6.懇願(こんがん)
・前回のあらすじです。
『ユノの処刑が中断される』
民衆はうろたえていた。
「第二王女さまはどうされたんだ?」
「あの罪人が、英雄?」
つれ合いや、たまたま隣り合った人らとが声をかわす。
「お聞きください」
懇願するようにフローラは民衆に向かって言った。
断頭台に首をとらわれたまま、ユノは自分を差す手を見る。
「この者は、彼の妖精によってこの地【メルクリウス】に招致された、異郷の住人です。彼は、私たちが卑しき魔族の手によって困窮にあえいでいると知り、独りその牙城に向かいました」
卑しき魔族。
というフレーズに、ユノは物申したい気持ちが湧いた。
が、それは飲み込む。
観衆の混乱が、一層ふくらんだ。
ひとりが挙手するのを皮切りに、そこかしこから異句同音の疑問が飛ぶ。
「では。そいつが――その人が、魔王を倒してくれたのだと?」
「はい」
王女はうなずいた。
「確かなのですか?」
と、ひかえめな詰問。
民衆のひとりが質問者を恫喝する。
「おい、王女様を疑うのか?」
第二王女――フローラは飄々と、
「見ていましたから、私は。……遠巻きにですが」
ユノは王女の表情をうかがいたくなった。
旅の道中、一時的にパーティを組んだことはあったが、その仲間とは魔王のもとへ行く前に別れた。
(魔王をたおした時――いや、直後にいっしょにいたのは、セレンさんだけだったはずだけど)
セレン――妖精の女族長。
緑を基調とした長髪に長い耳を持っているが、目の前の姫にそれらの特徴はない。
髪は銀がかっていて、イヤリングのゆれる耳は、多くの人間がそうであるように先が丸い。
市民は静まり返った。
王女は訴える。
「確かに、彼は罪を犯しました。ある魔族の娘に起こった不幸に逆上し、不当にも、我が国の民を殺めてしまった。しかし、それはこの者のひろい慈悲心がもたらした行いでもあり――」
「フローラ!」
王はバルコニーの縁を殴りつけた。
「そんな詭弁がまかり通ると思うのか! 慈しみの精神があれば、いかなる罪も赦されると、お前はそんな、愚かなことを……」
王女は叫ぶようにつづけた。
王の反駁をかき消すようにして。
「――私たちは、彼の稚拙でさえある義憤の心あってこそ、救われもしたのです!」
左右から、王を長女と長男がながめた。
王は椅子に腰を落とす。
市民はいまだ呆然と、顔を見合わせて戸惑っている。
フローラは広場にあつまった人々に問いかけた。
「彼を生かすのは間違っているでしょうか」
白い指が、ユノを差し示す。
「王の処断を正当とするならば――ひとりで構いません。ひとり、挙手した時点で、私は父王の決定を詮ないことと致しましょう。しかしもし、」
いまいちど、ユノの顔が正面に見えるように、王女は断頭台の脇に我が身をのけた。
「彼を哀れに思い……あるいは彼の死を憂うがために、誰ひとりとしてこの裁きに賛同者のいない場合、私は彼を、助けてあげてほしいのです」
広場は水を打ったように沈黙した。
鳥の羽音も、風の息吹もない。
民衆はどこを向いていいかわからなかった。
王が言った。
「……やってみるがいい」
それでお前が納得するならな。という私情は、胸中でのみつぶやいた。
そばに立つ兵士に命じて決を取る。
即席で設けた時間制限の中で、手をあげたものは――
「ゼロ……」
王は額を押さえていた手の奥で目を剥いた。
両脇の二子に確認を取る。
王太子も第一王女も、王の認めた数字がまちがいないと首肯した。
「決まりですね」
市民を見まわし、一礼して、銀髪の姫は王を見上げた。
静止していたギロチンの刃が引き上げられる。
ユノの首を固定していた木枠がはずされて、解放される。
(フローラ王女……)
自分に一瞬向けられた、第二王女の顔。
ヴェールに秘匿されているはずの彼女の表情に、ユノはふと、イタズラっぽい微笑みを見た気がした。




