53‐b.光あれ
・前回のあらすじです。
『ユノがエバの蘇生について、どうするか考える』
(たしかに、エバが新しい【魔王】なら……このままのほうがいいのかもしれない)
時間は単調にながれていく。
――『善』のちからにかたよることで、人間は滅びるという。
なら、エバがいることで均衡はかろうじて保たれ、人間はしばらく存続することができるのだが。
(けど、脅威にもなり得るんだ。彼女は)
そうである以上、魔王打倒のために、再び自分が駆り出されるのは目に見えていた。
エバを手にかける度胸など、ユノは持ちあわせていない。
「十秒たったわね」
時計もなにもなかったけれど、マーリンの宣言に、ユノは抗しなかった。
彼女は立ち去る。
よどんだ森が、しばらくして、きれいな初秋の森林に変わった。
〇
――王国暦 四二二年。秋の月。
世界は光につつまれていた。
【魔物】も【魔族】もあらかたいなくなった。
人間もまた、一部をのぞいて人骨に変わり果て、腐った血肉は大地をうるおすこやしに化けた。
うさぎが森のなかを走る。シカが野原を闊歩する。
ペンドラゴン王都の北部。草におおわれた【サン・クロト街道】、その先である。
ほかと同じように無人となった、【キイムの町】。
町からすこし離れたところで、青々と茂る樹海に、ひとりの女がいた。
長い耳に、緑の長い髪。長い衣を着て、片手には霊験あらたかな杖をたずさえている。霊樹の杖を。
セレンである。
彼女は森の奥にある、大きな穴を見下していた。
【オッツの根跡】だ。
かつて生命の樹が存在した、抜け跡のダンジョン。
半年ほどまえまではかすみで濁っていた穴の底は、今は地上)の入り口からもよく見えた。
最下層には、薄紅やむらさきの花が咲きほこっている。薬草園の名に恥じない、絢爛な色合いで賑っていた。
セレンは穴の底におりた。浮遊の魔法を使って、すーっと下降する。
やわらかな野草のうえに着地する。
きょろりとグリーンの瞳をめぐらし、彼女は岩肌にぼこぼこあいた洞窟を見た。
そのひとつに視線をとどめる。
暗がりに向かって声をかける。
「こんな所にいたんですね」
彼女はしかし、光射すところから動かなかった。
洞のなかでは、生きものがうごめく気配がする。
義理のように、セレンは状況を報告した。こうして再会できたのも、なにかの縁と。
「あなたの選択は正しかった。とはいえ、【エバ】という少女を見放すという行為に、あなた自身が耐えられなかったみたいですが」
――人間は滅んだ。
『悪』という、ひとの半分を構成するちからの支えを失った人々は、『善』を謳う教会にのきなみ心酔。
『救済』と『善行』の名のもとに、魔物はもちろん、魔族、また、入信を拒む者や無宗教で生きてきた人々をも異端として、虐殺した。
「マルス王子やアテナ王女も、騒動を鎮めようとがんばったみたいですが。……まあ、よくやったほうだとだけ言っておきましょうか」
いきおいを増した教会は、世界全土を取りこむために、それまで連綿と大陸を支配してきたペンドラゴン王家に改宗をせまった。
が、国王をはじめ、王子、王女は教会関係者らの、非人道的なおこないを糾弾。これを罰しようと抗したものの、情勢はすでに喫していた。
【ペンドラゴン王国】の大多数の国民が、教会に帰依していたのだ。
信者らは、王家のものを、民をあざむき平和をおびやかしつづけてきた悪魔の家系と追及し、国王とその子ら――計三名を拘束。ギロチンにかけてその王位をほしいままにした。
その後、教会のなかにも裏切者を見いだした信者たちは、あれよあれよという間に数を減らし、自然消滅していく。
「フローラがちょっと元気をなくして困りましたけど、ちょっとやそっとのことで『死ぬ』ようなつくりはしていないので。巫女としての責務さえ果たしてくれれば、それでいいかなと」
霊樹の杖をセレンは振った。
空間をひらき、なかからひとつの苗木を取りだす。
片方の手に持ったそれを、彼女は見つめた。
「【霊樹の苗木】です。そろそろいい頃あいなので、人間界にもどしてやろうと思って来たのです」
苗はセレンが地面におろすと、自ら土を求めるように大地にしずんだ。
立ちあがり、深い穴倉にセレンは警告する。
「時間はかかりますが、この木はやがて、あなたの棲む暗闇も光で満たすでしょう。その時あなたは逃げ場を失い、樹の後光に焼かれて死ぬことになる」
――それこそが、あなたの望んだ救いなのかもしれませんね。
と、セレンは最後に『彼』に微笑んだ。
「では、さようなら。ユノさま」
来た時と同じように、セレンは浮遊の魔法を展開する。
すーっと彼女はオッツの根跡から飛びたっていった。
陽光が。
黄金の光が。
薬草園を美しく輝かせる。
岩壁にあいた、いくつもの穴。
洞窟状になった洞穴の奥深くに、片腕のない【グール】が一頭、うずくまっていた。
【side-b:完】
〇つぎの投稿は【a:時間内に、なんでもいいから言ってみる】を選んだ場合のエピソードです。
(【a】のほうの展開は、もうしばらくつづいたのちに最終回となります)
読んでいただき、ありがとうございました。




