29.あなのふち
・前回のあらすじです。
『魔法使いの少年を追って、ユノたちが【オッツの根跡】というダンジョンのある森を探索する』
森の奥に、大きな縦穴があった。
地下妖精でも住んでいるのか。岸壁のそこかしこに、たくさんの洞がある。
穴のふちに駆けつけて、エバは下をのぞきこんだ。
ユノは外縁に人影を見つけて、そちらに近付く。
――セレンだ。
「セレンさん」
緑の長髪を持つ女妖精が、大穴にむけていた顔をあげた。
首をめぐらし、ユノを見る。
彼女は微笑した。
朝日に、白い肌が輝く。
「おはようございます。ユノ様」
「ここに用事ですか?」
「変でしょうか。私が人間界をウロウロするのは」
「そういうワケじゃ……」
ユノは返事に困った。
一年、こちらで過ごしたが、ユノが他世界からの渡来人であることに変わりはない。
光妖精が、人の住む土地を奔放に歩きまわるのが、是なのか非なのか。判断はつきかねた。
持っていた杖で、セレンは穴を差す。
底はよどんで、暗かった。
「【オッツの根跡】と言います。かつて世界を支えていた、『大樹』の抜けた跡。ここの周辺は、私の郷と気配が似ているので、時々ようすを見にくるのです」
「はあ……」
セレンの故郷といえば、ユノが思いつくのは【霊樹の里】しかなかった。
「ところで、先ほど一人、訪問者があったのですが」
緑色の瞳にうながされ、ユノは声をあげた。
「あー。えっと、キレイな男の子ですか? 黒い髪が、光の加減で青っぽく見えるときもあるんですけど」
「ええ」
セレンは頷いた。
杖を支えにして、片脚に彼女は体重をのせる。
「すこし話をしましてね。最下層に、草むしりに行くのだとか」
「『採取』のまちがいなんじゃあ?」
「同じようなものです」
こんッ。
セレンは杖の上端を下向けて、地面をたたいた。
ユノはその動きを目で追う。彼女の示す先には、下層につづく坂道がある。
「あの少年の名は、【モルガン】といいます」
「知り合いなんですか?」
「いえ。話しをしたときに、名乗っていただきました」
「なんだ……」
ユノはガクッとした。
セレンはちら、とエバをぬすみ見る。
「それで、今回はじゃあ、ほんとの偶然ってことですか。セレンさんが散歩に来てたところに、たまたまボクらがやってきた?」
「待ってはいました」
ユノが「どうして」と訊くまでもなく、セレンはつづけた。
「オッツの根跡は、古来より精霊のチカラの強くおよぶ場所。魔物も自然と寄りつきません。――いないワケではありませんが」
「気をつけろ。と」
「なかには人知およばぬ生物がある、というコトです。魔法植物も然り。……変異した動物も」
(それもひっくるめて【魔物】というのでは?)
ユノは首をかしげた。
セレンは彼の内心を見透かした風だったが、会話を切りあげた。
エバが来る。
「では、ごきげんよう。ユノ様」
妖精の女は森へ去っていった。
徒歩で立ち去るセレンのうしろ姿に、ユノは、妙な新鮮さを感じる。
「いまの人、アールヴ?」
横からエバが、緑のドレスの女を見送りながら問う。
ユノは「うん」と答えた。
セレンはほどなく、木々の向こうに見えなくなった。