38.波の音
・前回のあらすじです。
『モルガンが、マーリンに言われて魚を釣りにいく』
〇
いつもの岸辺にモルガンはやって来た。
波打つ海に、ひゅんッと糸を投げる。
学都レールノザから伸びる幾筋もの煙が、中天の下になびく。
結界によって演出されたシチリ島――さわやかな秋色の森を背中にして、モルガンは崖の縁に腰かける。
ザーン……。
波の音。
ピクピクと、釣竿が水面に引きこまれる。
「おっ……もっ!」
大物の手ごたえに、モルガンは立ちあがった。沖から迷い込んだ鮪か――そんなことがあるのか、モルガンには分からなかったが――ごちそうの気配に、鼻息が荒くなる。豪勢に活け造りにでもしようか。
「どっ……おおおおー!」
――気合一閃。
モルガンは竿を持ち上げた。木材の柄が、めきめきっと悲鳴をあげる。
大きな魚影が、宙に踊りる。
太陽の逆光に浮かんだそれは、べちょりと岸に打ちあげられた。
「まぐ……ろ?」
人間だ。服を着た人間が、ふたり。
「はああっ?」
モルガンは声をあげたが、すぐに空を確かめた。
浮遊魔法――アイテムを使っているのだろう――で空を旋回中の軍人がひとりいる。マーリンの『術』のために、シチリ島の内面は、外から見えない。
軍人はほどなく、町のほうに引きあげていった。
「こいつら、たしか……」
水びたしのふたりをモルガンは眺める。
短い黒髪に片腕の剣士と、ぶあつい書物を持った、パーカーすがたの少女。
(ユノと、エバって言ったか)
ふたりの名前とすがたをモルガンは一致させた。
日の当たりやすい場所に彼らを引きずっていく。
生きているのか。死んでいるのか。
どちらも目を覚まさない。
(へたに会わないほうがいいよな)
マーリンの発言も気になる。
屋敷にいったん戻ろうと、モルガンは釣竿を回収しようとした。
ユノの旅用のシャツから、釣針をはずす――。
「このっ、かえしが……」
矢印状になった鉤は、襟首から容易に抜けなかった。
ぴくり。
エバのまぶたが動く。
とっさにモルガンは立ちあがった。釣竿はあきらめて、森に駆けこむ。
ザーン……。
波の音がする。