44.永遠に迷う
・前回のあらすじです。
『エバが森の魔法を一時的にあばく』
(いったん森を出ようかしら?)
また森の明るい場所にもどってきたエバは、遠くの学都をながめつつ思った。
ユノはお花の妖気にあてられて、正常な判断ができない。今は自分だけが頼りだ。とここまで考えて、エバは提案する。
「ユノさん。引き返しませんか」
「どうして?」
「このままじゃ私たち、永遠に迷うことになると思うんです」
「そうかなあ」
いつになくガンコな――ここぞという時、ユノは強引にもなるが――少年に、エバは頭を抱えた。こう見えて、かなり頼りにしてきていたのだけれど。数分前までは。
エバはユノの服のすそをつかんだ。
「引き返しましょう。外に出て。すこし休んで、冷静になってから、今後どうするか対策をねりましょう」
なかば引きずられるかたちで、ユノはうしろ向きに歩く。
「わかった。わかったよ」
と、かかとが引っかかって、ユノはたたらを踏む。
しばらくふたりは、森を町の見える方角……南に歩いた。
景色が変わる。
海と、要塞めいた都の塀が、一歩すすむごとに近づいて見える。
『ユノ』の文字をつけた大木は、うしろに遠ざかっている。
(やっぱり。移動できる!)
ユノを引きずったまま、エバは速足になった。
午の太陽が、出口をまばゆく照らしている。
暖かい輝きのなかに出る――。
「…………う、そ」
エバの視界が真っ白に染まる。
ふたりは森のなかにもどっていた。
山毛欅の大木が、そばにある。
ぺたん。
エバは地面に座り込んだ。
全身から、すべてのちからが抜けていく。
〇
「変ね」
水晶玉をのぞきこみ、マーリンはぼやいた。
耳にかかった長い金髪をかきあげる。
匙でブラウンシチューをすくって口に運ぶ。
食堂の対面の席で、白パンをほおばっていた料理人に、金色の眼を向ける。
「モルガン、あなた何かした?」
「はあ。……あー、ちょっと古い肉を使いましたね。不味かったですか」
「おいしいわよ。じゃなくて、幻惑の魔法のほうよ」
水晶玉をマーリンは正面に置いた。ジッと見入る。
「食事中に映像見ないでくださいよ。消化にわるいっすよ」
「いいでしょ。たまには」
色気はあるが、邪気はない美貌。あでやかだが、品は保った短いスカートに、肌を出した短衣すがた。二十代前半ほどの見た目というのも手伝って、学者というより夜遊び好きの小娘のような形だが、これでも百年近く魔法の研究に没頭しつづける鬼才である。
彼女は森のなかで途方にくれているふたりの旅人を観察していた。
「どっちがエバだっけ?」
「栗色の髪の、女の子のほうです」
「こっちの冴えないのは?」
「ユノです。たぶん、『勇者』の」
「ふーん。あの妖精、センスないわね」
「べつに見た目とかでつれて来てるわけじゃないと思いますけど」
かげで査定されている少年を、モルガンは気の毒がりながら茶を飲んだ。家庭菜園でつくったハーブを煮出したものだ。
「で、何が変なんですか?」
「森の魔法よ。私、帰れるようにはちゃんとしてるもの。それに意識をのっとるなんて、そんなつまらない真似もしない」
苛立たしげに脚を組みかえる。ロングブーツの先を、ひょこひょこ貧乏ゆすりする。モルガンの脚にぶつかる。
「……装置に、何か不具合が出たんじゃあ?」
「かもね。後でちょっと見てこようかしら」
椅子の背もたれに、マーリンは身体をあずけた。頭のうしろに両手を組む。
「感応したんだわ。エバに。あーあ……生物なんて使うんじゃなかったわね。でもほかに適当なのなかったのよ」
ご執心な『師』の発言に、モルガンも食事の手をやすめた。――水晶玉をのぞく。
ぼんやりたたずむユノの隣りで、エバが考えあぐねている。
「この娘、なんかあるんですか?」
意地きたなくマーリンは笑った。
「フフーン。教えてあげない」
彼女はわざとらしくそっぽを向く。スプーンを取る。
「さ。さっさと食べちゃいましょ。冷めちゃもったいないわ」
「へいへい……」
自分が中断したんだろ。とはおくびにも出さず。モルガンは、自分の作った野鳥のシチューをすくった。美味い。