37.料理番
・前回のあらすじです。
『都市に飛んでいくものを、門番たちが見つける』
※サブキャラクターの視点にうつります。
〇
「モルガーン」
「はーい」
弟子をマーリンは呼んだ。
少しまえに町で買った【魔族】の少年である。紺碧の眼に、同じ色の頭髪。古代の彫刻のように整った顔。総合して希少価値の高い『商品』だったが、大枚はたいて引き取った理由はただひとつ。死んだ料理番のかわりである。
「昼めしですか?」
「そう」
居間で寝そべったまま、マーリンは返事をした。金の長髪に金目の若い女だ。ふたり掛け用のソファを独占して、片側の肘かけにほそい脚を投げ出している。腹のうえには『異世界学』の論文集が開けてある。
小さな邸に彼女たちはいた。
うすら寒い森林のなか。『結界』に隠した、真のすがたの【シチリ島】。
中央部に建つ赤いカワラ屋根の二階建てが、ふたりの住まいだ。
調剤室で簡単な薬を煎じていたモルガンは、エプロンをはずしながらリビングに出た。旅装からはもう着替えて、学徒然としたチョッキすがたにもどっている。
「ちょっと待っててください。干し肉でも焼きますから」
「魚がいい」
ぶっきらぼうにさえぎる女に、モルガンは歯噛みした。
一時間ほどまえに、彼はおつかいから帰ってきたばかりだった。
気を揉んでいることもある。
「お師匠さま。オレつかれてるんですけど」
「疲れてる?」
「都のほうに行ってきたでしょ。人酔いするんですよ。……それに」
「グールに襲われたってやつ?」
「はい」
モルガンはぐったりしてみせた。
【グール】。人間が怪物化した生物だ。
過剰な「善意」に圧迫され、みずから行動に枷をつけ、知らず知らずのうちに光のないところへと自分を追いこんだ、人々のなれの果て。
「魔王がいなくなった影響かしらね。あっちこっちピリピリしてるって言うし」
「それが――」
「?」
女のいるソファにモルガンは近づいた。旅先で知りあった少年と、魔法使いの少女のことを報せる。
「お師匠さまに会いたいって言ってました」
「ふーん」
「通しますか?」
「やあよ。私はもう、人間とは関わりたくないの。実験台としてなら、つれてきてくれてもいいけど」
「……」
「さかな」
入り口の棚に立てかけた釣竿を、マーリンは指差した。
モルガンは作業用のエプロンをたたんでキャビネットの上に置く。戸口にほっぽりだしていたバケツと竿を持って、海辺に出かける。