結婚したい貴族NO,1の男
コミュ力がない人がコミュ力必要な場面を書くって拷問ですね。
考えたのは自分だけど。
私は何故今この様な状況になっているのだろう?
私の目の前ではラミアス侯爵家の次男クロードがにこにことお茶を飲んでいる。焦げ茶色の髪に朝焼け色の瞳のクロード様は、サフィアが大人の色気の漂う美壮年と言うなら爽やかな雰囲気が漂う美青年と言って構わない美貌の持ち主だ。しかも王宮騎士団の次期副団長とも噂されているほどの方だ。
私は優雅に紅茶を飲むクロードを呆然と見ながらどうしたら良いかと考えていた。
時間は30分程前に遡る。サフィアの話しを聞いた後食欲があまり無く早々に昼食を終わらせた私は自室に戻り休んでいた。スイーツ大好きな私がデザートを一口も食べれなかったのだからその時の気分は本当に最悪だった。その為普段からお父様とのお茶会は嫌で仕方がなかったがいつも以上に憂鬱で行きたくなかった。しかも昼食の席でエマには体調は問題ないと話してしまった手前今更仮病も使えない。
その為私はソファーの上でゴロゴロとし壁掛け時計の針を眺めていた。けれど時間は放っといても過ぎていくもので刻一刻とお茶会の時間は近付いていく、私は時計の針が13時45分を指した頃諦めた。そして溜息を吐くとのろのろと立ち上がり仕方なく王宮庭園に向かったのだ。
庭園でのお茶会はいつも庭園にあるパーゴラの下で行っている。パーゴラの下でのお茶会はパーゴラに絡まった植物の蔓が丁度良い日陰を作り暑くも寒くもなく快適なのだ。ただしお茶会の内容にもよるが。
私はパーゴラが確認出来る場所迄で近づくといつもと違うことに気が付いた。いつもはパーゴラの下に用意された丸いテーブルと一緒に用意された椅子に座っているのはお父様1人なのに今日は2人分の人影が見えたからだ。そこに近付けば近付く程に嫌な予感がする。そしてそれは間違ではなかった。
「やっと来たかシェリル。お前が遅かったからクロード殿を待たせてしまっただろ」
「お父様これはどういう事でしょうか?本日のお茶会にお父様以外の方がいらっしゃるなんて私は伺っておりませんが…」
お父様の隣にいるの焦げ茶色の髪の青年を見ると自分でも分かるくらい私は不機嫌な表情をしていたと思う。だってお父様以外の方がお茶会にいらっしゃるなんて私は聞いていない。
「話すのが遅くなったがクロード殿は今日は城内にいると言う事でな。クロード殿も構わないと言うので呼んだのだよ。シェリルもいつも私と2人ではつまらないだろう?」
豪快に笑いながら話すお父様がクロードに同意を求めるとクロードは白い歯を見せて爽やかな笑顔をお父様に向けた。この男は舞台俳優にでもなったつもりなのかしら?
「はい、陛下のおっしゃる通りです。本日は討伐の業務もございませんので王女殿下とのお茶会にご紹介いただき嬉しく思います。」
「王女殿下に置かれましては突然のことで驚かれたでしょうがご容赦下さい。私はラミアス侯爵家のクロードと申します」
クロードの名前を聞いた瞬間に私は全てを理解したわ。私が全く婚約者候補達に会おうとしないので、お茶会と言う名目で私を呼び出し婚約者候補に合わせようと強硬手段に出たのだと。
しかもこの男はアリステリア結婚したい貴族ランキング1位の男だ。だけど全く興味がなかったので私は今まで顔を知らなかったのだ。けれどクロードと言う名前はお茶会の席で何度も私の婚約者候補という形でお父様の口から聞かされている。
(ああ、最悪だわ…)
そこからはお父様とクロードが私の前で何か話していたけれど、お父様にしてやられたショックでよく覚えていない。そして気付いたらクロードと2人きりにされていた。
「シェリル様いかが致されましたか?」
呆然としていると端正なクロードの顔が私を覗き込んで来る。しかも何これ計算してやっているの?と聞き返したくなる様な極上の笑顔付きだ。普通の女性ならその笑顔だけで即死ものだろうが如何せん私は普通の女性ではない。色恋沙汰に全く興味なく王位にしか興味ない強欲な女なのだ。その為色仕掛けには引っかからない。
「な、何でもないわ」
クロードの声で我に返った私は紅茶を一口飲んだ。そして自分に暗示をかける様に心の中で何度も落ち着けと呟いた。ここで失敗したらお父様にズルズルと結婚まで持っていかれる気がするから失敗する訳にはいかない。
「そうですか。先程も話しましたが今日は有難うございます。まさかアリステリアの妖精と呼ばれる王女殿下にお会い出来るとは思っておりませんでしたから、驚きで口から心臓が飛び出しそうです」
「私の美しさは私の侍女が日々努力してくださるからです。それに妖精だなんて本当の妖精に叱られてしまいますわ」
巷では私はアリステリアの妖精と呼ばれているらしい。私がよく読むアリステリア第一出版のゴシップ雑誌に前にその様に書かれていた気がする。色々と胡散臭い記事も多い雑誌だがお茶会で御令嬢方の噂話しに話しを合わせるには丁度いい雑誌なのだ。けれどどうやらその雑誌に書かれていたアリステリアの妖精と言う呼び名はクロードの話しから本当らしく、私は引きつりそうな顔に笑顔を貼り付けた。だってそんな恥ずかしい呼び名はいらない。
「恥ずかしがらなくて大丈夫ですよ。そんなシェリル様も可愛らしいですが、夜会でもあまりお姿を拝見出来ませし私は本当に幸運な男です。お会い出来るだけでこんな幸福な気持ちにして頂けるなんてまるで本物の妖精の様です」
「クロード様は面白い方ですね。それでは私が妖精ならばクロード様はアリステリアの期待の星でしょうか?」
最初に思った爽やかは訂正である。クロードの歯の浮く様な台詞に私は寒気を感じ白目を向いてそのまま後ろ倒れてしまいそうな気がした。よくもまぁそんなペラペラと口説き文句が出るものだ。
私は必死に貴方の様な人の相手をしたくないから夜会には行かないのよ。と口に出しそうになったのを我慢した。事実、夜会に来る貴族は次の王位に自分の息子や自分自身が着く為に私の気に入られようと媚を売りに来る者が多い。
そして今度は夜会でダンスでも一緒に踊りましょう。なんて話しになっても困るので背中に冷や汗を掻きながら私は無理に話しを変えた。
「期待の星ですか?」
突然自分の話しを振られたクロードは間の抜けた様な声を上げた。私は先程までのキザったらしい台詞を口にしていた青年とは思えないクロードの表情にほんの少し驚いたが、クロードはそんな私に気づく様子もなく直ぐに表情を元の笑顔に戻すとテーブルの上で指を組み話しを聞く体制を取った。なかなか変わり身の早い男だ。
私は居住まいを正すと幼少期から叩き込まれた王女様スマイルをクロードに向けた。腹の探り合いばかりの貴族社会では外面の良さは必要なスキルだ。
「王宮騎士団の次の副団長と噂を聞いております」
「!!それはまた随分と大きな噂が流れているのですね…」
クロードはシェリルの言葉を聞くと一瞬身体が身体が固まった様に目を見開いた。そして本当に噂を知らなかったのだろうゆっくりと驚きを隠しもせずに口を開いた。
「私ではまだまた副団長の実力には及びませんよ。私はまだ副団長よりも剣術の腕が上の方に会った事がありませんからね」
苦笑しながら話すクロードは普通の20代前半の男性に見えた。しかもクロードは以外にも謙遜はせず副団長との力の差を素直に認めているの様に見えたのだ。そんなクロードの姿にもしかしたら軽薄なだけじゃないかも知れないと思った。会うのがこんな形でなければ友人にはなれたのかも知れないと思うと自分でも気付かず作りモノではない僅かな喜色を声に含ませてしまった。
「クロード様がその様におっしゃられる程の腕なのですか?」
「はい、副団長はカーミラの森林を剣術のみで探索出来る実力の持ち主です」
「それは凄いですね。あまり社交界でお話しを聞く方ではないので存じませんでしたが、魔術を使用しないでカーミラの森林を探索出来る方なんて初めて聞きました」
私は驚きのあまり目を大きく見開いた。カーミラの森林は王都から西側にある隣国との境目にある森林だ。人里から離れており魔物も多く生息している為に天然の砦として重宝しているが、その反面カーミラの森林に生息する魔物がカーミラの森林の近隣に住む人々を襲うこともある。
その為、王宮騎士団が定期的にカーミラの森林の周辺の町や内部に異常がないか確認に行くのだが、内部には強力な魔力を持つ魔物も多く魔術を使用出来ないと死亡する可能性も高い。
「副団長は公の場に出るのが嫌いな方ですからね。その為副団長が魔力なしとご存知の方は少ないです」
クロードはこの場にはいない副団長の社交嫌いを思い出したのか困った様に眉を下げている。そんなクロードの姿に私はなんとなく察すると「あぁ」と小さく声を上げた。推測するに王宮騎士団の副団長ともなれば公の場に出る機会も多いだろうが、それを嫌ってしないとなると周りも色々と大変なのだろう。なにせ夜会嫌いの私でも最低限必要なものには一応出席していしているのだから、姿の知らない副団長はなかなか困った上司である。
「魔力なしですか…私、王宮騎士団は魔術と剣術のどちらも秀でている方のみと思っておりましたわ」
「そうですね。シェリル様の様に思われている方は多いですが、実は王宮騎士団は魔力がない者でも入団は出来ます。ですが王宮騎士団は魔術を行使する魔族の討伐等もありますから、剣術のみであれば相当の実力が求められます」
(嘘でしょう。全然知らなかったわ)
「ですので私も最初は副団長が剣術のみの方と伺った時は驚きましたが、実際の戦闘を拝見した時に有無を言わさず納得させられました」
クロードの話しはシェリルの知らない王宮騎士団の内情であり好奇心を刺激した。そして副団長と同じくシェリルも魔力を持たない事から剣術のみで人々に認められる副団長に強烈な興味を持ち会ってみたいと感じさせた。
「それ程までに剣術に優れた貴族がいるなんて私は存じませんでしたわ」
「シェリル様、副団長は貴族ではありませんよ」
「王宮騎士団の上の者は実力の他に血筋も求められますが副団長は例外です。血筋という身分を不要とされる程の圧倒的な実力があり国が放置する事が出来なかったのでしょう」
今日何度目の衝撃的な話しだろうかクロードの話が本当ならば副団長は平民出身なのだろう。こんなに興奮する話しはない。魔力がないだけでなく貴族でもない為本来なら手に入れることが出来ない地位を剣術のみで手に入れているのだ。私にとっては夢の様な存在だ。
「素晴らしいですわ。魔力がなくても王宮騎士団の副団長を務めているのですもの、相当の努力をされたのでしょう」
「ああ、シェリル様も魔力がないのでしたね。それでは私の話しは余計に好奇心を刺激してしまったのかもしれませんね。私が初めて副団長の戦闘を間近で見た時は鬼神かと思いましたよ」
クロードはシェリルの言葉を聞くとシェリル自身も魔力がない事を思い出した様に頷いた。そして副団長の話に瞳を輝かすシェリルに満足した様に笑顔を向けた。
「鬼神ですか…1度会ってみたいですわ」
恍惚とした表情を浮かべるシェリルの頭からは父親である国王の思惑はもはや抜け落ちていた。自分の理想とも言える存在が王宮内という近くにいたのだからだ。だがそれは恋愛とは程遠い感情の相手だ。例えるなシェリルにとっては神に近い存在だ。
そして後の事はよく覚えていない。クロードのことよりも会った事もない王宮騎士団副団長の存在で頭がいっぱいだったからだ。そして王宮騎士団副団長の様に自分も国を認めさせ王位を手に入れたいと思った。
しかもお父様が無理にクロードに会わせた事からも、このまま王宮にいたら私の意思など無視して婚約させられるのが目に見えている。ちなみにクロードは帰り際に私の右手の甲にキスをして耳元で何か囁いていた気がするが興味はない。副団長の事を教えてくれたことには感謝はするがあくまで私にとっては婚約者候補という不要な存在だからだ。
その夜、私は早急に王宮を出ることを決めた。こまのまま王宮にいては私には私の望まない未来しかない。そんな事は嫌だからだ。
早く王宮の外に出したい。