも三日月はラメッ、あれは完全に人をバカにひてる!!」
怒りのような、憤りのような色を浮かべながら女は尚も喚き続ける。はたから見れば取るに足らない戯言だ。しかし、なぜか胸が疼いた。その理由が分からず戸惑っていると、ふいに掠れた声がした。
「なぁーんか涼しー顔しちゃってさ、大事なトコなんも見せてくんなくて……へんっ、バカかっつーの!あっ、バカなんだな!バーカ!バーカ!」
「……」
「ほら、あんたも一緒にぃ!バーカ!バー」
「俺は、全部見えなくなればいいと思う」
「え?」
薄茶色の目が丸くなる。言わなくていい、言う必要ない――頭ではそう思うのに、一度開いてしまった口はもう閉じなかった。
「いずれ見えなくなるなら、最初からなくていい」
「……」
「そう思う」
さわっ
……
夜の風が女と俺の間を抜けていく。ああ、今日はやけに冷える。陽のある頃はあんなに暖かかったのに、まるで全てが嘘のようだ。
「なるほどね」
「え?」
聞き慣れた凛とした響きに、俺は思わず顔を上げた。
「いや、分からなくもないよ。……あはっ、ってゆうか何かそれって」
「……」
「あんたらしくて面白いっ!」
暗い夜に昼間のような笑い声が木霊する。……不思議な音だ。胸の痛みも、縮んだ体も、瞬く間にほどけていく。
なぜ女が楽しそうなのか、俺には分からない。
ただ三日月のことだけは、この先も忘れない気がした。
完結済み長編小説「ライフ」の登場人物、ゴデチアとサラーフの過去のお話として書きました。読んで頂いてありがとうございました。