s1.宿屋の双子
〇ショートストーリーです。内容は、『宿屋の女給仕たちが、【エバ】のお世話をするはなし』です。
(【第2話 ただいま準備中】の『16.着替え』と、関連のつよい話になります)
〇以上の点に抵抗のあるかたは、【もどる】をおすすめします。
――これはユノが、エバと出会って間もないころ。
王都【ペンドラゴン】の宿屋で、旅支度をしていた時のはなしである――。
〇
王都【ペンドラゴン】の宿屋。
大通りに面した、冒険者用の安宿に、双子の姉妹がいた。
私服のうえに、エプロンをつけただけの仕事着。それがこの店のウエイトレス兼給仕役の服装である。
「ソールっ」
二階の客間から出てきた少女に、彼女――女給仕のひとりは声をかけた。長い黒髪をアップにまとめた、十八才ほどの少女である。
「ソールっ」と声をかけられた少女もまた、似たような見た目をしていた。それもそのはず、ふたりは一卵性の双子で、雇い主の店長からも、よくまちがって用を言いつけられるほど。
見た目でちがうのは、ソールと呼ばれたほうにはヘアピンがついていることくらいだ。
「なあに。マーニ。また厨房の番かわってほしいの? いやよ、私。この暑いなか……火のそばって、ジゴクなのよね」
一息に断って、少女――ソールはカゴをかかえなおした。なかには、いま出てきた部屋の、客のめしものがはいっている。
先ほど、隻腕の冒険者がつれてきた女の子の着ていたものだ。
ぼろぼろの垢まみれで、つーんッとひどい臭いがただよっている。
「ちがうって。見てよ。これ」
マーニは、秒ちがいの姉にエプロンのポケットから硬貨をつかんで出して見せた。
ソールの手がのびてくる。
「あら、ありがとう。ちょうど欲しいブローチがあったのよね」
「ちがうっつーの。はなし聞きなさいよ」
「聞くだけなら、聞いてあげましょう」
かつかつ。
パンプスのカカトを冷たく鳴らして、ソールは廊下を歩いていく。
洗たくカゴから、ひどい臭いがだだもれる。
けれど、裏口に毎夜やってくる物乞いに残飯をやるのもまた仕事のふたりには、これしきのにおい……。
やはりツライのはツライのだが。耐えられないほどではなかった。
マーニは、ソールのまえにまわりこんで進路をふさぐ。
「それがさあー。あの男の子がくれたチップなのよ。エバって子に軽食やって、身形をととのえてほしいって」
「それで?」
「三割わけてあげるからさ。ソールも手伝ってよ」
「三割? 六割のまちがいじゃないの?」
「なんでわたしのほうが取りぶん少ないのよ」
「公平を期して五割ってのが妥当じゃないの?」
ああだこーだ言う時間も惜しく、結局ソールは四割五分で妹の援護を受諾した。
「あ。ついでにマーニ。洗たくもの持って下りて。このクサイのは、ごみで出しといてね」
「勝手にいいのかしら?」
「逆にこんなの着て店のなかうろつかれても困るわ……」
ソールはくるりと踵をかえし、さっそく仕事にとりかかった。マーニからもらった銀貨と銅貨をポケットにつめながら。
「マーニも。できるだけ早くもどってきてよね。いまあの子、お湯あびてるけど、どんな状態で出てくるかわかったもんじゃない」
「はいはい。じゃあ、ダッシュで行ってもどってくるから」
洗たくものの山のうしろから顔を出して、マーニはチャッと片手をあげた。
〇
ソールは、いましがた出てきた客間にもどってきた。
宿泊客の身支度など、正直専門外だったが、こづかいをもらった以上はやるしかない。
(ん?)
先ほどは気づかなかった――というより、気にも留めなかったが――窓のカーテンが開いている。
なんとなしカッとして、ソールは王都の街並みがひろがる窓辺に歩いていった。
しゃあッ。
と白い布をひいて、外から見えないよう、目かくしをする。
「信じらんない。あの男の子、着替え任せておいてカーテンも締めていかなかったの?」
怒っていると、浴室から彼のつれ――帳簿には『エバ』と書かれていた――が出てきた。
来店時には黝ずんでいた長い髪は、湯で洗ってかろうじて地毛の色をみせている。肌も、脂っぽさはとれているが、においと汚れの残り具合から、石鹸は使っていないのだろう。
「あれ。ユノさんは――。あ!?」
おつれの冒険者をさがす十才くらいの女の子を、ソールは軽々とかかえて、浴室にぽいッとリリースした。
「やりなおし」
とドアを閉めながら、ソールは宣言する。
彼女たち給仕の事情なんて知らない客は、ただ目を白黒させるばかり。湯をはった浴槽のなかで。
「あなたのおつれさんから、簡単なお世話を任されました。ソールと申します」
「はあ……。あのー。ソールさん? わたし、多分ひとりでも大丈夫なので」
「だったらよかったんですけどね」
いろいろ説明しつつ、ソールは固形せっけんとタオルを取って、客の身体を拭きにかかった。頭もわしわし、専用のシャボンをつかってもんでやる。
エバはあんまりよく分かっていないながらも、おとなしくキレイにされるがままになっていた。
ごんごん。
浴室のドアがノックされる。
「お客さーん。開けてもいいですかー?」
「マーニ。いいところに。バスローブ取ってきて。こっちに持ってくるのわすれちゃって」
「はいはい」
返事とともに、マーニのぱたぱた駆けていく音がする。
クローゼットのひらく気配がして、ほどなくドアが開いた。今度はなんの許可も取らずに。
「はい。バスローブ」
「ありがと。ちょっとそのまま待ってて」
ソールはエバをキレイな湯で流し、全身から泡をとる。
それから乾いたタオルでよく拭いた。
そばで眺めていたマーニがつぶやく。
「捨て犬でも拾ってきたみたいね」
「お客さんのまえよ……」
清潔な白いバスローブを着せて、ソールはエバの入浴を完了した。
長い前髪のしたで、エバ――おさない少女が、ぎこちない笑みを浮かべる。
ソールは少女の目もとまでをかくす、栗色の髪を額まであげてやりながら。
「隠れてちゃもったいないわよね。この子、せっかく可愛い顔してるのに」
「じゃあ切ってあげる? わたし、まえまで散髪屋でバイトしてたし。……お客さん。どうする?」
「えっと。、せっかくなので――」
よくわからないままエバはマーニに返事した。場のいきおいに流されたのだろう。目がぐるぐるまわっている。
ソールが立ちあがりながら、マーニにうろんげな半眼をやる。
「バイトって。あんた会計だけだったじゃない」
「だあいじょーぶだって。要は気合とやる気よ」
「すみません。やっぱりいいです」
口早にエバは断った。が、相手はすっかりやる気らしい。
テーブルから椅子を持ってきて、こんなこともあろうかと、とマーニはどこからか前掛けを取りだす。それを手際よくエバに着せる。
てるてるぼうずになったエバを、マーニはなかば強制的にいすに座らせた。
エプロンのポケットから、散髪用の鋏を取りだし、ちょきちょき言わせる。
いつも持ちあるいているのだろうか。とエバは思ったが、訊きづらかったので黙っていた。
マーニが枝毛を切りはじめる。
ソールがそのとなりからマーニに訊く。
同じ顔、同じ声が背後にふたつあることに、エバは全身がむずむずした。
「ねえマーニ。そういやあの男の子、どこ行っちゃったのよ」
「ブティック。この子の服買いにいくんだって」
「大丈夫なの? センスなさそうだったし。デリカシーだって皆無よ。あいつ」
「だあいじょうぶよ。いい? お客さん。あんまりダッサイ服だったら、ちゃんとつっ返すのよ。相手が怒ってきたら、おねえさんたちが味方してあげるから」
「いえっ。買ってもらえるだけありがたいので……」
しょきん!!
と耳もとの毛が切り落とされた。エバは「ひっ!」と、半泣きになる。
マーニが強く拳をにぎる。
「だめよっ。そんなんじゃあっ。あなたキレイな顔してるんだから、もっと欲ださなきゃ! なんならめちゃくちゃわがまま言ったって――。あっ。ソール。あんたの髪どめくれる? うん。ありがとう」
ぴた。
と豪語をやめて、マーニはエバの髪をセッティングにかかった。
みじかく切りすぎるの愚をおそれて、長めに残しておいた前髪を、少女の耳にひっかけて、姉のヘアピンでとめる。
「はい。できた。お客さん、それ返さなくていいからね」
マーニは新しいタオルでエバの首まわりをぬぐって、まえかけから髪をはたいて落とす。
ソールが、持ってきた箒で床にちらばった毛を掃除する。ちりとりに取って、ひとあし早く退室する。
エバは、リンゴの飾りのついたヘアピンにゆびで触れた。
マーニが手鏡を持ってきて、エバを映す。
「うん。似合うにあう」
「よかったんですか? これ。えーと……」
「いいのよ。ソールは同じのいくつも持ってるし」
エバは鏡のなかの自分をのぞきこんだ。
裏街路にいたころに、夜の窓硝子に映りこんだときには、自分のすがたをおばけと錯覚したこともあったが。
「……ありがとうございます。おねえさんたち」
スモックをたたんでいたマーニに、エバは言った。
「いいのよ。お金もらってるからね」
ひとさし指と親指でコインの形をつくって、マーニが笑う。
それから彼女は、テーブルのほうを手で示した。小卓のうえに、ハムのサンドイッチとティーセットが出ている。
「ルームサービスよ。これもちゃんと貰うものもらってるから、遠慮しないで食べてね」
「はいっ!」
正直、エバには食べもののほうがうれしかった。椅子から飛びだして、テーブルに駆けていく。
散髪のために移動させていたいすを、もとどおり卓にもどして、マーニもまた客室から出ていった。
だれもいなくなった部屋で、エバはさっそくサンドイッチを両手に取る。
かぶりつこうとして――。
この宿につれてきてくれた少年のことを、ふと想う。
(ユノさんの分、残しといたほうがいいのかな)
そう考えもしたのだが。
ぐうううう……。
「ま。いっか」
空腹には耐えられず。
エバはサンドイッチにかぶりつき、ひとりで全部たいらげた。
【おわり】
読んでいただき、ありがとうございました。




