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第126話 それは今更な宣戦布告

 敵の中継基地が50光年先にあるとは言うものの、光年単位の誤差修正は途方もない距離になる。ではどのようにして位置を特定するのか。サラッサ星人がシュバッケンを、そして地球という星、太陽系を見つけたのはかつての人類の痕跡を辿ると言う地道な作業を行ったわけだが、帝国側がそれをやっている暇はない。

 

 さらにこの宙域は敵の支配領域。下手に進軍をすれば罠にかかる可能性も大きい。

 しかし、逆を言えば自分たちが動けば、敵は防衛行動に出なくてはならない。形はどうあれ、サラッサ側は侵攻を受けている。

 帝国は大艦隊を引き連れている。敵とて、それをみすみす見逃すわけにはいかないはずだ。


 攻める側は確かに敵の動きに注意を向ける必要があるが、同時に強気に出なければいけない時もある。そしてしたたかでなくてはならない。

 攻めると言うのはただ無暗に武器を構えて前進すればいいというものではない。

 帝国艦隊がとった行動は単純明快。10光年の距離を徐々に進むというもの。当然それは敵の出方を警戒しているのもあるが、帝国艦隊はその際に多少の訓練行動を行う。

 敵陣地のど真ん中で戦力を展開するというのはわかりやすい挑発行為だ。


 当然、索敵も実施しながらわざと全方位に向けて電波などを発信する。

 自分たちは今ここにいる、とわざと知らせるのである。その上で訓練を実施し、いつでも動けるように部隊を展開する。


「良いな。焦るな。訓練を続け、徹底的にこの空気に慣れるのだ」


 艦隊司令のシュワルネイツィアは口を酸っぱくしながら、それを徹底させた。

 同時に彼としても燃料を無駄に使う事の恐れもある。訓練だけではなく、宇宙空間に浮かんでいるだけでも戦艦というものは資源を消費する。

 乗り込んでいるのは人間なのだから食事を摂らねばならない。節水をする事もあるし、小さいながらも消費電力を最小限に抑えるなども行う。

 これは言ってしまえば我慢比べなのだ。


「最悪、我々は一旦後退すればいい。補給艦隊と合流し、再度この宙域へと進出する。その動き自体も敵にとってみれば鬱陶しく見えるだろう。とはいえ、そう何度も同じことを続けるわけにもいかんのだがな」


 そのような事は出来ても一回が限度だ。

 そうなってしまうと、最終手段に出る必要がある。


(あの小娘の無人艦隊に頼ると言うのは、少し癪だがな)


 シュワルネイツィアは右舷を固める第六艦隊の姿を、自身のサブモニターに映した。

 構成員の殆どが若い兵士。それなりに年かさの兵士もいるようだが、それでも若い艦隊であることに違いはない。

 訓練の様子は至って良好。腐っても実戦を経験したいっぱしの兵士であることは認めなければいけない。


 そして人的被害を考えなくてもいい無人艦隊という強みもある。

 最悪、無人艦隊だけを先行させ、調査という事も可能だが、それで必要な時に戦力が足りませんとなる事は避けたい。

 人が乗っていないから雑に使っても良いというわけではない。無人だからこそ、使いどころを間違えてはいけないのだ。


(しかし……このような混成艦隊で、どこまでやれるのか。熱に浮かされた一時の流行りというわけにもいくまいが……しかし事実としてエイリアンは人類を狙っている。放置するわけにもいかんだろうが……)


 訓練を実施するのは敵の挑発だけではない。

 他艦隊との連携を密にする必要性がある。互いが勝手な事をするわけにもいかないし、猪突するような事があればそれで艦隊陣形は崩れ、そこを狙われれば一環の終わりだ。

 シュワルネイツィアは知る由もないが、彼の懸念は奇しくも前世界におけるリリアンの失態そのものである。


 前世界の失敗はリリアン個人の行動もあるが、そもそもとして敵を待ち構えて、迎え撃つという選択を取った事もまた原因なのだ。

 そして兵士の質……こればかりはやりながら鍛えるしかない。その為に自分たちも前線に出ているのだから。


***


 そのような訓練は三日間に及んだ。

 それでも敵の動きはまだ見えない。若干の焦りというものが艦隊にも広がっていた。それを律するのもまた司令官たちの役割である。時には多少の娯楽を許可する事もあるし、敢えて激しい訓練を課す事もある。

 同じ行動をただ続けるだけというのは悪いストレスを与えてしまうから。


「ふーむ。普段の任務なら何も起きない事を願うばかりだけど、今に限っては何か起きて欲しいと願うのは我儘かしらね」


 艦長席に座るリリアンとしても、何も起きなさすぎるのは少々手持ち無沙汰である。かといってボトルシップを作ったり編み物をするわけにもいかない。

 しかし、艦長席にずっと座っているとお尻が痛くなるしで、よくない事ばかりだ。


「いつか見たいに皇妹殿下が乗っているとか虚偽情報でも流してみます?」


 デボネアもそれが意味のない事だと理解した上での発言である。


「あちらにファンがいれば殺到するかもね」


 一方でミレイはじっと航路調整と星図の確認を行っていた。

 しかし、ほとんど同じものを眺めているだけなので、ミレイとしても次第にやる事が無くなってくる。

 だから、他にちょっかいをかけてしまう。


「ステラ、何か思いつかないの?」

「え!?」


 この航海が始まってから、少し口数の少ないステラ。

 ミレイとしても、原因がそれなりにわかっているので、あえて突っ込んだりはしないが、ステラのひらめきに期待するあまり、ついに沈黙を破った形となる。

 一方のステラも自分が担当する無人艦隊の状態確認に没頭していた為、突然の話題に驚いてしまう。


「あぁ、えぇと……無人艦隊を先行させるのはまだダメだって言われてますし……うーん……のんびりするしかないんじゃないでしょうか」


 実際、それ以外に方法はない。

 ステラにしても、この作戦は理にかなっているし、それ以外の方法は危険も大きい。


「相手がどうしても動かないといけない状況を作り出すにしても、ちょっかいをかける相手がどこにいるのかも分からないのでは手も足も出ません」

「そっか……なんか動けないのって嫌な気分ね」

「……一つだけ、やれる事がなくもないですよ」


 それを言うステラの声は少し、小さかった。

 ちらりとゲスト席に座るフリムの方を見る。


「何よ、もったいぶらずに教えてよ」


 ミレイがせっつくとステラはまた困った様な表情を浮かべてしまう。


「こ、効果があるか保証できませんし、危険であることに変わりはないんです……ただ、敵がやって欲しくない事は何かなと考えたんです。それ自体はいくつも思いつくものなのですけど、その中から実行可能なものを選ぶと……」


 ステラはそう言いながら、ちらちらとフリムの方を見る。

 そんな彼女の態度にミレイはおろか、当のフリムだって気が付くし、リリアンたちだって何をやっているのだろうと思うわけである。


「ははーん。わかったぜ」


 そんな空気を察してか、それとも空気を読まずにか、コーウェンがパチンと指を鳴らして、得意気な表情で語りだす。


「フィオーネ様が言っていた敵にポルノムービーを流し込むって奴だな!」

「違います」


 ステラは即答だった。


「あんたちょっと黙ってて」


 ミレイも鋭い視線を向けてコーウェンを下がらせる。


「なんだよ、挑発って意味では結構真面目に……」

「では私が代わりに説明しましょう」


 音頭を取ったのはニーチェである。

 話が一向に進まないと判断したのか、ニーチェは艦橋のメインモニターに己のアイコンを表示させた。


「ちょっとニーチェ!」

「ステラ中尉の作戦は至ってシンプル。そして艦隊にとっても無駄な資源を使う必要がなく、相手の出方を伺うという意味においては実行してもさほど問題はない。効果があってもなくて構わない。どっちに転ぼうとも我々に損はないものです」

「そうじゃなくて、損得の話じゃなくてね」

「ステラ中尉がおっしゃりたいのは特定個人の名誉の話です。しかし、この現状においてはさほど考慮するべきものではないでしょう。それに大したダメージになるとも思えません。むしろ効果的──」

「ニーチェ!」


 ステラが大声を出して立ち上がると、ニーチェも発言をいったん止める。

 しかし、次の瞬間には球体型の端末が稼働して、ステラにカメラを向けた。


「ステラ。私はあなたの作戦を無駄とは思いません。何かしら効果を発揮すると思い、進言します」

「いいわ、聞かせて」


 ニーチェに続くように作戦内容の詳細を聞こうとしているのはフリムだ。


「大方、私に関わる事でしょ?」

「それは……」

「遠慮しなくても良いわ。なんの因果か、私やリヒャルトは協力することを条件にここにいる。何かしておかないと存在意義がない」


 フリムはそこでようやく小さくほほ笑んだ。


「何年、あなたの隣にいたと思ってるの。あなたが余計な事を考えてる時の顔ぐらいすぐにわかるわ」

「フリム……でも、これは……」

「あなたはもう一人で歩けるんでしょう」


 その言葉は自分がフリムに言ったものだ。

 突き返されると、思う所は出てくる。

 そして、場を取り仕切るべくリリアンも発言をする。


「何か提案があるのなら今のうちにしておくべきね。ただでさえ、私たちは勝手な行動を取ると思われてる節があるのだから」


 大本が独立艦隊であるせいか、第六艦隊の行動理念も半ばそれに近い。

 しかし、今は大艦隊の一部である。かつてのような過ちを繰り返すわけにもいかない。

 さりとて、何もしないというわけでもない。

 でしゃばるつもりはないが、でしゃばってしまうのはもう運命だと受け入れるしかないのだ。

 そんなリリアンに促されるように、ステラは大きく深呼吸を繰り返した。


「……可能性の話です。相手は、サラッサ星人だけではありません。使役された人類もいるのであれば、中継基地のような大きな拠点にも必ず利用されるはずです」


 施設運営はとにかく人手がかかる。

 クローンを利用しない手はない。


「効果があるかどうかはわかりません。しかし、私たちは一つ肝心な事をやっていません」

「肝心な事?」


 尋ねたのはヴァンであった。

 ステラは小さく頷き、そして……


「宣戦布告です。私たちはなし崩し的に戦いになりました。その殆どが遭遇戦。帝国は捕らえられた人類の救出を掲げましたが、敵にはその旨を伝えていない。だから、フリムやリヒャルトさんから呼びかけるんです。敵に、そしてそこにいる人類に。私たちが助けにきたと」


 彼女の言葉に多くの者が驚愕した。


「ですが、これは非常に危険です。相手が……利用している人類のクローンを抹殺するかもしれない……ですが、刺激を与える事は可能だと思います。今から帝国がそちらを攻撃する理由。そして彼らが対抗しなければいけない理由を明確に伝えるのです。文句があるなら、かかってこいと」


 かつて使役し、奴隷として扱っていた裏切り者からの宣戦布告。

 それは確かに、最大の挑発行為であった。

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