s2.妖精はスマートフォンとともに
〇ショートストーリーです。内容は、『ユノがかつて書いていたネット小説を、セレンにこてんぱんに言われるはなし』です。
〇長編のほうのキャラクターや世界観、ストーリーのふんいきを壊す可能性があります。
〇以上の点に抵抗のあるかたは、【もどる】をおすすめします。
(読んでいただける場合でも、不快感をもよおしたときには、閲覧を中止することをおすすめします)
――この物語は、ユノが右腕を治療したあと。エバと別れて、ひとり旅を再開したときのはなしである。
〇
大陸極東の平野にユノはいた。黒髪黒目の、十七才の旅人である。
元はできの悪い男子高校生。一年ほど前に、地球よりここ異世界に召喚され、『勇者』としていろんな戦いを経てきた。
今は【ビビアン】という人物に会いに行く途中である。
街道から離れた樹の下に、見慣れた人影があった。
「セレンさん。何をやっているんです?」
ユノは声をかけた。
セレン――妖精の女である。
長い耳に白い肌。萌黄の長い髪に、民族的なドレスをまとった美しい乙女。ハイティーンほどの若い見た目をしているが、実際の年齢は、ユノを遥かにしのぐ。妖精の族長である。
「あら、ユノさま。スマートフォン見てるんですけど」
彼女の手には、ぼやりと輝く矩形があった。
なつかしい液晶画面を、ユノもうしろから覗きこむ。
「どこから持ってきたんですか?」
セレンは異空間への穴を指さした。
彼女おトクイの、テレポートや収納ができる、魔法の切れ目である。
ユノはスマートフォンに視線をもどす。
「動画でも見てるんですか?」
「いえ。ウェブ小説ですね」
「……。よく読めますね。人生の無駄づかいじゃないですか?」
「そうですね。ユノさまの書いた小説ですからね」
「とても有意義な時間だと思います」
ユノは満面の笑顔で頷いた。
うしろから、セレンの肩に取りつく。
「で。セレンさん。どうです? ボクが書いたやつ。なんか意見とか聞かせてくださいよおー」
「いやです」
「は?」
「敢えて言うなら、面白くないですかね。あと、なんて言うか……おもしろくないです」
「よく分かりませんけど『クッソつまんなかった』っていうことだけは伝わりました」
「あと不愉快です。なんでこの世界、こんなに主人公に都合よくつくられてるんですか。初っぱなからヒロインの主人公に対する好感度MAXとか、ほぼ初期から金持ちとか、前の世界でのスキルとか、小学生レベルの知識で『SUGEEE!』って言われまくるとか。……ユノさま」
ユノは地面にうずくまっていた。涙で水たまりができている。
「なんですか。セレンさん」
「これ。書いてて悲しくなりませんか?」
――グサあっ。
ユノの心臓を、氷の槍になった言葉がつらぬいた。
ぽきん。と心の折れる音がする。
「ほっといてください……」
しゃくりをあげて、ユノはめそめそした。
しょっぱい水たまりが、だくだくと範囲を広げていく。
セレンは気の毒なものを見る目になって。
「まあ。ユノさまは元の世界で散々なあつかいを受けていたみたいですからね。これ以上なにかしらを言うのは、やめておきましょう」
「クッ……。そういう気づかいも結構傷つきます」
「じゃあ完膚なきまでにけちょんけちょんに言わせていただきます」
「すみません。やめてもらっていいですか?」
思いっきり息継ぎをするセレンに、ユノは懇願した。
セレンは立ちあがり、あけっぱなしの異空間に歩いていく。
「まあ空想したり、ものをつくるのはよいことです」
「はいはい……。すみませんね、クオリティが駄目だめで」
「いえ、純粋に。つくるのは良いことなんですよ。どんなものでも」
「はあ……」
セレンはスマートフォンとともに異空間に入っていく。
「では。ユノさま。今後もご健勝であられますよう」
裂け目のなかからセレンは会釈をした。
ユノもペコリとかるく返す。
草原にユノはひとりになった。
彼はぽりぽり、頭を掻く。
こっちの世界には、パソコンもスマホも無い。
西洋史における、中世時代の風情が強いここでは、タイピングやフリック入力で文章をつむぐことはおろか、創造物を気軽に発信できる環境もない。
紙とペンも、ユノの使い慣れたものではなく、インク壺必須の羽ペンと、品質のわるいザラ紙のみ。
――それでも。ユノは思った。
「またなにか、書いてみようかな」
【おわり】
読んでいただき、ありがとうございました。




