45.ドーナツ
・前回のあらすじです。
『結界から出られないことをエバが理解する』
〇
望遠鏡をのぞく。
幻覚やぶりの魔法をせまい範囲に限定し、遠くまで効果のおよぶようにはからった。
肉眼では視認しづらい地点を、エバはこうしてスコープを使って確かめている。
魔法の届く距離のぎりぎりに、ぼんやりと、他とはちがう風変わりな影がある。
よどんだ森が、フッときれいな緑に変わった。
魔法が切れたのだ。
エバとユノのいる小島――その森林は、桃源郷もかくやという、美しい植物につつまれている。
が、それは魔法によって与えられた仮のすがた。
実際はふしくれ、ねじれ、濁った木々が群れる魔の樹海だ。
「エバ、行かないの?」
近くの木の根元から、三角座りをしたユノが訊く。
望遠鏡を目もとからさげて、エバは肩をおとした。体力の消耗がはげしい。
(あと一回……)
ユノにもらった薬をエバは見つめる。
地面には、すでにカラになったのがひと瓶ころがっている。ふたたび回復薬を使えば、魔力は補充されて、魔法を使えるようになる。
が、エバはまだ未熟者であるがゆえに、術の負荷に耐えられるだけの身体づくりができていない。
(ユノさんと相談するか――ひとりで調べるのをつづけるか)
うーん。
エバはしゃがみこんだ。枝をひろって、地面に絵を描く。いじけているのではない。
彼女が描いたドーナツ状の図形は、先ほどスコープで周囲を観察した結果、仮定したこの結界の構造だった。
(ちっちゃな環状になってるんだわ。きっと。で、私たちは直線を行っているようで、このまやかしのトンネルをぐるぐるめぐってる)
空間をいじり、なおかつ景色を壁紙みたいに変更するなんて。エバには信じられなかったが――。
(マーリン……)
地面に置いたぶあつい本を見やる。
天啓。
などという神秘とは無縁の生活を送ってきた。と言いたいエバだが、悲しい哉。
なぜ。突然ふって沸いた『魔法書』が自分には読めるのか。
なぜ、マーリンという魔法使いに師事しようと執着し、その者の居場所がわかるのか。
そうした肝要なことがらについて、エバはなにひとつ、自分では判っていなかった。
ただ以前から知っていたことのように、彼女のなかに、自然な知識として存在していた。
「ユノさんは、魔法って使えます?」
まったく期待せずに、エバは相棒の少年を振りむいた。
きょとんとユノは首をかしげる。
「そんなことより、先に進んだほうがいいんじゃないかなあ」
(やっぱり。会話にならない)
どんより。エバはうなだれた。
彼がなにか特殊な術を持っていれば、結界の突破もできるのではないかと考えたのだが。
エバは魔法薬を飲む。魔力が充填される。
からだはまだ重いが、このていどなら支障はない。
エバはユノのもとに行った。彼の身体がすぽりとおさまる範囲に限定して、幻を砕く術をかける。
(これで得るものがなかったら……もうどうしようもないよ)
不安にゆらぐ精神を気合でたもつ。
――幻術で濁っていたユノの両目が、すこしずつ焦点を定めていく。




