47.余波
・前回のあらすじです。
『正気にもどったユノが、【気術】を使おうとする』
強烈な陶酔感。
ぼやける意識を、なけなしの自我で叩き起こし、ユノは【気術】を放った。
(セレンさん、ちからを貸して!)
かざした左手に、熱が渦巻く。絶大な波動の収束。――そして解放。
ゴおおおッ!
巨大な光が飛んだ。
突風が木々を洗い、余波がユノのうしろにいたエバを払いのける。
空間が割れた。
いびつな森が、大穴の先にのぞく。
「えっと、このあとどうするの?」
「出ましょう!」
大地にころがったエバが叫ぶ。
彼女の手をつかまえて起こし、ユノは走った。
あざやかな『緑』が、淀んだ森を侵食し、穴を埋める。
結界が閉じる。
ぼひゅッ。
ふたりの背後で、気の抜けた音がした。
濁った草地に着地して、ユノたちは振り返る。
キレイな森が消失した。
電気の尾がほとばしり、空間にチャックする。
暗い森。
人体の造形に似た、巨大な木々。無骨な表皮のなかに、死体でもかくしたような。
ゲッ。ゲッ。ゲッ。
鳥や獣の声がする。ユノたちが視認できるかぎりで、モンスターはいない。
「ここ、どこ?」
「シチリ島です。さっきいたところと同じですけど……ほんとのすがたなんだと思います。これが」
所在なげにエバは答えた。えぐれた地面を見下ろす。
ユノの【気術】が焼いた跡だ。
高圧の熱波は、ねじくれた木々をなぎ倒し、遠くまで『道』を築いていた。
煙があたりにただよっている。
「こっちの方角に、なにか見つけたんですけど」
エバは望遠鏡で確かめようとして、自分の手を見た。
きょろきょろ。
あたりを見まわす。あっちこっち。草むらや、近くの地面を探しまわる。
最後に彼女はユノを見つめた。泣きそうになって。
「どうしようユノさん。私、望遠鏡……結界のなかに落としてきたみたい……」
「あ、ボクが吹き飛ばした時……」
「……すみません」
「ううん。それはボクのせいだから」
とりあえず、ここを離れよう。
とユノはエバを促した。
エバは――これだけは無くさなかった本を抱えて、ユノのそばを歩く。
ふと、ユノは思いついた。
「結界のなかでセレンさんを呼んだら、エクスカリバーを渡してくれたかな。前は、ピンチのときに剣を出してくれたんだけど」
「どうなんでしょう。強力な幻術だったし……。妖精については、私も専門家ではないので」
「呼べばよかったかな」
「……彼女たちも、便利屋ではない、とだけは断言できます。【オッツの根跡】でたよりにした私が言うのもなんですけど」
妖精は、人間のことを虫けらていどにしか考えていない。益虫として働いているあいだは多少ヒイキにしてくれるが、役に立たなくなったら踏み潰すくらいのことは造作もない。見捨てるなんて、お茶の子さいさい。
心配になって、エバはユノの空洞になった右そでを掴んだ。「ん?」と彼は肩ごしに問う。
「ユノさん。妖精を過信しちゃ駄目ですよ」
「……前にも似たようなこと言われたな……」
――ペンドラゴン国王に。
懐かしさと、かすかな淋しさを感じつつ、ユノはエバと共に、森の深くへと進んだ。




