39.応急処置
・前回のあらすじです。
『モルガンが、ユノとエバを釣りあげる』
潮騒。
内陸育ちには無縁の音に、エバは意識をゆすられた。
ぬれた感触。土のにおい。草の汁の混じった香気に、小鼻をひくつかせる。
「!」
陽ざしが、垂れた前髪の隙間から差しこむ。
――まぶたは唐突にひらいた。
がばっ!
身を起こして、エバはかぶりを振った。海水がしずくになって飛び散る。
(本――!)
両手を草地についたまま、魔法書を探す。脇にころがっていたのにすぐ気がつく。
表紙をなぞり、慣れた手ざわりに息をつく。
ページをめくる。めずらしい書体で記された文面がめぐった。
他のひとには読めない、面妖な言葉。不思議とエバには開いたときから悟ったが、ほかの【魔法使い】には読めなかった。
ヒザの上に本を置き、閉じる。エバ同様にずぶぬれだったが、乾かせばなんとかなるだろう。
「……ユノさん」
エバは隣りを見た。ユノがころがっている。
勝ったのだ。
賭けに。
――【オッツの根跡】で、ユノはみごと、ミミル草を引き当てた。
薬草園で彼が摘んだ草のどちらもが、ミミル草だったのだ。
そして魔法を得、ヘタな飛行で自治領カデイアへの道を突破した。
だがレールノザ市の物見に見つかり、追いかけられた。
集中しなれていないユノは、焦りに魔法の能力を一気に弱め、海へと転落。
このまま沈めば、海流にひかれて渦潮へたどりつき、ふたりとも海のもくずとなる運命だった。が――。
「生きてる?」
ぺちぺち。
エバはユノの濡れた頬をたたいた。彼のシャツの襟に、キラリと光が反射する。
鉤状になった針が刺さっている。
鋭く、硬質な糸をたどると、木製の竿が地面に打ち捨てられていた。
(だれかが助けてくれたのかな?)
重くなったタイツをひきずり、ユノのそばに座りなおす。
「よいしょ」
少年を仰向けにする。若干おなかがふくれている。
水を大量に飲んだのだ。
(こういうとき、どうすればいいんだろう)
魔法書は、応急処置を教えてくれない。
エバは「よし」と自分に活を入れ、立ちあがった。
「えいっ」
ユノのおなかを踏んづける。
「……ぐぶおっ」
がぱっ。
ひとかたまりの水が、ユノのくちから噴き出した。
一緒に出てきた悲鳴から、エバはなんとなく「まちがった処置だった」と悟った。