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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

境界線

作者: 小城

 この物語は、フィクションであり、実在の人物、団体、事件等とは、一切、関係ありません。

 道祖神のある村の境界に、一人の童が座っている。童は、道祖神である石仏の傍らの石の上に腰掛けて、ひたすらに、宙を眺めていた。

「南無阿弥陀仏……。」

 旅人は、童に関心はない。ただ、彼らの道中の安寧を祈念して、石仏に合掌して行く。しかし、まるで、その姿は、石仏の隣にいる童をも、合掌の対象としているような光景であった。

「そこな童。ちと、物を尋ねる。容赦せい。」

 そのような中で、ある一人の旅人は、石仏に関心を寄せることなく、童に関心を寄せた。それは、両鎌の付いた槍を携えた旅人であった。

「この近くで、はやし井之進せいのしんと名乗る者を見たことはないか。あいや、もしや、あの者は、名を変えていることであろう。片耳のない痘痕あばたのある顔の者だ。」

 男は武士であろう。探している相手も武士であろう。ただ、その林という男が、この槍持ちの男にとって、どのような者なのかは推測し得ない。然れど、この男が、林の姓名と特徴を語ったとき、言葉に若干の悪意と憎しみの欠片を読み取ることができたならば、この男にとって、林井之進は、女房を殺した仇であるということに気が付けたかもしれない。

「ああ。知らぬか。知らぬならば良いとも。ただ、俺は、彼奴を地の果て地獄の果てまでも追い掛けて、その素っ首を刎ねて、女房の墓前に供えるまでは、彼奴がどこにいようとも、追い掛け、追い詰めて、殺すだけだから。」

 槍持ちの男は、一遍に、林に対する己の憎悪と決意を述べた。しかし、それで、男の憎悪が消え去るべくもなく、男は、己の語った言葉通り、林を地の果て地獄の果てまでも、追い掛けていくのであろう。

「ああ、すまぬ、すまぬ。おぬしのような年端もいかぬ童に、何ということを、俺は申したのであろうか。あいや、すまぬ。俺の言ったことは、忘れてくれ。その代わりに、おぬしには、これをやろうとも。先の村でもらった握り飯だ。これを、お前にやろう。すまぬ。すまぬ。」

 男は握り飯を、童の前に置いて去って行った。残ったのは童一人だけである。握り飯を前にして、再び、童は、宙を眺めるだけの存在となった。


「おう。そこの小僧。この道中を、両鎌の槍を携えた髭の男がやって来なかったか?」

 童の前に、背中に長刀を背負った厳つい男がやって来た。その男の片耳はなく、顔全体に痘痕がある男であった。

「知らぬか。まあ良い。後を追って行けば、いずれ会おう。」

 恐らく、その男は、林井之進であろう。しかし、何故か、林は、先の男から逃げる訳でもなく、逆に男を追い掛けている様子であった。童の前を、林が去って行くと、残った童は、また、宙を仰ぎ見るだけであった。


 時が過ぎ、道祖神と童の前には、再び、あの両鎌の槍を携えた男がいた。だが、今、男には、童のことを見る暇などはなかったのであろう。童の前で、男は、背負っていた荷物を脱ぎ捨てると、さっと槍の穂先に被せてあった袋をその場の地面に投げ捨てていた。

「待て。逃げるな。左馬之助。尋常に勝負せい。」

「誰が逃げるか。井之進。ここで会うたが、地獄の入口よ。」

「おのれ、この下種め。貴様の講釈など聞きとうもない。我が恋人お染殿の仇。覚悟せよ。」

「何を申すか。俺の女房を手練手管で拐かし、弄んだ咎。忘れたとは言わせぬぞ。」

「黙れ。畜生め。嫉妬の上、お染殿の胸倉を、その槍の穂先で突き殺したのは、誰であろうか。正真正銘、貴様であろう。」

「まだ、抜かすか悪党め。おのれの身の上を守ろうと、人の女房を楯にした木っ端野郎め。畜生にも劣る獣よ。」

「ええい。貴様の言葉など、胸糞悪いわ。埒が明かぬ。いざ、勝負、勝負。」

「やれ。受けて立とう。さあさあ、その首、刎ねてくれるわ。」

 二人は得物を構え、打ち合いに及んだ。すぐさま、辺りには、野次馬が集まり、本来、静かな村の境界は、喧騒を極めた祭り屋台の周辺のように一変した。


 然れど、かくいう命を懸けた一世一代の試合も、たった数合の打ち合いの末に、呆気なくも、すぐに勝敗は着いてしまった。それは、お互いがお互いの胸元を、お互いの得物で、一度、突き刺しただけで勝負は終わった。

 二人が倒れると、次第に、野次馬は去り、村の境界は、再び、元の静寂に包まれていった。

 それでも、その後に、残されたのは、二人の男の死骸と道祖神の石仏だけである。不思議なことに、そこにあの童の姿はなかった。それに、あれだけいた野次馬の群衆の中にも、この野試合の最中に、あの童の姿を見た者は、一人としていなかったし、この村の者に尋ねてみても、村外れの境界に、そのような童の姿など、これから死に及ぶ者以外には、とんと見かけたことがないと言われるのが落ちであろう。

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