51.ふれこみ
・前回のあらすじです。
『突然あらわれた女が、ダフネをほろぼす』
「お礼は言わなくていいわよ」
ふっ。とキザったらしくカッコつけて、女は長いブロンドを掻き上げた。
きょとんとユノは言葉が出ない。
ありがとう。とは、彼女に対して今は思えなかった。
左腕のなかのエバを見下ろす。
もう息をしていない。
「その子、持って帰りなさい。ここはあんたらの来ていいとこじゃないのよ」
白衣めいた外套がひるがえる。女性はユノたちに背を向けた。
派手なブーツが、焦げた大地を踏み出す。
「待ってください」
ユノは女性を呼び止めた。
「あなたは、冒険者……なんですか?」
通りがかり。とは考えにくかったが。
島は結界によって、闖入者を惑わす。
だが、これほどのちからの持ち主であれば……。
女性は答えた。
「まあ、元旅人ってとこかしらね」
「もと? じゃあ……」
ユノの頭は急に回転をはじめた。
支えている少女から体温が抜けていくのが、彼の脳から熱を冷ましてくれているのか。
女性のうしろすがたが、「まずった」とばかりに震える。ユノは言った。
「ここに住んでるひと? マーリンさん……なんですか?」
「くっだらないコトに鋭いのね。あんた」
はああ。
と女性が嘆息する。白衣がまたくるりと広がった。
彼女は少年に向き直る。
「そーよ。って、ばれたところで、あなたが回れ右すんのに変わりはないからね。私はね、人間とはもう関わりたくないの」
彼女――マーリンの言葉の半分を、ユノは聞いていなかった。
しゃがんでエバをかかえたまま、身を乗りだす。
王都で、フローラ王女とアテナ王女から聞いた、マーリンのふれこみ。
――曰く。彼の魔法使いは、あらゆる奇跡を再現したと。
「マーリンさんっ。王家のひとから、すごい魔法使いだって聞いてます」
「そりゃまた語彙力に乏しい評判ね」
「エバを生き返らせてください!」
叫ぶユノの腕で、少女は徐々に冷たく、硬くなっていく。
前髪をかきあげて、マーリンはまたフッとかっこつけた。
「その程度なら、私にかかればカンタンよね。なんてったって、私は頭に『超』のつく大天才魔ほ」
「あ、ありがとうございますっ。ボク、なにか手伝えることとかは――」
「……あなたがすべきことは、まず私の話しを聞くことよね」
がっくり肩をおとしてマーリンはうめいた。
ユノが地面にエバをおろす。
彼はもう、自分の要望が通った気でいる。
「あのさあボクちゃん。蘇生くらいできるにはできるけどね。その子の生き死には、私にはなんのカンケーも無いことなのね」
あきれるマーリンに、ユノは顔をはねあげた。思考が冷静になっていく。
硬直した少年の表情から、マーリンも、彼が悟ったのはわかったようで。
「てなわけで、私は帰るわ。あっ、結界は元通りにしておくから。島の出口に行くまで、ちょっとキレイな景色を観光できるわよ。よかったわね」
屈託なく微笑んで、マーリンは手をヒラヒラやった。
――彼女は本気で家に帰りたがっている。
ユノたちを助けたのは行きがかり上のことで、それは足元にたまたま落ちていた石を拾いあげるのと、同程度の価値しか彼女にはなかった。
地面を見たまま、ユノは声を落とした。
「あの、」
「まだなんかあんの?」
いい加減フキゲンを露わに、女は肩越しに答える。
ユノは頭をフルに回転させた。頭脳に自信はなかったし、偉大な魔法使いとタイマンを張れるほどの弁舌も、ましてや力づくで言うことを利かせるだけの戦闘能力も、無いと判っていた。が――。
彼はあがいた。
「じゃあ、エバを助けることでなにか得るものがあれば。あなたはエバを、助けてくれるんですか」
――ひゅう。
口笛が鳴った。
それはマーリンの吹いたものだった。




