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第1話 リリアン・ルゾール提督:七十九歳

ネタかぶりしてるけど気にしない

 地球帝国109番パトロール隊はその名の如く、艦隊を構成するのはパトロール艇と呼ばれる駆逐艦の足元にすら及ばない張りぼての帆船のようなものばかり。大きさも宇宙船の中では小型も良いところの一〇〇メートル級のみ。武装も小型の単装重粒子砲が三つあれば贅沢、一つあれば十分と言ったところで、主武装は艦首の宇宙魚雷が三基、弾数は雀の涙ほどといったところか。

 そもそもは栄えある地球帝国の軌道衛星上でのみ活動するはずのこのちんけなパトロール艇は、既に地球から1000光年も離れた【最前線】にいる。

 異常な事である。

 その中でたった一隻だけ、異質なものがある。五〇〇メートル級の重巡洋艦・アトロポスである。重巡洋艦などというが、実際は旧式も良いところで褒める点があるとすればかつては地球帝国の正式採用巡洋艦と同型だったというだけであろうか。


 この部隊を率いるリリアン・ルゾール少将は七十九歳。軍士官学校エリートコースを卒業後、【安全】なパトロール隊を率いて従軍。その後、親のコネと一応の才能を認められ、若くして出世、艦長職に就き、提督に上り詰め六十年も艦隊を預かっている。

 従軍六十年のベテランと言えば聞こえはいいが、大型戦艦で構成される大艦隊を率いたのは過去一回のみ。それ以降は前線から外され、六十年もの間、古びた巡洋艦を一隻与えられ、意味のない宙域をぐるぐると回るだけのパトロール部隊に置かれていた。つまり左遷である。


 本来であれば、貴重な人材と旧式とはいえ巡洋艦をそんな無駄な事に使う事すら勿体ないのであるが、リリアンを戦場に連れていく事自体が不吉なものとして地球帝国軍内では共通の認識となっていた。

 なぜならば、彼女は栄光の地球帝国艦隊を一夜にして壊滅させた原因だから。

 さらにはおめおめと生き残った恥ずべき女であるからだ。

 そんな女に、巡洋艦を一隻与えるだけでも贅沢だった。

 それでも、リリアンは艦にしがみついた。

 なぜなら、そこ以外に自分の居場所はなかったからだ。

 否、地球帝国という社会に彼女を受け入れようとする場所など存在しない。

 唯一は、この寂れた巡洋艦の中だけ。それは彼女の檻であり、家であり、彼女自身でもある。そこから一歩も外に出ることを許されない墓標ともいえる。


 リリアンはアトロポスの艦橋に深く腰を沈めて、陣形だけは一丁前なアトロポス艦隊の全容をメインモニターに表示された3D再現図を眺める。

 単横陣形という古来より続く動きを、とりあえずパトロール船でやってはみるものの、なんとも頼りない姿だ。

 今いる艦船でこの陣形が全く意味をなさないものであることを誰もが知っている。

 だがこれしかできない。こちらにはまともなシールド艦なんてないし、敵である馬頭星雲艦隊の重粒子砲を受ければ巡洋艦のシールドなんて三発も防げれば十分といった所だろう。


「なんとも壮烈だねぇ。たかが十数隻の艦隊を相手に、あっちは三百隻だ」


 リリアンは自身の眼前に表示されたヴィジョンを目にしながら、状況の最悪さを鼻で笑った。

 かつては麗しき美貌と呼ばれたリリアンは七十九になり、齢と皺を重ねたその姿は覇気もなく、暗がりに引きこもる魔女のようであった。本人もそれを自覚しているのか、化粧もしなくなったし、髪型を整えることさえもしなくなった。

 自慢だったブロンドピンクの髪は色を失い、白髪と化しているのもまた彼女を魔女と言わしめるに十分だった。

 日光に当たらない為か、肌は白く、薄暗い照明のせいで青白くも見える。

 六十年前のあの日から。自分の我儘と失敗により全てを失ったあの日から。

 リリアンの時間は止まったままだった。


「艦長。あなたとはどれだけの付き合いだったかしらね」


 艦隊の差は歴然。

 当然、まともな戦闘が出来るわけもない。ようは捨て駒である。

 現在、地球帝国は未曾有の危機に瀕している。六十年前、リリアンによって引き起こされた大敗以前から、戦力も人材も枯渇気味であるが、ここにいるのは消えても問題ないモノばかりだ。


「二週間です。提督」


 艦長と呼ばれた壮年の男はおっくう気味に答えた。

 そうか、うちの艦長は定期的に交代するのであった。それが当たり前になってからは艦長という役職を個人で捉える事はなくなり、記号として認識するだけだった。

 どうしてそんなことを聞いたのか自分でもわからないが、何か会話でもしたい気分だったという事にしておこう。

 もしかすると前任の艦長にも同じことを聞いたかもしれない。


「そうか。逃げないのかい?」

「逃げても銃殺刑ですよ」

「ふぅん。お優しいステラ宇宙帝国外周軌道艦隊司令官はそんな事しないと思うがね?」

「周りはそうではありません。特に、あなたの部隊に配属される人間は周りから憎まれていますから」


 そう言えばそうだった。

 ここは使い潰したい、処理したい人材を放り込む場所だった。

 無意味な行為を延々と続けていれば発狂するか、やる気を失いどこかへ忽然と消える。そんな場所だ。リリアンもそれを止める事はしない。

 人材が枯渇しているというのに人材を処理する場所。なんとも矛盾した状況だ。

 だがそれも仕方ないのかもしれない。栄光の地球帝国は敗戦濃厚になってからは政治も乱れ、恐るべき独裁国家となった。

 あらゆる資源は戦争に費やされ、反対を訴えれば最前線送り。

 そんな無茶がまかり通ってしまう程に。


「あんたは何をやったのさ」

「何もしませんでした。だからここにいます。どうせ負けますから」

「そりゃあいい。艦隊の指揮経験は?」

「あるわけないでしょう。今や帝国宇宙艦隊は無人機が主流です。ですが、艦隊指揮をやってみたかったので、ここにいます。どうせ負けるので」


 艦長はあくびをしながら答えた。

 もうじき。あと二時間もすれば敵艦隊と接敵するというのに、この具合だ。

 そうとう仕事が出来なかったのだろう。もしくは、全てに諦めているから自殺願望込みでここにやってきたのか。


「じゃあ艦隊指揮は任せる。どうせ私らは逃げられんよ。好きにやりなさい。えぇと」

「クインシーです。ザバト・クインシーであります」

「ではキャプテンクインシー。指揮を」

「イエス・マム。それでは」


 艦長はキャップを被りなおすような仕草をしてみせた。


「艦長といえばこれです」


 そんな意味不明なことを言って。

 そして二時間後。結果は言うまでもない。接敵した瞬間、パトロール艇は全滅。重巡洋艦のアトロポスはその巨体故にある程度は持ちこたえていたが、シールドなんてものは既に喪失している。

 さらに言えば、艦隊指揮を執ると言っていた艦長はアトロポスが被弾した瞬間、はじけ飛んだコンソールの直撃を受けてそのまま死んだ。

 接敵して五分の出来事だった。

 結局、リリアンがそれとなく指揮という名の砲撃命令を繰り出すだけだった。

 それもおしまいだ。もう主砲も言う事を聞かないしブリッジでまともに動ける者もいない。


「ようやく」


 無傷の敵艦隊の砲塔がアトロポスに向けられていた。

 今までさんざんいたぶるように遊んでいたが、飽きたらしい。


「ようやく私の罪が清算される」


 重粒子の光を眺めながら、リリアンは呟いた。


「あぁ、でも。船は、楽しかった」


 刹那。リリアンは重粒子の中に消えた。

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― 新着の感想 ―
導入からすげえ。引き込まれました。
[良い点] 面白い。 スペースオペラと、永遠の戦争のために自国民に対する残虐行為に発展する衰退する帝国は、探究すべき素晴らしいテーマです。 あなたのスキルが不足していることが判明して災害が起こる前に、…
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