60.超越
・前回のあらすじです。
『ユノとマーリンが、むづかしー話をする』
「マーリンさん」
「ん?」
「ボクは、この世界の人たちを存続させたいんです。エバとも、できることなら戦いたくはない」
ユノは訴えた。もう彼女に相談をするしかないと、胸に熱いものが込み上げていた。
――この人は、知っている。
「マーリンさんは、押しつぶされて死んだりなんかしないんでしょう。善のちからとかに」
「なんの根拠があんのよ」
ソファの肘かけに彼女は頬杖をついた。ここにおつまみがあれば、サキイカでもくちゃくちゃやっていそうなくらい気怠げに。
「森に育っている、気持ちのわるい木。あれは、マーリンさんが魔法の実験に使った人たちじゃないんですか? ここの結界を完成させるのに、研究で使った人たち……そして最終的に、【ダフネ】っていう女の子を材料にして、あなたは棲家を隠す装置をつくりあげたんだ」
「あら、ご明察。やればできるじゃない」
「そんな極悪人が、のうのうと生きてる」
「だが極悪人なのよ」
ユノは無視した。
「善のちからに傾いて、人間のなかには窮屈を感じている人もいる。疑心暗鬼になっている人もいて……それが妙な動きになって、目立っているところも出てきている。学都みたいに」
「ほんで?」
「マーリンさんに、その影響は出ていない。結界も今は消えているのに……あなたは犯罪的である一方で、この世界でいうところの悪には該当しない。――あるいは……。超越しているんだ」
ほとんど独り言のように、ユノは開陳した。
マーリンは頬杖ついたまま、ひざに開けたページをトントンやっている。
「なかなか買いかぶってくれるわね」
それは謙遜ではなかった。
「誤解のないよう言及しとくけど。超越できる人間のみんながみんな、犯罪的傾向にあるってわけじゃあないからね」
「わかっています」
マーリンはソファから立ちあがった。本棚に専門書をしまいにいく。
「王族はもれなく超越者よ。そう在るように、小さいころから教養をたたき込まれる。学者も本来はそうあるべきなのだけれど。連中も群れを作るようになったらお終いね。派閥なんて信仰つくって、真実の追求という本分をすっかり忘れてしまっている」
(みんながみんなマーリンさんみたいでも困るけど)
神妙に頷きながらも、ユノは思った。
「善と悪について。あなたに訊いたわよね」
「はい」
「善ってのはね、自分を生かすってことなのよ。肉体的にというより、精神的に。逆に悪っていうのは、いたずらに自分を束縛したり、だましたり、死に向かわせること」
「それが、メルクリウスでの、ほんとの定義なんですか?」
「んなワケないでしょ。私の哲学よ。むしろ、メルクリウスでの徳は、あんたが言った模範解答が正解ね。一〇〇点満点をあげるわ」
「あ、ありがとうございます」
もとの世界で通っていた学校で、最高でも六〇点台しかとれなかったユノは、わりとまじめに嬉しかった。




