s3.ホレ薬
〇サイドストーリーです。内容は、『ユノがマーリンにほれ薬をねだるはなし』です。
〇長編のほうのキャラクターや、世界観、ストーリーのイメージをこわす可能性があります。
〇以上の点に抵抗のあるかたは、【もどる】をおすすめします。
(読んでいただける場合でも、ご不快になったときには、閲覧を中断することをおすすめします。
――これはユノが、マーリンの家から旅立つ前日。夜にわがままを言う話である。
〇
大陸北東。その近海に、半島と大橋でつながった小さな島がある。奥に偉大な【魔法使い】を擁する【シチリ島】だ。ずっと『結界』によって内部は秘匿されていたが、いまは魔法が解けて、迷いの効果は薄れている。
「でーきたっ」
深夜である。日を跨ぐかどうかという時間帯。マーリンは、ランプの火をたよりに縫いものをしていた。長い金髪に、金色の瞳の【魔法使い】である。二十代前半ほどの若い女だが、実際のとしは不明。長身でみずみずしい身体にそでなしとミニスカートをつけて、細いベルトで留めている。
暦のうえでは秋だというのもあって、日が暮れてからは涼しいのだが――。
トントン。
彼女の部屋を、ノックする音。
完成した子供服を置いて、マーリンはソファから腰を上げた。
(モルガンかしら?)
弟子――。むしろ『召し使い』としてあつかっている、魔法使い見習いの【魔族】の少年のことである。
彼女の寝室には、もうひとり、入門した生徒がいた。ベッドを占拠して、その魔法使いはすやすやねむっている。十才ほどの少女である。
がちゃ。扉が勝手にあいた。
ドアの前まで来ていたマーリンは、ひくっと頬をひきつらせる。
「ユノ?」
廊下にいたのは、黒髪黒目の少年だった。縁あって、ちょっと世話をしてやった旅人だ。異世界【地球】から、妖精が呼びつけた『英雄』。メルクリウスの基準では、十七才にしてはやや童顔の造形に、『ちび』のそしりを受けても、まあ仕方のない体格。
パジャマとナイトキャップをつけて――。ついでに枕を左脇にかかえて。彼はじっとマーリンをにらんでいた。
「……訪問の内容によっちゃあ、消し炭にさせてもらうわよ」
時間はすっかり深夜である。マーリンは身構える。
――で。ユノ。
「マーリンさん」
「あん?」
「ほれ薬をつくってください」
ユノは無意味に拳をつくって、真剣な顔をした。
マーリンは然るべき問いを発する。
「なんでよ。何につかうつもり?」
「ボクが女の子からモテるようになるために決まってるじゃないですか……っ!」
(血涙……)
アンデッド系モンスターもはだしで逃げ出す悲惨なユノの泣き顔に、ひきつるマーリン。
ちら。
とマーリンはへやの奥を見た。ベッドに、栗色の長い髪の女の子が眠っている。エバといったか。
「大声ださないでよ。いま何時だと思ってんの?」
「つくってくれなきゃ大声だします」
「喉笛かき切られたくなかったらわたしの言うことききなさい」
マニキュアのついた手をワキワキやって、マーリン。ユノは「はぁ……」と溜め息をつき。
「わかりました。じゃあできあがるまで待っててあげますから。はやく作ってください」
「なんでそんな態度でかいのよ」
訊いたところで答えは期待できないが。
マーリンは断った。まじめに。
「だめよ。他者の愛情なんて、薬でどうこうしていいもんじゃないでしょ」
「それが人体実験をしたあげく、その被験体を森一帯に飾ってるマッドサイエンティストのセリフですか」
「そーよ」
ぴくぴく。頬の筋肉をケイレンさせて、マーリン。
「ほら。分かったらさっさと部屋かえんなさい」
「いまボクが大きな声出したら、エバ起きるだろーなー」
「かわいそうなことすんじゃないわよ。長旅で疲れてるみたいなんだから」
「それがマッド・イエンティストの言葉ですか」
「そーよ」
二度目は慣れたもので、マーリン。
むぅー。とユノはほっぺをふくらます。(※かわゆくない)
「でもボク……。【異世界】に来たら、女の子とか、心と顔のキレイな出来る男のひととかに、ちやほやされる人生を約束されるって思ってたのに……。これじゃあサギですよ」
「なんの影響でそんなあほみたいな信仰持てんのよ」
「まえの世界の大衆小説ですけど」
「忘れちまいなさい。今すぐに」
ユノは忘れなかった。決して。
「でもでもっ。ボク地球にいたときは、ほんとにかあいそーな境遇だったんです。じゃあこっちでみんなからひたすら可愛がられる人生でも、罰は当たりませんよね?」
「で?」
「ほれ薬をつくってください」
にわかにまじめな表情にもどって、ユノ。
マーリンは、ここ何十年かぶりに感じた頭痛――これだから人間はキライなのだ――をこらえつつ。
「……わかった。たしか作り置きあったから、それあげる」
「わーいっ。マーリンさん、はなしが分かるじゃないですかッ。ぐえ!」
ユノが飛びつくと、マーリンはその頬にケリを入れた。首をへんな方にまげて、廊下にふっとぶユノ。
へやの薬棚から、魔女は奥のほうにつっこんでいたビンを取った。
ラベルを確認して――。
硝子戸をしめる。ユノの元にもどる。
「はい、これ。すぐ飲んでね。あけてから時間がたつと、効果なくなるから」
ユノはこくこくうなずいた。
水晶の栓をあけて、ビンをあおる。
強烈な――睡魔がおとずれる。
「これで、ボクも――」
期待を胸いっぱいに、ユノはたおれた。
ぐうぐう。
持ってきていた枕を抱いて、床でねむる。
「モルガーン」
とマーリンが呼ぼうとすると、むこうから来た。
寝巻きのローブすがたで、とてとて青い髪の美少年がやってくる。
「あ。オレのナイトキャップ。こんなとこにあったんだ」
「あんたねー。客のめんどうくらいちゃんと見なさいよ。これが夜這いだったらどうすんのよ」
「ユノの焼死体をオレが埋めることになったでしょうね」
「……まあ。そうね」
弟子のセリフに反論できず、マーリンはうなずいた。ユノをクツの先でつっついて、モルガンにまかせる。
「ほら。帽子だけじゃなくて、こいつも持ってってよ」
「はいはい」
モルガンはユノの首ねっこをつかんだ。廊下をひきずっていく。
「うわあ~。さすが【異世界】だあ。いろんな子に言いよられて、ボクこまっちゃうよおー」
枕にぎゅッと抱きついて、むにゃむにゃ寝言をいう。
「……なんていうか」
モルガンとともに寝室に消えた、『地球』からの勇士。
だれもいなくなった廊下で、マーリンは嘆息した。
「そこまで他人に執着する気持ちが、わからないわ」
〈おわり〉
読んでいただき、ありがとうございました。




