52.アイデンティティ
・前回のあらすじです。
『ユノがマーリンにいじわるされる』
「交渉しようっていうの? あなたが。この私と?」
マーリンはすこし長い犬歯を剥いた。金の瞳に、獣よりも獰猛な好奇心がめらめらと燃えている。
彼女は今一度ユノと向きあった。
ただし、これが最後のチャンスだった。
「いいわ。ちょっとだけなら相手してあげる。けど、エサでつるっていうなら御免よ。欲しいものは自分で勝手に取ってくるって決めてるから、私」
――見すかされている。
ユノはさっそく手づまりを感じた。
(エバが、ゆくゆくはマーリンさんの手助けになるって期待を持たせればあるいは……って考えてたけど)
彼女はどこまでも『自分』しかない。
それはユノにとって羨望のアイデンティティだったが、この場にかぎっては忌まわしいエゴイズムだった。
(報酬じゃマーリンさんは絶対に動かない。情に訴える……。もっと意味がない。ボクらのことも、あのダフネって娘も、彼女にとってはそのへんの石か空気と同じなのに!)
言葉が出てこなかった。
一番最初にくちをついて出た問いかけが、そのままユノの首をしめている。
――あなたになにか得るものがあれば、エバを助けてくれるんですか。
これが持てる交渉材料のすべてだった。
マーリンは、暇っそーに胸のまえで腕を組んで、うなだれるユノをながめている。
「なんだ。だんまり」
つまらなさそうに彼女は息をついた。
エバの死体を一瞥する。彼女には、栗色の髪の少女の正体がなにかわかっていた。
それはユノも同じ。
「考えようによっちゃあラッキーよ、あなた。私の不手際でそうなっちゃった手前、こんなこと言うのもなんだけど」
もっとも、だからと言ってマーリンには、再生する義理もないが。
「ラッキー?」
ユノは問いかえした。
金髪金目の女性は、けだるげにだが説明してくれる。
「あったりまえでしょ。あなただって聞いたでしょう。ダフネの警告を」
月桂樹と同化したむすめが、戦闘のなかで放った声。
ノイズに乱れたおさない音声を、ユノは聞き取っていた。
聞き取れていた。
――魔王の系譜を、排除します――。
木々が鳴る。
風が吹いていた。
「あと一〇秒だけ待つわ」
結構くれるんだな。とユノは思った。
だが打つ手なんて、浮かぶ余地もなかった。
からっぽな時間が過ぎていく。
※ふたつの展開に【分岐】します。
〇a:『時間内に、ユノがなんでもいいから言ってみる。』
〇b:『エバのことをあきらめる。』
つぎの投稿は、【b:エバのことをあきらめる。】を選んだ場合の展開を投稿します。
(※【b】の内容は、『強制エンディング』になります)




