62.ゴーイングマイウェイ
・最終回です。
・前回のあらすじです。
『ユノが冒険の目的を果たす』
夜が明けた。
いびつな樹木によどんだ森が、朝の日ざしにさらされる。
マーリンからもらった、お古の肩かけ鞄。地味なほう――とは彼女の意見だが、黒地に黄と赤の毒々しいラインは、ユノからすれば派手の部類にはいった。
「極東の地域まで飛ばしてやるわ。そこにいる【ビビアン】っていう精霊の女をたずねなさい。あんたの知りたいことを、きっと教えてくれるから」
「マーリンさんは教えてくれないんですか?」
「そこまであんたに義理はたらかせる気は起きないわよ」
屋敷のまえで、ユノはマーリンとエバと、最後のあいさつをしていた。モルガンは裏で洗濯をしている。
「……結界、張りなおすんですよね」
白衣めいた上衣を薄手の服装につけたマーリンが、「まあね」と頭をもたげる。
「劣化はするでしょうけどね。触媒に使ってた妖精をぶっ壊したんだもの。代替品じゃあ効果も落ちるでしょうし、もって六〇年ってとこかしら」
彼女)は金の瞳を森全体にめぐらせた。
人めいた樹木が、この魔女のいう代替品なのだろう。
「……」
マーリンの所業は、ユノにとって非難すべきことではあった。だが。地球で――日本で培った常識も、この世界で善悪とかたられる道徳も、彼のなかではもはや絶対的と呼べるほどの戒めではなくなっていた。
マーリンのところにエバと留まるという選択肢はなかった。マーリンが嫌がったし、ユノもまた、どこかに留まりつづけるのはしたくなかった。
「ユノ」
なおった右手を見おろす少年に、マーリンは言った。
「今までどおりよ」
「え?」
「あんたが今まで生きてきたように、あんたは生きていけばいいのよ」
ユノは困惑した。
マーリンの言葉は胸のすく反面、その通りにすればなにかとんでもない――取りかえしのつかない失敗を犯してしまいそうな引力があった。
そしてその責は、自分自身で負わねばならない。
「少なくとも、あなたが自分の道を選びつづけるかぎり、私はあなたの人生を肯定してあげるわ」
「それってでも……いやなことから逃げるのと、同じなんじゃないんですか?」
「そうよ」
マーリンはきっぱり言った。
「いやなことからは、逃げなさい」
――もじもじ。
マーリンのうしろでずっと待っていたエバが出てくる。
「……ユノさん」
エバはまだ旅装束を着ていた。それでも彼女の旅は、ここで終わりだった。マーリンが一徹してあつらえた子ども服が、お気にめさなかっただけなのだ。
明日からはきっと、着せられることになるんだろうけれど。
「その、私は、このろくでもないおねえさんのところで、ちゃんと修業して、いっぱしの魔法使いを目指すので……」
「あんたねえ――」
エバは無視した。
「ユノさんとはお別れですけど。また会えたらいいなって」
エバの目には涙が浮いていた。
ユノたちのいる【シチリ島】は、本来マーリンの結界によって奥へは行けないようになっている。
適度に進んだところで、魔法のちからにより、スタート地点にもどされるのだ。
マーリンは人避けのために、この結界魔法を島全体にめぐらせた。
今はやぶれている状態だが、ユノ転送後、彼女は張りなおすと言っている。
それはこの島が再びこの魔女の屋敷をかくし、部外者がおとずれないようにするということを意味する。
ユノも排除の例にもれない。
再会することがあるとすれば、それはエバが一人前となって、島を出たときだろう。
そのとき、果たして鬼が出るか蛇が出るのか。
「エバ」
ユノはしゃがんだ。
エバよりすこし低くなった位置から、彼女を見あげる。
小さな、少女の手を両手でぎゅっと握った。
楽しかったよ。
という気持ちは、こころのなかにしまったままにして。ユノは微笑した。
エバも、笑顔をつくる。
――彼女との再会が、絶望をもたらすものではないことを祈りつつ。
ユノはエバの別れの言葉をくちにした。
「元気でね」
〈END〉
・以上で、『【異世界転移】をやってみた《2》 ―竜の系譜―』(※旧サブタイトル:―それでも人は、尊いか―)は、おわりです。
〇つぎの投稿は、連絡用の文章になります。内容は『完結のおしらせ』や、『修正の時期について』です。
読んでいただいて、ありがとうございました。
※のちの展開に、食いちがいの起こる文章を直しました。
旧→『「極東の地域まで(中略)。そこにいる【ビビアン】っていう女をたずねなさい。(後略)」』
改→『「極東の地域まで(中略)。そこにいる【ビビアン】っていう精霊の女をたずねなさい。(後略)』




