s4.魔法使いの修業
〇ショートストーリ―です。内容は、『エバがマーリンにいじめられるはなし』です。
〇長編のほうに出てくるキャラクターや、ストーリーなどのイメージを、こわす可能性があります。
〇以上の点について、抵抗のあるかたは【もどる】をおすすめします。
――これは、ユノがマーリンのもとから旅立ったあと。マーリンのもとに残った、エバのはなしである。
〇
森の奥のちいさな屋敷。そこに三人の魔法使いが住んでいた。
先日、一時的にとけた結界は、魔女マーリンの手によって復活している。人命およそ百にものぼる魔力によって展開した『まやかし』は、妖精ひとりを人柱にしていたときより、はるかに質はわるい。ともあれ魔法の寿命をちぢめることで、出力は捻出した。
「ふああ……」
木に渡したハンモックで、マーリンはあくびをした。まきわり用の切りかぶには、家から持ち出した本の山。腹のうえにも、このまえ手にいれた魔法書が一冊ひらいている。
若い女である。外出用のサマーコートは、はずして枝にかけている。長い金の髪に金の目は、百獣の王もかくやという獰猛さ。ほそいが出るところは出た長躯には、そでなしのシャツとみじかい革のスカートをつけている。日がのぼると、夏の残滓が顔を出す初秋は、探索でもない限りブーツをはこうという気にもならない。ペディキュアでツメを染めた足には、ベルトサンダルを巻いている。
ふと、金の眼が動いた。その視線のさきで、
ぶち。ぶちっ。
十才ほどの女の子、エバが草むしりをしている。長い栗色の髪の、魔法使いのたまごである。ユノという剣士の少年と、彼女はいっしょにマーリンのもとにやってきた。
よほど気にいっているのか、旅装束のパーカーとキュロット、タイツの衣装――弓闘士風の服を、ずっと私服で使っている。ところでエバは将来美人になるだろう。前髪がいささか長すぎるのが気になるが、リンゴの髪留めがいいアクセントになっているので、「まあそれも味かしら?」とマーリンは思う。
エバはもくもく雑草を引きぬいている――わけではなかった。ブツブツ。文句を言っている。
「なんで……こんなこと。わたし、魔法使いになりにきたのに」
「それも修業のうちよ、エバ。自然物の生死をあつかうことで、その息吹を魔法のちからへと練りあげる――」
「マーリンさん……。そうだったんですか」
エバは今まさに、大きなカゴに捨てようとしていた草を、あらためてかかえなおした。
「――だったらいいなと」
「うそっぱちなんじゃないですか!」
エバは雑草をあつめていたカゴを、地面にたたきつけた。エネコログサに、オニキンポウゲ、ペンペングサ――いろんな草が、土とともにひっくりかえる。
マーリンはすずしい顔で、
「うっさいわねー。飼ってやってるだけありがたく思いなさいよ」
「やだやだ! まじめに魔法の授業してくださいよ! わたし、ここ数日ずっと家の掃除とか洗たくとか草むしりしかやってません!」
「あたりまえでしょ。それしかさせてないんだから」
「わーん!!」
エバは地面につっぷした。泣く。
裏手から、洗たくカゴとタライをかかえたモルガンがひょいと顔をのぞかせる。悪魔種の血のまじった、青い髪の美少年。学士風のチョッキと、七分丈のパンツがなかなかサマになっている。彼もまた、屋敷の小間使いをしていた。いちおう、マーリンの弟子である。
「お師匠さま……」彼はわんわん泣いているエバと、ハンモックでにやにやしている師匠を見比べる。「ちっちゃい子いじめるのやめましょうよ」
「いじめてないもーん。エバが勝手に泣くんだもーん」
「おとなげないっすよ」
齢百はこえているであろう師に、モルガンは言った。――彼はエバのそばにしゃがみこむ。彼女がまきちらした草を、せっせともとの編みカゴにつめていく。
「エバも。まともに教えてもらうのはあきらめろ。あの人のひねくれた性格と破綻済みの人格は、この一週間でよくわかったろ? へたに教授なんて受けたら、おまえまで救いようのない根腐れやろうになっちまうぞ」
「そーゆーあんたはもう手おくれよね……」
――ピクピク。
白い額に青筋をうかべて、マーリン。モルガンはふいっと目をそらす。
「ったく、そこまで言うならさあ、エバ。あんた家事くらい魔法でやっつけちゃいなさいよ。そしたらわたしの役にも立てるし、魔法も上達できるしで、一石二鳥でしょ?」
「マーリンさんの役に立つうんぬんはともかくとして……。まあ、たしかに」エバは、ぐすんと涙をひっこめて、立ちあがった。
「じゃ、決まりね。わたし、もう少しそこで本読んでるから、おわったら言ってちょうだい」
ぽいっとマーリンはひろげていたグリモワールを投げた。
――がいんっ。
ぶあつい本の角が、エバのあたまにヒットする。
「いたい! 投げないでくださいよお!」
できたコブをおさえてエバがわめくも、マーリンはどこ吹く風。ハンモックから下りて、切りかぶに腰かけて、べつの本を読みふけっている。モルガンが立ちあがり、
「まあ、見てくれるっつってるんだから、ここで妥協しとこうぜ。オレは昼飯の仕度にはいるから。おまえもがんばってな」
「あーっ、」
モルガンが、屋敷の玄関に歩いていく。エバは呼びとめようとして、やめた。草のうえに落ちた魔法書を手に取る。それはもともとエバが持っていたもので、マーリンのところに来たときに、取りあげられたものだった。その時のいまいましさは……。この際おいといて。
(えっと、)
エバはページをめくった。
(草刈りにつかえそうな魔法は……)
エバは手を止めた。記された呪文を何度か目でなぞって、『意味』をつかむ。魔力を、全身にめぐらせる。
――魔法をはなつ!
「主は与えた。追放の民に、みちびきの東風を!」
ずあっ!
魔力が少女のまわりに渦巻いた。かざした手から、一直線に、突風が吹きすさぶ!
風刃が、くさむらを引き裂いた。黄色や白い花をつけた野草が、一瞬にして、足下から上をちょん切られる。
緑色の道ができた。ながさ……。一メートルほどの。
マーリンが言う。
「がんばってね」
「うわああん!!!」
あと何度同じ魔法をくりかえせば、屋敷のまわりがキレイになるというのだろう。エバはうずくまって泣いた。杖があれば、もうすこし威力があっただろうに。あれはここへ来るとき、海に流されてしまったのだ。
「そうだっ」
はっ。と思いつき、エバはマーリンのひざに這っていく。
「マーリンさんがお手本みせてくださいよ。まさか、『調子が悪くて使えない』なんて言いませんよね!?」
「おとなしそーな顔して、あんたいい根性してるわね」
息まいて挑発する少女の顔を、本の背表紙で押しのけて、マーリン。すこし考えて、彼女は「いいわよ」と腰をあげた。
「やったあ! ありがとうございます」
エバは飛びあがって、快哉をさけぶ。これでラクができる――。
(じゃなくって、)
あの、伝説といわれた魔法使いの魔法が、目のまえで見られるのだ。実物に会うまで――そして、その見た目のかるさと、性格の悪さをまのあたりにするまで――【マーリン】という人物を尊崇していたエバは、彼女の仕草をすべて見逃すまいと、身をのりだす。
マーリンは、最後に一度だけエバを見た。にっと微笑む。
「?」
エバは、不穏な予感がしたが…………。
「あんたのグリモワールからの引用にしてあげるわ。トクベツに呪文も使ってあげる。略式だけどね」
こくこく。エバはうなずいた。呪文なしは、魔法使いにとって凄技だが、習うほうからしたらどの流派かも、どういう展開がされているかも読みにくいので、授業には不向きだ。
マーリンが、手を頭上にかかげる。指先を、青い空を突くようにのばし、
「――道よ」
ざあああっ!!!
マーリンの足下から風が発生する。直進したかまいたちが、草をはらい――旋風と化す。
天をさしていたマーリンの指が、自身の顔のそばへと引きもどされた。くるくる。リズムでもとるように指をまわし、旋風をあやつる。器用に、一本のちいさな竜巻をあやつって、屋敷をよけ、まわりの草をかりあげる。
生えほうだいだった草むらは、あっというまに、芝生になった。
仕上げに。
ふわっと、エバのからだが浮く……。
「えっ」と気づいたときには、草といっしょに竜巻に巻きあげられて、ぐるんぐるん、エバは宙をめぐっていた。「な、あ~、ん~!?」
『なんで』という疑問は、とちゅうで切れた。マーリンの指が、クッと、ある一点を差し示す。エバが置きっぱなしにしていたカゴだ。そのあたりだけ、草が残っている。竜巻は、そこへ向かっておりていった。渦を巻きながら、体躯をまげて、天頂からカゴ目掛けてつっこんでいく。
草はきっちり、カゴのなかにおさまった。最後にエバが、雑草のゴミのなかに、まっさかさまに突っこまれる。
――ぼすんっ。
「ま、こんなもんよね」両手をたたいて、マーリンは掃除を終えた。屋敷のまわりはすっきりして、気持ちがいい。
足だけをカゴから出して、おさない弟子はぴくぴくしていた。それに背を向ける。
「じゃーね、エバちゃん。わたし先に家もどってくつろいでるから。ちょっと刈りそこねた分だけかたづけといてちょーだい」
――あーっはっはっはっ!!!
というマーリンの高笑いが、屋敷のなかに消えていく。空気を蹴っていたエバの足がかたむいた。
ごろん。
カゴごと大地にころがる。
「うううう……」草につっこんでいたからだとあたまを、エバはごみの山からひっこぬいた。「マーリンさんめえええ」
地面につっぷして、涙目になる。歯を食いしばって、くやしさにギリギリ奥歯をきしらせながら。
「絶対、いつか、見かえしてやるううう……」
だれもいなくなった芝生のうえで、エバはひとり、そう誓った。
〈おわり〉
読んでいただき、ありがとうございました。




