32.レビテーション
・前回のあらすじです。
『洞窟の下層におりたユノたちが、モルガンを襲うモンスターたちと戦う』
グールの動きは単調だった。
もとが死体を食いあさる魔物であるだけに、生きるものを追う、狩りには向いていない。
(とはいえ……)
数が多すぎる。
さてはこの縦穴は彼らの巣だなとユノは気づいたものの、逃げ道をふさがれた今となっては意味がない。
『ガああああああ!』
汚れた牙を見せ、素手でグールがユノたちに踊りかかる。
肩につかみかかろうとする化け物を、ユノはかがんで避けた。
バランスを崩しつつも、左手の剣を振るう。
『があッ!』
胴体が上下に分かれ、グールは悲鳴をあげた。
ざあっ。
と全身が灰になる。
怪物たちは、生きのこった仲間のあいだで目配せした。
互いに頷き、跳躍――。
高い足場に着地する。
三々五々、岩壁にあいた巣穴にもぐり込んでいく……。
「逃げた?」
静かになった植物園をエバが見あげる。
ユノも、グールの奇襲をしばらく警戒したが。
「逃げた……みたいだね」
剣を鞘におさめ、モルガンのほうを確かめる。
青味がかった黒髪を、うなじで短くたばねた少年――モルガンは、魔法の障壁を解いてユノたちのほうに歩いてきた。
頭をガリガリとやりながら。
「ついてないぜ。まえに来たときは、あんなに大勢はいなかったのにな」
「ケガ――してますね」
ユノは気遣ったが、モルガンは素通りした。
爪痕や嚙み傷のある手で、短杖を拾いあげる。
エバが回復の詠唱をしようとすると、彼は首を振って制した。
「ヒーリング」
小さく唱えて、モルガンは自分の傷口に魔法をかける。
ライムグリーンの光が灯り、服の破れ目からのぞく赤黒い傷痕を修復していく。
ぼろぼろになったボレロの裾を惜しむように、モルガンはジッと見つめてから、腕を振った。
よれた袖から手がちゃんと出るように、サイズを合わせる。
「あんたらも採取にきたのかな。助かっ――」
と動きが変わる。
目つきがヤブ睨みのそれになる。
「宿にいた人か。……ユノ、だっけ」
「あ、はい。えっと、そっちはモルガンさん。でいいのかな……。セレンさんに聞いたんですけど」
「……あのクサレ妖精か」
舌打ちして、モルガンは杖先の宝石で額を掻いた。
「あいつに唆されて来たのか? 言っとくけど、あんたらの助けが無かったとしても、オレはグールくらいなんとか出し抜けるつもりでいたからな」
「負け惜しみにしか聞こえないです」
エバがくちを尖らせて、ぽつりと抗議した。
「あん?」
モルガンの群青色の瞳に睨まれて、ユノの背中に引っこむ。
「じゃあ、オレはもう用事すんだから、行くわ。助けてくれたのは、いちおー感謝してるから。……必要はなかったけどなっ」
最後をとりわけ強調して、モルガンは洞窟の吹きぬけ部分のまんなかに立った。
「レビテーション」
杖を構え、呪文を唱える。
ブリリアントカットされた【魔石】が、術者の魔力を増幅し、彼の長身な身体を宙に運ぶ――。
「ああっ。ちょっと待って!」
上昇しはじめた少年にユノは飛びついた。
頭上にのぼる足首を、寸でのところで捕まえる。
「ふぎゃっ!」
モルガンは墜落した。ユノが脚をつかんだのが祟り、集中が切れたのだ。
顔から地面に突っこむ。
「ッてえなっ。ケンカ売ってんのかてめえ!」
「ち、ちちっ。ちがいますっ。ごめんなさい!」
胸倉をつかまれて、ユノはすかさず謝罪した。
心なしか、謝るすがたが堂に入っているのが悲しい。
「用が済んだらサッサと帰ってこいって、お師匠さまのおたっしなんだよ。それに、グールのやつらが仲間つれて戻ってくるかもしんねーし、邪魔すんなよな」
ぷんすか。
胸のまえで腕を組むモルガンに、エバがユノの後から。
「モルガンさん、私たち、レールノザに行きたいんです。正確には……その先にあるシチリ島」
「知ってるよ。宿屋で店のおやじと話してるの聞こえてた」
耳を小指でほじほじやって、モルガン。
取れた垢を、フッと飛ばす。
「行きたいなら行けば? 勝手に。もっとも、シチリ島なんざ行ったとこで、なんの価値もないけどな」
「マーリンっていう魔法使いに、私、会いたいんです」
「……。……。……。いねえって。そんな奴。たぶんだけど」
「あ、いま目え逸らした」
「ウるッセーなあ!」
エバの指摘に、モルガンは怒号する。
少女はササッとユノを盾にする。
「その【マーリン】とかいうヤツと、オレがあんたらに引き止められんのと、どういう関係があるんだよ」
嘆息まじりにモルガンは疑問をくちにした。
これにはユノが答えた。
「ボクたち、空を飛べる魔法が欲しいんです。【島】のある自治領が、道を封鎖してるって聞いて。飛んでいけば、領内には入れるかなって」
「つまり?」
ぴくん。
フキゲンそうに、柳眉を跳ねさせるモルガン。
ユノはつとめて、愛想のいい笑顔をつくりながら。
「魔法をおしえて欲しいなあって。ボクじゃなくて。この子――エバに」
「やだ。ってか無理。じゃーな」
ユノと同じように薄っぺらい笑顔で断って、モルガンは再び呪文を唱えた。
「助けてあげたのに」
エバがぼそりと嘆く。
「『感謝してる』って言ったのに」
――モルガンの集中は霧散した。
ひとの厚意を無碍にあつかうほど、彼は世間ずれしているつもりはなかった。




